オピニオン
学校校務における生成AI活用の可能性
2025年02月10日 白髭龍
第1章:生成AIの普及と教育現場への影響
約2年前、OpenAIがChatGPTをリリースして以降、生成AIは社会に急速に浸透し、ビジネスや日常生活に大きな変革をもたらしてきた。当初は一部の技術者や先進的な企業でのみ注目されていた生成AIだが、今や幅広い層に認知され、大企業から中小企業、さらには個人レベルまで急速に拡大している。
このような急速な普及の背景には、生成AIの持つ特性がさまざまな業務や課題に高い効果を発揮することがある。特に注目すべき特性として、従来のAIと比べ、高度な自然言語処理が可能になった点が挙げられる。この進歩により、生成AIは人間の言語をより深く解析し、複雑な文脈を踏まえた応答や文章生成が可能となった。
こうした生成AIの特性は、多岐にわたる業務を抱える教育現場、とりわけ教職員の過重労働問題の解決にも大きな可能性を秘めている。文部科学省が全国の公立小中学校約2,400校を対象に実施し、約35,000人の教員から回答を得た2022年度教員勤務実態調査(※1)によると、教育現場の労働実態は依然として厳しい状況にある。図表1に2022年度教員勤務実態調査から、小中学校教諭の1週間の総在校等時間の分布を示す。

調査結果によれば、過労死ラインとされる週60時間以上(月換算で約80時間以上の時間外労働に相当)働く教員の割合は、小学校で14.2%、中学校で36.6%に上る。さらに、文部科学省が設定した上限である月45時間を超える時間外労働を行っている教員の割合は、小学校で64.5%、中学校で77.1%に達している。平日の平均労働時間は小学校教員で10時間45分、中学校教員で11時間1分となっており、2016年の前回調査と比較すると各平均が約30分減少しているものの、依然として教員の長時間労働は深刻な問題となっていることが明らかである。
全国公立小中学校事務職員研究会「学校と教職員の業務実態の把握に関する調査研究報告書」(平成26年度)(※2)から、小中学校の教諭が特に負担と感じている(小学校教諭・中学校教諭共に負担感率が50%以上)として挙げられている業務を図表2に示す。

図表2中の赤字で示した業務は、文書作成や情報処理が中心となる業務であり、生成AIの言語処理能力を直接活用することで、大きな効率化が期待できるものである。
一方、図表2中の赤字以外の業務については、生成AIの活用が限定的あるいは困難であると考えられる。これらは主に、児童・生徒の問題行動への対応や保護者との連携など、人との直接的なコミュニケーションが必要な業務、また給食費の集金や学校徴収金の管理、備品・施設の点検など、実務的な判断や数値処理が中心となる業務である。こうした業務については、既存の校務支援システムや人的な対応を中心としつつ、補助的なツールとしての活用を検討することが望ましい。
以上から、生成AIは教職員の業務において大きな可能性を秘めていることが分かる。
文部科学省もこのような教育現場の課題を背景に、生成AI活用へ期待を寄せている。2023年7月に「初等中等教育段階における生成AIの利用に関する暫定的なガイドライン」(※3)を発表したこともその一環である。このガイドラインは、小中学校の教員の業務や授業における生成AI活用の考え方や注意すべきポイントをまとめたもので、その主な目的は、情報漏洩や権利侵害のリスクを回避しつつ、生成AIを適切に活用することで児童への教育効果を向上させ、同時に教員の負担軽減を図ることにある。
さらに、文部科学省はこのガイドラインに基づき、公立中学校・高等学校等を対象とした「生成AIパイロット校」の公募を行い、37自治体52校を選定した。これらのパイロット校では、生成AIの仕組みを学ぶ段階から、各教科等の学びにおいて積極的に用いる段階まで、生成AIの段階的な活用が想定されている。こうした実証的な取り組みを通じて、教育現場における生成AIの効果的かつ安全な活用方法は模索されているところだ。
次章では、既に各地の教育現場で実証的な取り組みが始まっている生成AIの活用について、具体的な事例を紹介する。
第2章:教育現場における生成AI活用の具体的事例
前章で述べたような教育現場の課題と文部科学省の取り組みを背景に、学校向けに校務支援システムを提供する教育ITベンダーも生成AIを活用した革新的なソリューションの開発を急速に進めており、図表2に示した「成績一覧表・通知表の作成、指導要録の作成」等の特に生徒の指導に関する文書作成の効率化に資するサービスは既に提供が始まっている。これらの取り組みは、教職員の負担軽減と本質的な教育活動への注力を可能にする具体的な手段として大きな期待を集めている。
その代表的な例として、スタディポケット株式会社が提供する「スタディポケット for TEACHER」(※4)が挙げられる。このサービスは、教育現場の教職員向けに特化した生成AIクラウドサービスである。担任業務から教頭先生の業務まで幅広く対応しており、教員の業務効率化と負担軽減を主な目的としている。
「スタディポケット for TEACHER」の特筆すべき点は、教育現場特有のニーズに応える「逆引きモード」を搭載していることである。従来の生成AIサービスでは、利用者が自ら適切な指示(プロンプト)を入力する必要があったが、逆引きモードでは、教務主任・管理職向けの「年間計画作成」「校務文書作成」「職員研修企画」から、担任・教科担当向けの「授業展開案作成」「通知表所見記入」「学級通信作成」まで、50種類以上の定型化された業務メニューをマウス操作やタッチ操作で簡単に選択できる。このため、生成AIの利用経験が少ない教員でも、直感的に操作することが可能となっている。
また、このサービスは文部科学省のガイドラインに準拠して開発されており、入力された情報はAIの学習に利用されないなど、セキュリティとプライバシーの保護にも十分な配慮がなされている。さらに、現場の教員からのフィードバックを継続的に取り入れ、利用可能な業務メニューを段階的に拡充していく計画も示されている。
一方、コニカミノルタジャパンが開発した「tomoLinks」(※5)は、教育現場に特化した対話型生成AI機能を提供している。このシステムは学習指導要領や教材の内容を活用することで、安全に対話型生成AIを利用できる環境を整えている。さらに、子どもたちの進度に合わせた対話型学習を提供することで、個別最適化された学習体験の実現を目指している。「tomoLinks」は、大阪市教育委員会と連携し、2024年9月より大阪市立小中学校の一部で先行利用が開始されている。この実証実験を通じて、教員の学習指導案作成や教材開発におけるAIサポート、さらには生徒の学習進度に応じた指導の実現が期待されている。
さらに、株式会社ベネッセコーポレーションは、2023年度経済産業省「未来の教室」実証事業の一環として「生成AIを活用したテスト問題たたき台自動作成・採点」システムを開発した。(※6)教育現場では、単元途中での小テストや単元末テストを積極的に取り入れたいという要望がある一方で、テスト作成の負担が大きく、高頻度での実施が困難であるという課題があった。また、採点から返却までに時間がかかるという問題も存在していた。ベネッセのシステムは、これらの課題に対応するべく開発されている。
具体的には、学習内容、授業教材、指導計画に基づき、テスト目的や要件に沿ったテスト設問と解答の素案を自動生成する。教員は生成された素案をベースに必要に応じて微修正を施すだけでテストを実施することができる。さらに、生成された設問や解答が適切であるか、情報の真偽を教員がファクトチェックするプロセスを組み込むことで、質の担保も図っている。この取り組みにより、小テストや単元末テスト作成と採点にかかる所要時間の大幅な短縮が期待されている。
これらの事例から、教育ITベンダーは生成AIを活用して、個別最適化された学習体験の提供、教員の業務効率化、テスト作成・採点の自動化など、さまざまな側面で教育の質の向上と効率化を図っていることがわかる。特に「スタディポケット for TEACHER」や「生成AIを活用したテスト問題たたき台自動作成・採点」システムのような、教育現場の日常業務に直接的に介入するツールの登場は、教職員の実際のニーズに即した生成AI活用の可能性を示している。

次章では、このような生成AIの可能性を最大限に引き出すための効果的な導入形態について検討を行う。
第3章:生成AIを効果的に利用するための導入形態
前章での分析から、生成AIは教職員の業務効率化に大きな可能性を有することが明らかとなった。特に文書作成業務において、その効果は顕著であると期待される。この可能性を教育現場で最大限に引き出すためには、適切な導入形態を選択することが重要となる。
教育現場への生成AIの導入を検討するにあたっては、図表4に示すような三つの選択肢が考えられる。

第一に個別学校単位での導入である。この場合、各学校の規模や特色、現場のニーズに応じたシステムの選定と運用が可能となる。また、導入プロセスも比較的シンプルであり、学校独自の判断で迅速な意思決定ができる。しかしながら、各校での個別契約となるため、導入・運用コストが割高となることは避けられない。さらに、セキュリティ管理や教員研修などの体制整備も各校で行う必要があり、人的・経済的な負担が大きくなる。
第二に教育委員会単位での導入である。この場合、管轄内の学校で統一されたシステムを利用することになり、一定規模でのコスト最適化が図れる。また、セキュリティポリシーの策定や教員研修プログラムの実施など、運用体制の確立も効率的に行える。さらに、管内での活用事例の共有や、学校間での連携も容易となる。一方で、教育委員会の規模によってはコストメリットが限定的となる可能性があり、また広域での統一的な展開を図る際には調整に時間を要するという課題がある。
第三に県単位での導入である。この選択肢では、複数の重要なメリットが期待できる。まず、最大限のスケールメリットを活かしたコスト削減が可能となる。また、県内全域で統一された運用基準や研修体制を構築でき、教職員の異動時にも業務の継続性を確保できる。さらに、高度な専門人材の確保や、充実したサポート体制の整備も期待できる。
また、文部科学省は、2026年度から都道府県を中心とした次世代型校務支援システムの導入を推進しており(※8)、生成AIシステムと校務支援システムの一体的な導入・運用が可能になれば、相乗効果を最大限に引き出すことができる。
一方で、県内の各地域で異なる教育ニーズや課題への柔軟な対応が困難となる可能性があり、また導入決定から実装までのプロセスが複雑化するという課題もある。
生成AIの導入は、教育現場の働き方改革を推進する上で重要なソリューションとなり得る。その効果を最大限に引き出すためには、適切な導入単位の選択と、計画的かつ統合的な展開が不可欠である。ただし、実際の導入に際しては、個人情報保護やAI倫理の観点から注意を払う点もあり、ガイドラインを作成するなどして対策を検討する必要がある。今後も、生成AIの進化に伴い、さらに革新的な教育ソリューションが登場することが期待される。教育現場における生成AI活用は、まさに始まったばかりであり、その可能性と課題について、引き続き注視していく必要がある。本稿で提案した各導入形態の特徴に留意しつつ、各自治体の実情に応じた柔軟な展開を図ることが、今後の教育現場における生成AI活用の成功への鍵となるだろう。
(※1) 文部科学省 令和6年4月4日「教員勤務実態調査(令和4年度)の集計(確定値)について」を参照。
(※2) 全国公立小中学校事務職員研究会 平成27年3月「平成 26 年度 文部科学省委託事業「学校の総合マネジメント力の強化に関する調査研究」(自律的・組織的な学校運営体制の構築に向けた調査研究)学校と教職員の業務実態の把握に関する調査研究 報告書」を参照。
(※3) 文部科学省「初等中等教育段階における生成AIの利用に関する暫定的なガイドライン」を参照。
(※4) https://studypocket.ai/teacher

(※5) https://tomolinks.konicaminolta.jp/

(※6) https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000001212.000000120.html

(※7) 株式会社ベネッセホールディングス「ベネッセが、2023年度経済産業省「未来の教室」 生成AIを用いた教育サービスの検証にかかる実証事業に参画 「小テスト・単元末テスト素案作成・採点」に生成AIを活用、教員の業務負担削減に貢献」

(※8) https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA19AHD0Z10C24A4000000/

※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。