日本総研ニュースレター
探究学習を支える社会体験の重要性~多様な主体による体験提供の仕組みを~
2024年10月01日 柴田翔平
探究学習に必要なのは関心を見つける「体験」
令和5年に定められた新たな教育振興基本計画では、コンセプトの一つとして、将来の予測が困難な時代において、未来に向けて自らが社会の創り手となり、課題解決等を通じて、持続可能な社会を維持・発展させていくことを掲げる。これは、VUCA時代の学校教育は、答えを教えるのではなく、自分で見つけた関心に基づき自ら問いを立て解決していくための、探究学習の場となることを求めるものといえる。
子どもは「体験」から自らの関心を見つけるが、子どもの体験の数や質は家庭の経済状況などによって格差が生じる傾向にあるため、公教育による公平な体験提供も必要と考えられる。そこで、例えば兵庫県では、公立中学校2年生などの生徒を対象とした体験活動「トライやる・ウィーク」に平成10年から取り組んでいる。
体験提供を地域で支える先行事例「トライやる・ウィーク」
トライやる・ウィークは、生徒が職場体験・福祉体験・農林水産体験などの活動に従事するものである。特徴としては5日間という長期間の活動であること、各中学校区に設けられた推進委員会が事業所などの受け入れ先や指導ボランティアの確保を行うなど、体験を地域で支える仕組みを設けていることが挙げられる。開始してから既に26年が経ち、参加者は約120万人にも上る。
県が実施10年目に行った評価検証では、参加者から多くの肯定的な回答が寄せられた。高校3年までの生徒に「後輩たちに体験を勧める」か尋ねたところ、「そう思う」が全体の56.7%、「どちらかと言えばそう思う」は29.7%と、合わせて9割近くから肯定的な評価が返ってきた。
このように兵庫県の教育の特徴的な取り組みの一つとして評価されるトライやる・ウィークであるが、課題も見られる。
一つは学校負担である。前述の推進委員会の主体は実態として学校・教員が担っており、企業との調整などの事務負担軽減が必要とされている。
また、生徒が選択する活動に偏りがあることも指摘される。教員に話を聞くと、生徒の身近な職業に人気が集中しており、令和5年度の報告書によると、幼児教育、販売、小学校・高校・大学で活動内容の上位40%超が占められた。
これらを踏まえると、探究学習においては職業体験の前段として、社会にどのような生き方があるかを広く学ぶ社会体験が必要であり、その提供の負担が特定の主体に偏らない仕組みを構築する必要がある、ということができる。
社会体験の提供を複数の主体で支える取り組み
これらの課題解決の参考として、今年度静岡県富士市で行われる、新たな社会体験カリキュラムについて紹介する。
このカリキュラムでは、会社が利益を上げる仕組みやサプライチェーン、税金の用途といった社会の仕組みを学ぶ「学校内授業」と、企業や公的機関での異なる職種のロールプレイを行う「社会体験」、体験に向けた求職活動やチームビルディングなどの「事前準備」がセットとして行われる。
社会体験では、企業内の職種間あるいは外部と連携して行う業務や、体験内で行われる住民投票の結果を反映した業務などに取り組む。また、給料は予め税金が差し引かれて支給されるなど、学校内授業での学びを踏まえて、実際の社会での生き方・働き方を体験できるものになっている。
このカリキュラムは、企業・地域・自治体などが連携して支える。ロールプレイに必要な備品提供やタスク設計は地域の企業などが協力し、企業・学校・自治体・教育委員会間の調整を地域のNPOが担う。さらに、このNPOの活動に係る費用は、富士市が独自に企画した企業版ふるさと納税スキームを用いた寄付で充当される。
体験提供を支える制度の整備を
探究学習を支える「体験」を持続的に提供するには、多忙な教職員に代わり、地域・企業・自治体などが支える仕組みが求められる。そこで必要なのは、パッケージとしてのカリキュラムと、地域の実情に応じて学校・企業間などでカリキュラムを調整し、運用するNPO などの主体である。また、活動の費用を継続的に支援できる資金拠出者の存在も欠かせない。
富士市のふるさと納税スキームは、その仕組みの先駆けといえる。各自治体あるいは国レベルで、こうした「ヒト・モノ・カネ」をつなぎ、体験を支える制度整備を検討すべきではないか。
※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。