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インパクトファイナンスの拡がりと今後の課題

2024年11月26日 長谷直子


 2023年度の国内のインパクトファイナンスの残高が11兆円を超えた(※1)。前年度比2倍以上の額であり、飛躍的に増加している。アセットクラス別の残高を見ると、「融資」が最も多くなっており、インパクトファイナンスが投資のみならず、融資へと拡がっていることが分かる。

 この残高は、GSG国内諮問委員会という団体が、国内の銀行や信用金庫を含む金融機関に対してアンケートを行い、インパクト投資の要件等を示したうえで、回答組織が独自に判断して回答したものを集計して算出したものである。どこまでの金融商品をインパクトファイナンスの対象とするのか、という定義については議論の余地があるものの、銀行等によるポジティブインパクトファイナンス(PIF)やサステナビリティ・リンク・ローン(SLL)も対象に含まれており、これらの融資額の増加が、インパクトファイナンス残高の急増の要因とみられる。近年、PIFは大手だけでなく、地域の金融機関や信用金庫による組成が増えている。SLLも地域金融機関に拡がってきた。2020年のSLLの国内融資件数は10件弱だったが、2023年には600件を超え、その9割近くが地域金融機関によるものだ(※2)。地域金融機関の融資先は、地域の中小企業が多い。これまでCO2削減目標等を設定していなかった中小企業が、資金調達を機に初めてCO2削減目標を設定した、といった変化がもたらされたとすれば、PIFやSLLは、中小企業のサステナビリティの取り組みを「後押し」するのに一役買っていると言える。

 こうした「後押し」のことを「追加性」とも呼ぶ。金融機関による融資行動がなければ生じえなかった効果をもたらすことを指す。ただ、この「追加性」が、インパクトファイナンス市場全体でみれば不足しているとの指摘もある。

 国内で組成されたPIFの中には、融資先の既存のサステナビリティ目標をそのまま目標指標に据え置いているものや、同じ目標指標を使い回して複数の金融機関からPIFとして資金調達を受けているものがある。こうしたファイナンスにおいて「追加性」があるとは言い難い。

 SLL関連でも同様に追加性の不足が問題視されている。世界銀行は2022年に、サステナビリティ・リンク・ボンドに構造的な抜け穴があると指摘したレポートを公表した(※3)。このレポートによると、ボンド(債券)の発行体が、目標達成の基準日を発行期間のうちなるべく後ろに設定したうえで、あえて満期前に償還することで目標未達の場合もペナルティを回避している例が多く見られたという。これではサステナブルのラベルを貼っているだけで、「このファイナンスがあったからこそ目標達成しようというインセンティブを生む」という本来の狙いが実現できていない。

 国内でも、環境省は2024年11月に改定したガイドライン(※4)で、現状のSLLにおいて、借り手の事業特性に関係なく、銀行側が設定した一律の「フレームワーク」に基づいて資金調達を実施している事例が多いことに警鐘を鳴らした。本来であれば、借り手の事業特性を考慮し、個別に目標設定を促すべきところ、フレームワーク化することで形式的なものになってはいないだろうか。

 実際に、これまでになかった目標を新たに設定するには手間がかかるが、手間がかかるとなるとそもそもこのようなインパクトファイナンスの商品を借入人に選んでもらえないため、取引をしたい金融機関の立場からすれば、新たな目標設定を勧めにくいという話も良く聞く。ただ繰り返しになるが、単にお飾り的にラベルを貼るだけであれば追加性があるとは言えない。

 「量」が増えた次の段階として求められるのは、「質」の向上だ。環境や社会に対して追加的なインパクトがもたらされてこそ、インパクトファイナンスと言えるだろう。お飾り的にラベルを貼る行為(インパクトウォッシュの1つ)を防ぐために、まずはインパクトファイナンスの定義として、「追加性」の要件をより明確に打ち出し、金融機関に求めていくべきだ。GSG国内諮問委員会のアンケートも「追加性」を含めた定義を示し、各金融機関のインパクトファイナンスを捉え直したうえで集計していく必要がある。

 「追加性」を具現化するには、金融機関と借入人との対話が重要な役割を担う。PIFやSLLで目標指標や目標値を決める場面では、金融機関は借入人に対して、新たな目標指標の提案や、より意欲的な目標値への引上げを促すといった交渉が欠かせない。インパクトファイナンスを通じて、エンゲージメント(建設的な対話)を実践していくことを期待したい。

(※1) 「日本におけるインパクト投資の現状と課題 2023年度調査」 GSG国内諮問委員会(2024年4月)
(※2) グリーンファイナンスポータル
(※3) Policy Research Working Paper 「Structural Loopholes in Sustainability-Linked Bonds」 World Bank Group International Finance Corporation October 2022
(※4) 「グリーンファイナンスに関するガイドライン改定概要(2024年11月)」 環境省


※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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