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近年の大企業とスタートアップとのオープンイノベーションに関する論考

2024年10月09日 高野大地


1.大企業とスタートアップとのオープンイノベーションの分類
 スタートアップ育成5か年計画も2年度目となり、スタートアップ創出・成長に関わる政策が進む中、今後スタートアップ政策においてさらに注力していくテーマとして、大企業の役割に注目が集まっている。
 スタートアップの成長を促進するという観点から見ると、大企業には、直接的な事業成長につながる共同研究・事業提携・資本業務提携先としての役割や、製品・サービスの購買者としての役割、またCVCなどの資金提供者としての役割、スタートアップのEXITの一つでもあるM&Aの実施者としての役割など、さまざまな役割がある。
 一方で、大企業によるスタートアップの捉え方には、これらのような大企業・スタートアップ双方にとって利のある連携先という捉え方に加え、大企業内の新規事業創出の担い手としてスタートアップを位置付けるという捉え方も考えられる。
 これらを考慮すると、大企業視点で考える「スタートアップ(手法)の活用方法」は以下のように分類できる。
 ①社外スタートアップからの調達(既存事業・業務の改善)
 ②社外スタートアップとの協業(新規事業に取り組むための契機)
 ③スタートアップの創出(新規事業を生み出す手法)

 2003年にヘンリー・チェスブロウ氏が「オープンイノベーション」という概念を発表(※1)して以来、大企業が社外連携によりイノベーションを生み出す手法はオープンイノベーションの枠組みで整理されることが多い。Chesbrough and Brunswicker (2013) (※2)では、オープンイノベーションを知識の流れ(インバウンド型、アウトバウンド型)および対価の有無で4象限に分類している。
 これを参考に整理すると、上記の①~③は以下のように分類することが出来る。理論上は、左下にあたる既存事業の切り出しや事業売却等も有り得るが、スタートアップとの関係においては想定しづらいため本稿では割愛する。


 本分類に基づき、現在の大企業のスタートアップに関連する取り組みを整理することで、今後の政策に求められる視点について考察する。

2.大企業のスタートアップに関連する取り組みの現状
 現在、イノベーション政策においてスタートアップは重要な位置づけを占めており、大企業においてもスタートアップに関連する多数の取り組みが実施されている。これらの取り組みを、前項で示した分類に基づき整理する。

①社外スタートアップからの調達(既存事業・業務の改善)
 本分類は、スタートアップ側から見ると、いわゆるオーソドックスな製品・サービスの提供・販売であり、大企業と接点を持ちたいと考えている多くのスタートアップは、最終的に大企業が顧客になることを期待している。
 次の②とも関わる点でもあるが、製品・サービスの購買は大企業から提供できる要素として最も大きく、これらをPR要素としたプログラムも多数見受けられる。必ずしも既存事業のみに該当するわけではないが、最近ではベンチャークライアントモデルというスタートアップの製品・サービスの積極的な導入を通じたイノベーション手法も注目され始めている(※3)
 国レベルでもSBIR(Small Business Innovation Research)制度などの公共調達につながる政策が実施されているが、本取り組みの最も難しい点は、スタートアップの製品・サービスの購買を推進する部署(例えば、スタートアップ推進部など)と製品・サービスの調達を司る部署が異なることである。スタートアップの特徴を理解しなければ適切な購買には至らないため、スタートアップ推進部等のスタートアップの窓口となる部署にはコーディネート能力が求められる。

②社外スタートアップとの協業(新規事業に取り組むための契機)
 一般的にスタートアップとのオープンイノベーション事例として挙げられる取り組みには、本分類に該当する取り組みが多い。スタートアップが有する先進的な技術・サービス等を探索するために、自社のリソースを提供してスタートアップの成長を支援するコーポレートアクセラレーターや、スタートアップに出資するコーポレートベンチャーキャピタル(CVC)等を立ち上げている企業は多数存在する。
 また、現在、国内の事例は少ないが、今後増えていく事が期待されているのがM&Aである。M&Aの課題は令和6年に経済産業省が公表した調査報告書にもスタートアップ側の論点が整理されているが(※4)、大企業側から見るとIPOを目指すスタートアップは株式の価値(バリュエーション)が割高になっていることや、M&A後の統合(PMI)が必要なこと等が大企業側のM&Aの妨げになっていると考えられる。
 近年、M&A後にIPOを目指す「スイングバイIPO」が注目されているが、大企業にとってもスタートアップとの協業を図りながら投資リターンを得るモデルは、本格的なPMIが必要なM&Aよりも取り組みやすい可能性がある。

③スタートアップの創出(新規事業を生み出す手法)
 新規事業創出のために、社内アクセラレーションプログラムを実施し、リーンスタートアップのようなスタートアップ的な事業創出手法を大企業の新規事業創出に活用するケースが増えている。
 大企業内でスタートアップ的な事業創出ができると、社内のリソースを活用でき、有利な側面もある一方で、基本的には従業員であるため、既存業務も並行して処理しなければならない課題や、既存の決裁規程が存在するため社内調整が負担になり機動的に事業が進められない課題など、乗り越えるべき課題も多い。
 このような課題を乗り越えるために、スタートアップとして新法人を設立することが選択肢の一つになる。この場合、親会社と資本・雇用関係が残る「親会社スピンオフ」と、資本・雇用関係が残らない「従業員スピンアウト」があるが、この2つは別物であり、後者の方がより成長ポテンシャルが高いと言われている(※5)
 従業員スピンアウトは、輩出企業側にとってはメリットを感じづらいように思われるが、実際はスタートアップ側からの知識のスピルオーバーや優秀な人材の採用などの面で長期的なメリットがあるという研究もある。
直近では経済産業省中心に企業からのカーブアウトを促進するための政策環境が整えられており、今後大企業発スタートアップの活躍も期待される。

3.今後のスタートアップ政策に必要な視点
 このように、イノベーションにおけるスタートアップへの期待の高まりを背景に、近年では、大企業がスタートアップとのオープンイノベーションを促進する取り組みが、さまざまな手法を用いて実施されているが、スタートアップ論理でオープンイノベーションを考えるだけでなく、大企業論理も考慮して政策を考えていく必要がある。本稿では2つの観点から提言したい。

(1)大企業によるスタートアップからの調達推進
 まず一つ目に検討すべき点として、①の分類に位置づけられる、スタートアップの製品・サービス需要者の創出促進が挙げられる。SBIRのような公共調達を促進する制度も精力的に導入が進められているが、官公庁への販売は特殊な商慣行であることもあり、持続可能な購買にはつながらない。したがって、いかに民間企業に対してスタートアップが製品・サービスを販売しやすい仕組みを構築するかについて検討すべきである。
 これまで、企業とスタートアップとのマッチングイベントは多数実施されているが、こうしたイベントで評価されるのは、“すでに完成された製品・サービス”である。もちろんスタートアップには、セールス・マーケティングの観点で、パッケージ化された製品・サービスを展開しなければならないフェーズもあるが、より企業と話してニーズを探索する必要があるのは市場ニーズが曖昧なフェーズである。そのため、スタートアップの“コア技術や技術力・エンジニアリング力”を評価できるよう、企業側が課題を提示するようなスタートアップ側に提案する余地を残したマッチングの場を構築していくことが望ましい。
 一方で、マッチングの場の構築だけでなく、企業、特に大企業側の考え方も変えていく必要がある。これまで日本の大企業はNIH(Not Invented Here)症候群に陥っており、自前主義の意識が強いと指摘されてきた。もちろん一朝一夕でマインドを変えることは困難であり、成功事例を積み重ねるしかないと思われるが、一つの解決手段になり得るのは、企業内で技術開発を司る専門職の役割を、「新たな技術の創出」から、「新たな技術の実装」に変更することである。技術開発者が自前主義に陥ることなく、スタートアップの技術力・機動力・スピード等を生かし、本質的に重要な外部知識(技術等)を見極め、上手く企業に取り込む力を鍛えていくことで、より効果的なスタートアップと大企業の連携が図れるのではないかと思料する。

(2)多様なスタートアップのあり方を考慮した政策検討
 二つ目に検討すべき点として、スタートアップを型にはめて捉えすぎないことが挙げられる。②や③の分類における事例に現れているように、近年の新しい取り組みでは、従来当たり前に切り分けられてきた組織(法人)の境界を飛び越えるような手法が増えている。M&AにおいてもスイングバイIPOのような無理にPMIを行わないケースが生じていたり、カーブアウトでも従業員スピンアウトのような法的に元企業と関係性のないスタートアップを作る手法が模索されていたりする等、これまでの「会社」という制度で捉えにくい流動的なイノベーション創出・事業成長のあり方が、スタートアップと言う組織体を活用しながら生まれている。
 わが国のスタートアップ政策は、資金需要の大きなディープテックスタートアップ支援を中心に、大学の技術シーズをいかに事業化し、成長させていくかというモデルに合わせて制度設計されているため、大企業から飛び出して起業・成長するスタートアップにとって制度的な受け皿が狭い状況にある。既存企業が新規事業創出の一環で自社の社員の起業を促すように制度・環境を整えていくことはわが国のイノベーションを促進することにプラスに働く。既存企業からの出資比率が小さければ、競争環境の中でスタートアップ的な事業成長も期待できることに加え、既存企業の元社員が代表を務める企業であるため、スピンアウトしたスタートアップを再度スピンインしやすくなるというメリットもある。
 経済産業省では、令和元年度から出向起業制度を実施しており、実績・経験も蓄積されてきているが、大企業が協力しやすい形でイノベーションを促進するためのスタートアップ政策をさらに強固に推進し、大企業等との連携による多様なスタートアップを支援できる制度を構築できると望ましい。

(※1) Chesbrough, H. (2003) “Open Innovation: The New Imperative for Creating and Profiting from Technology”, Harvard Business School Press
(※2) Chesbrough, H. and S. Brunswicker (2013) “Managing open innovation in large firms.” Survey Report, Fraunhofer Verlag
(※3) 木村将之,グレゴール・ギミー (2024)「スタートアップ協業を成功させるBMW発の新手法 ベンチャークライアント」,日経BP
(※4) https://www.meti.go.jp/policy/newbusiness/r5reportforstartupgrowth/r5reportforstartupgrowth_MA.pdf
(※5)加藤雅俊 (2024) 「スタートアップとは何か ―経済活性化への処方箋」,岩波新書


※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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