RIM 環太平洋ビジネス情報 Vol.24,No.94
デジタル金融包摂や金融ウェルビーイングを促進するASEAN諸国 ─資産運用立国、金融経済教育強化を図る日本への示唆─
2024年09月13日 清水聡
ASEAN諸国の金融包摂は進んでいるが、国ごとに差が大きく、銀行口座を保有していても十分な金融サービスを受けていない割合も高い。近年は金融のデジタル化が進み、デジタル決済やデジタル融資などが金融包摂を促進しているが、安全性の強化や多様な金融分野でのデジタル化の促進などの課題も残る。一方、最近では、金融面の不安がないことを意味する金融ウェルビーイングの考え方が浸透しつつある。新興国の所得水準は概して低く、また一部の国で高齢化が進んでいることがこの問題への関心を高めている。金融ウェルビーイングを促進する政策は、アクセス(包摂されていない層への金融商品・サービスの提供)、リテラシー(金融リテラシー、デジタル・リテラシーの不足への対処)、セキュリティ(消費者保護、サイバーセキュリティ対策など)に大別出来る。
ASEAN諸国では、2015年11月に発表されたAECブループリント2025において金融包摂が課題とされた。2016年に設立された金融包摂作業部会(WC-FINC)において、各国の金融包摂の進捗状況に関するモニタリングが行われている。
金融リテラシーあるいは金融能力(financial capability)の強化はASEAN諸国の優先課題であるが、その進捗度合いは多様であり、適切な対応が遅れる場合には金融包摂や包摂的成長の障害となる可能性がある。金融能力が不足すれば、個人は金融サービスの便益が受けられず、金融ウェルビーイングを改善することも出来ない。金融のデジタル化が急速に進む中では、デジタル・リテラシーの向上も不可欠である。
マレーシアでは、金融部門マスタープラン2001-2010、金融部門ブループリント2011-2020により、金融包摂が進展した。また、金融教育ネットワークが組織横断的なプラットフォームとして作られ、金融リテラシーの向上に向けた取り組みを行っている。現在の金融セクターブループリント2022-2026では、「家計や企業の金融ウェルビーイングの強化」が戦略の一つになっている。老後に向けた貯蓄の拡大や裕福な中間層(mass affluent)の支援のため、資産運用業の変革(年金制度、投資信託などを含む)も求められている。投資助言業の支援やデジタル・デバイドの回避も課題となる。
金融包摂や金融ウェルビーイングの促進は社会貢献の一つでもあり、インパクト投資やESG投資の対象になり得よう。実際、これらの投資は中小企業の金融包摂に役立っている。市場規模はまだ小さいが、今後の拡大が期待される。
日本は「資産運用立国」を目指しており、その一環で、今後、金融経済教育をさらに強化しようとしている。これらは金融ウェルビーイングの向上を目指す政策といってよく、日本のASEAN諸国に対する金融協力の文脈の中でも、双方の金融包摂や金融ウェルビーイングの向上を目指すべきであろう。
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