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シンクタンクのインキュベーション活動におけるインパクト評価の活用

2024年09月10日 村上芽山内杏里彩高保純樹


1.シンクタンクにおけるインキュベーション活動の分析
 当社の経営理念には、「我々は知識エンジニアリング活動を通じて、お客様・社会の新たな価値実現にパートナーとして貢献する」という一文が含まれている。筆者の所属する創発戦略センターでは、「次世代を見据え行動するシンクタンク、“ドゥ・タンク”を目指します」とうたい、新しい事業やマーケットを創出する「インキュベーター」であることを活動の理念としている。
 インキュベーションにおいては、現在の社会環境に対する一定の課題認識と、将来目指す姿を言語化し、実現に向けた道筋をいくつかの方法で踏んでいく。その際、課題と目指す姿の集合を「プログラム」と呼称し、通常は数人をコアメンバーとして1つのプログラムを推進している。1つのプログラムには、自主研究や研究会、受託事業、情報発信などの活動が含まれる。
 組織のこうした特徴を踏まえ、自らの活動が理念に沿ったものとなっているかを考えるため、以下の点から自分自身の活動を分析することとした。
 ①活動によって生み出そうとしている価値が具体的に何か
 ②①によって課題解決につながるような十分なインパクト(影響)が生まれるのか
 ③十分なインパクトが創出される道筋にあるのか

2.インパクト評価の活用
 分析にあたり、当社が対外的な活動の分析や評価に用いているインパクト評価の手法を用いることにした。インパクト評価においては、「評価対象とする活動」がどのようなインパクトを社会や環境に及ぼすのかという経路について、ポジティブな面とネガティブな面をそれぞれ詳しく検討したうえで、社会や環境における変化を測定・評価する。
 インパクト評価の成り立ちを振り返ると、もともと、開発援助や助成、寄付のような、金銭的リターンを求めない資金の出し手に対し、受け手側が、その成果を報告するために発展してきた。資金の出し手は、もし寄付先を複数の候補から選ぶのであれば、同じ金額あたり得られるインパクトの大きい方を選ぶこともできる。
 このような性格のインパクト評価は、現在の社会環境に対する課題認識から始まるインキュベーション活動にも活用可能である。「評価」という言葉に対するイメージが広いことを踏まえ、その試行にあたり、「評価」の目的を以下のように整理した。
・ 投資判断や業績評価、株主説明に使われうる「評価」や、専門用語でいう「介入」ではなく、インキュベーション活動をよりよくするために実施すること。
・ プログラムや自主研究プロジェクトが所期の目的を達成するために使える道具になること。例えばプログラムのリーダーが、社内外のステークホルダーに取り組みを説明しやすく、一緒に活動できるようになること。プログラムメンバーとの役割分担を意識すること。
・ プログラムや自主研究によって得たいポジティブな変化に向けた視野を広げつつ、起こりうるネガティブな変化について検討すること。

3.試行の概要
 インパクト評価においては、現在行っている、評価対象とする活動がどのようなアウトプットをもたらし、そのアウトプットがどのような初期的なアウトカムをもたらすか、さらに中長期的にどのようなアウトカムになり、インパクトを及ぼすのかを論理的に整理するためのインパクトマップ(ロジックモデルとも呼ばれる)が用いられることが多い。このとき活動の影響を受けるステークホルダーの変化が媒介になる(図1上段)。
 また、目指している将来像を描き、現在の活動までどう遡ってこられるかをバックキャスティングで検討するという方法もある(図1下段)。

(図1)インパクト評価の2つの経路


 インパクトマップの構成要素は図2のとおりである。

(図2)インパクトマップの構成要素

 創発戦略センターで行っているさまざまなプログラムや自主研究のうち、インパクト評価の試行対象となる活動として、①「ニューロダイバーシティ・Web3.0時代の生業づくりエコシステムの形成」プログラムにおいて重点的に取り組んだ自主研究プロジェクトと、②プログラム「Revaluing Nature」全体の2種類を選んだ。

4.試行①【自主研究プロジェクト 発達障がいのある生徒・児童へのweb3を活用した支援】
4.1 自主研究プロジェクトの概要
 発達障がいのある人は、一般的に高い集中力や豊かな想像力という強みがあると言われている。一方で、対人関係や環境への適応に困難がある場合も多く、それらの困難に配慮した就労環境を整えることは難しいのが現状だ。障害者雇用においても障害者全体の就職率46.2%と比較して、発達障がいのある人の就職率は33.1%と低い。そのため、発達障がいのある人やその保護者は、定型発達を前提とした既存の就労形態で安定して働くことが難しいのではないか、という不安を抱えているケースが多い。
 このような不安を解消する手段の1つに、web3(※1)の活用がある。web3は、匿名かつ非対面での就労を可能にするため、対人関係で困難を抱えることの多い発達障がいのある人が働きやすい環境をつくることができるのではないかと期待されている。web3上での仕事としては例えば、ブロックチェーンゲームのクリエイターやNFTアーティスト等があげられる。ただ、これらの仕事はまだ新しく、一般に広く知られていないのが現状だ。そこでまずは発達障がいのある人やその保護者にweb3上での仕事に興味を持ってもらうことを目指し、発達障がいのある児童・生徒を対象に、ブロックチェーンゲームを用いたボクセルアート(※2)制作講座を実施した(以下「本プロジェクト」という)。
 講座は北海道済生会主催、小樽商科大学および当社のもと、小樽市内にて2023年度中に全7回開催した。現職のボクセルアーティストが講師を務めた。当社は、講座の企画・運営を担当した。

4.2 インパクト評価・分析の実施
 本プロジェクトを対象としたインパクト評価・分析では、プロジェクトのメンバーがインパクトマップの作成、インパクト評価のための講座参加者へのアンケート調査の設計・実査・分析を担当した。メンバーとは別に、インパクト評価者の視点で助言するアドバイザーを置いた。
 本プロジェクトのインパクト評価では、「講座に参加してもらう」ことを入口に置き、「発達障がいのある人の就職率が上がる」、「web3領域で仕事をする人が増える」ことをインパクト(最終的な目的)とした(図3参照)。インパクトに至る多様な道筋を検討した結果、講座への参加を通じ「発達障がいのある児童・生徒が自分の制作物が生業となり得る実感を得る」ことを主たるアウトカムとして、評価・分析した。

(図3)インパクト評価の大枠

 アウトカムが実現しているかを測るために、参加者にアンケートを行った。その結果、ほとんどの参加者はボクセルアート作品を制作やその作品を人に発表することについてはポジティブに捉えていた。
 一方、それを仕事にできると認識している参加者は4割未満であり、参加者本人が「生業となり得る実感を得る」ことは難しかった。
 しかしながら、参加者の保護者の中のほとんどは本講座を通じてweb3などの先端技術を活用した働き方を前向きに捉えており、保護者は「生業となり得る実感を得る」ことができたとも考えられた。これには、次節で述べる座談会が影響している可能性がある。

4.3 インパクト評価・分析実施上の課題と効果
 インパクト評価は、講座の実施に向けた企画・運営等の準備と並行して実施した。決められた期限までに集中的に準備を進めなければならない計画途中で、本プロジェクトにとって第三者に相当するアドバイザーを含めてインパクトマップの議論を行うことは、タイミングとして適切かどうかは課題であった。
 結果として、プロジェクトの全体像を俯瞰しながら、ステークホルダーとの検討機会を作ることにつながり、上述したアンケート設計に活かせたという効果が得られた。また、具体的には、以下の変化があった。
・インパクトマップは、講座の企画の合間に北海道済生会や小樽商科大学の担当者と共に検討したが、アウトカムについて議論する中で、参加者が「自分の制作物が生業となり得る実感を得る」ためには、参加者の保護者にもアプローチすべきではないかとの意見が挙がった。
・そこで、講座のプログラムの中に、本講座の講師を務めた現役のボクセルアーティストから保護者に向けた座談会を組み込むことになった。その結果、この座談会の実施が、保護者のweb3領域の仕事への印象に変化を与えるきっかけにもなった。
 
 このように、インパクト評価の中でも具体的な「インパクトマップ」の作成過程をプロジェクトのステークホルダーと共有することによって、インパクト創出のために優先度を高めて実施すべき事柄の発案や共有、具現化につながったといえる。
 本プロジェクトの場合には、インパクトマップの作成についてステークホルダーの参加を得られた効果が大きかった。こうした「一歩立ち止まって全体を俯瞰する」タイミングを持つことを含めたスケジュールを組み、社外のステークホルダーからの参加を得られるようにすることは、今後のさまざまな自主研究プロジェクトの実施時に検討すべき点である。
 また、インパクトマップの作成時に参加者の意見をまとめ、具体的に図面に落とす作業を担当した研究員にとっては、本プロジェクトの全体を俯瞰しつつ、具体的な座談会やアンケートに検討経過を反映させていく機会となった。インキュベーション活動において、多様なステークホルダーの思いの言語化が必要になることはしばしば起こるため、インパクトマップを用いた試行はその実践機会にもなった。

(※1) Web3とは、ブロックチェーン技術を基盤とした分散型のウェブのこと。参考:Web3.0トレンドを俯瞰する ~ブロックチェーン技術が実現する次世代のインターネット~ (jri.co.jp)
(※2) ボクセルアートとは、立方体を組み合わせて作成する立体感のある、仮想空間上での作品をいう。

5.試行②【Revaluing Natureプログラム】
5.1 プログラムの概要
「Revaluing Nature」プログラム(以下、「本プログラム」という)は、生物多様性の保全・回復・持続的な利用が真に確保された社会の実現を目指している。
 生物多様性に関しては、近年はビジネスの世界で「自然資本」というキーワードが浸透してきている。これは、人々に便益を与えてくれる自然資源はタダではなく、資本として管理していくべきという考え方を背景として広まった概念である。この概念は有益である一方で、事業活動との関係が直接的でわかりやすく、かつ計測しやすい価値だけが注目されているのが現状である。
 本プログラムはその先の未来として、計測不可能な価値をも含めて、生物多様性が有する複雑で多様な価値がビジネスに取り込まれた社会を目指しており、「Revaluing」という名称には、生物多様性の価値を再定義(Re-value)しようという意識が込められている。
 本プログラムの活動初年度となった、2023年度における中核的な活動は、企業・事業活動のネイチャーポジティブ転換を促進・支援する金融セクターのアライアンス、FANPS(※3)の支援(受託事業)であった。加えて、自然の価値の見直し・評価に結び付くような、官公庁や企業の取り組み支援や、まだ一般に普及しているとは言い難い生物多様性に関する分かりやすい情報発信などを推進した。

5.2 インパクト評価・分析の実施
 インパクト評価・分析では、プログラムのメンバーが2通りのインパクトマップ(「現在から将来へ」と、「目指す社会・環境像から現在へ」)を作成した。試行①同様、メンバーとは別に、インパクト評価者の視点で助言するアドバイザーを置いた。
 ここでは、2通りのインパクトマップのうち、「目指す社会・環境像から現在へ」、バックキャスティングでのインパクト評価・分析の実施状況を取り上げたい。その手順は以下のとおりである(図4参照)。
①プログラムの最終目的(「生態系及びそれらのサービスの保全、回復、持続可能な利用が確保される」)を置き、それに至る段階にはどのような状態を想定し得るか、メンバー総出でアイディアを出しあった。例えば、「事業活動が生態系を破壊することがなくなっている」「企業が科学者に対して質問しやすい状態になっている」「投資家が投資判断時に自然との関係を考慮できている」など、「誰が(または何が)どうなる」をいう表現を用いた。
②出たアイディアをもとに、メンバー1名がツリー状に繋げたインパクトマップを作成した。このインパクトマップ案について、メンバー全員と、アドバイザーが討議して、お互いに意図したことの確認などを行った。
③現在実施している複数のプロジェクトを、インパクトマップに追記した。
④メンバー各人がインパクトマップ全体を見て、マイルストンとして特に重要だと考える「誰が(または何が)どうなる」を投票した。結果として得票数が多かったものを今後のプログラム推進上、特に重要なポイントとして認識を合わせた。
⑤最後に、目指す像に対し、現在のプロジェクトやリソース(現在のメンバーの専門知識など)の状況を比較し、手薄な部分や優先順位、強化すべき点などを討議し、次のアクションとして何をすべきかを抽出した。


(図4)バックキャスティングでのインパクトマップの大枠


5.3 インパクト評価・分析実施上の課題と効果
 目指す社会・環境像を掲げることがプログラムの特徴であることから、プログラムを対象としたインパクト評価・分析では、バックキャスティングを中心に実施した。
 バックキャスティングで検討すると、現在ある様々な制約を無視して考えられるというメリットがある反面、討議が抽象的になりがちになるという性格もある。今回の試行では、インパクト評価・分析結果を「次のアクション」の具体的な抽出や、プログラムの発想に共感してくれるステークホルダーを増やすことにつなげたいという目的があった。3か月~半年程度の期間で次のアクションにつながれば最適である。この目的と、中長期的に目指す像からのバックキャスティングがうまく噛み合うのかという課題があった。
 例えば、中長期的に掲げた「目指す環境・社会像」に向けて「ここが重要なポイントだ」という点を明確にするまでには、同じ志を持って集まったメンバー同士であっても、一定の議論を必要とした。変化に関する各メンバーの考え方(例えば何年先を主に想定して議論するか)も、初めから揃っているわけではなかった。
 結果としては、「うまく噛み合うのか」という課題は、試行中には十分に解消されなかった。一方で、バックキャスティングでのインパクトマップを用いることで、メンバー間の意思疎通や相互理解が進んだ。また、本プログラムにとって今後の発展への示唆が得られた。
 本プログラムでは、試行前まで、企業や金融機関をステークホルダーとしたプロジェクトが中心的であった。しかし上述した手順②を行ったところで、もっと幅広いステークホルダーにアプローチする必要性がわかってきた。つまり、「誰がどうなる」の「誰」の部分に、「自治体」や「消費者」が多く登場したにも関わらず、それに紐づけられる具体的なプロジェクトが無かったのである。今後は市町村による生物多様性地域戦略を核とした地域内連携の構築や、デジタル技術を活用した消費者への情報提供サービスの開発などが必要だと認識を共有した。
 加えて、インパクトマップの作成を担当したメンバーは当時、前職の公務員から創発戦略センターに転じて1年未満だったが、担当する業務が最初から明瞭に割り振られていた前職と比較した、インキュベーション活動の特徴を掴む具体的な機会となった。

(※3) Finance Alliance for Nature Positive Solutions(https://www.fanps.jp/

6.今後に向けて
 以上のとおり、シンクタンクにおけるインキュベーション活動に対してインパクト評価の手法を活用し、評価・分析を行った。各々約3か月をかけた試行によって、インパクトマップの活用タイミングや、評価や今後のアクションに関する時間軸など、いくつかの課題が見つかった。同時に、インパクト評価を活用することがインキュベーション活動にとってプラスの影響になるとの感覚が得られた。評価・分析そのものがなにがしかの価値を生むわけではなく、その結果を用いた次のアクションが、アウトカムに連なっていくことを前提としたうえで、自己評価を続けながら新たな価値の発見や、社会・環境にポジティブな変化が生まれることにつなげていきたい。


※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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