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EV電池の国内サーキュラーエコノミー市場 2050年時点の潜在規模を8兆円と予測
~市場形成に向け、EV電池の「ユーザー」起点での循環を加速させよ~

2024年08月22日 籾山嵩


1.EV電池のサーキュラーエコノミーの動向と課題

 大量生産・大量消費型の経済社会活動の課題として、健全な物質循環の阻害、気候変動問題への悪影響、天然資源の枯渇や資源採掘に伴う人権問題などが挙げられ、これらの課題認識に基づきリニアエコノミー(線形経済)からサーキュラーエコノミー(循環経済)への転換が世界的に進められている。その中でもEV電池への注目度は高く、リユースEV電池としての活用やレアメタルを中心とする資源確保の観点から、サーキュラーエコノミーの形成が期待されている。
 しかし、現状では中古EVのリセールバリューが低水準で推移していることなどにより、中古EVの海外流出に歯止めがかからず、EV電池のサーキュラーエコノミーが形成されているとは言い難い状況である。サーキュラーエコノミーの特徴として、モノの製造・供給からリユース・リサイクルに至るまで資源や製品が循環する仕組みが形成されることによって市場が創出され経済的な効果が発生することが挙げられる。したがって、サーキュラーエコノミーが形成されることにより創出される市場の規模や、市場創出に伴うエコシステムの形成、新技術の創出などの産業育成への波及効果を踏まえて、国として市場創出に向けて動くべきかを判断することが極めて重要となる。そこで、市場創出のインパクトを定量化することを目的として、EV電池のサーキュラーエコノミー市場規模を予測した。

※本レポートは、以下のリンクからご覧いただけます。
「EV電池サーキュラーエコノミー 8兆円市場のゆくえ -2050年までの国内市場予測を踏まえ-」

2.EV電池サーキュラーエコノミー市場規模の予測

 EV電池のサーキュラーエコノミー市場規模を、EV電池の循環工程に対応させて、①中古EV関連市場、②リユースEV電池関連市場、③EV電池リサイクル関連市場、の3つに分類して予測した。これらの市場規模の予測方法の詳細に関しては、リンク先のレポートを参照されたい。
 ①中古EV関連市場は、中古EV市場、中古EV向けの保険・保証サービス市場、および運用管理サービス市場から構成される市場と定義した。運用管理サービスの市場はまだ小さいが、充電管理はEV利用を取り巻く大きな課題の一つであり、今後は商用車を中心として充電方式や充電頻度、充電器設置箇所を考慮したルートの選定などに関する支援を行う運用管理サービスが台頭してくると予測した。
 ②リユースEV電池関連市場はリユースEV電池市場、リユースEV電池向けの保険・保証サービス市場から構成される市場と定義した。現時点ではリユースEV電池の保険・保証サービスの事例は限られるものの、品質や安全性を不安視されやすいリユースEV電池の流通量が増えることにより、市場としても成長する可能性が高いと予測した。
 ③リサイクル市場は、リサイクルにより抽出される再生資源(リチウム・コバルト・ニッケル)の市場、およびEV電池の廃棄処理市場から構成される市場と定義した。
 図1に市場規模の予測結果を示す。いずれの市場も2050年にかけて長期的に成長し続ける市場であり、市場全体では2030年に6,000億円を上回り、2050年には約8兆円に達する規模となる。特に、EV電池のサーキュラーエコノミーに深く関連するリユースEV電池関連市場・EV電池リサイクル関連市場に関しては、中古EV関連市場に対して時間的な遅れを伴いながら成長し、2030年時点で1,200億円程度、2050年時点では2兆円を上回る規模に達すると予測された。2050年の全市場規模は中古EV関連市場の約1.44倍にもなるが、中古EVの海外流出が続いてしまうとリユースEV電池関連市場・EV電池リサイクル関連市場が中古EV関連市場に上乗せされなくなってしまうため、長期的な観点でこれらの市場の創出・拡大を図る必要がある。

(A)市場規模予測結果(2025年~2030年)


(B)市場規模予測結果(2025年~2050年)

図1 EV電池のサーキュラーエコノミー市場規模の予測結果


 この結果から、中古EVの海外流出に歯止めがかからず、EV電池のサーキュラーエコノミー市場が創出されなかった場合、資源安全保障の問題が解決されないだけでなく、これだけの規模の潜在的な市場が国内から失われ、さらに関連する産業の育成が進まないことになると考えられる。中古EVの輸出による短期的な経済メリットに目を奪われることなく、EV電池のサーキュラーエコノミー市場の価値に目を向け、産官学が連携しながら産業としての方向性を転換しなければならない。

3.EV電池サーキュラーエコノミー市場形成のための「スマートユース」の提案

 EV電池のサーキュラーエコノミーの形成は、特にEVの普及が十分に進んでいないこと、中古EVが利用された後にリユースEV電池として使われず輸出されてしまうことにより阻害されている。その主な原因として、中古EV電池の品質や安全性への不安などの課題解決が、EV電池の製造・供給を担う企業に一手に委ねられていることが挙げられる。製造・供給を担う企業としては、多様なユーザー、多様な使い方が想定されるため安全率を高めに設定せざるを得ず、その結果として製造コストが嵩み、ユーザーにとってはEV電池の利用コストの増加につながる。しかし、もしユーザーが利用時に安全性をモニタリングしながら運用管理を行うことや、企業が情報開示を行いユーザーに適切な利用を促すことなどができればそこまでの安全性は必要ではなくなり、EV電池の利用コストも小さくなるため、ユーザーがEV電池を利用しやすい環境となる。このように、今後はEVやEV電池の製造・供給を担う企業のみならず、ユーザーのニーズを起点として、ユーザー自身もEV電池の安全性や品質に関する問題を正しく理解し、賢く利用することで、EV電池の品質管理コストの削減に寄与するとともに、その潜在的な価値を最大限に引き出せるのではないだろうか。その結果として、日本の中古EV電池の競争力向上、サーキュラーエコノミー市場創出が進むと考えられる。日本総研ではこのような考え方を「スマートユース」と称し、さまざまな業種の企業、行政、大学と連携しながら、新たな市場創出や、関連する産業育成のための各種取り組みを進めてきた。
 スマートユースの社会実装には、関連するサービスを提供する事業者の出現や、スマートユースを可能とするDX技術の確立、制度や規格の整備などが必要であり、またユーザーが主体的にスマートユースを実践するためのモチベーションの醸成も重要となる。このような動きが広まることにより、EV電池のサーキュラーエコノミー市場を、従来の「使用済み製品や資源の再利用」という3Rの発想から、「利用者起点で製品の潜在的な価値を掘り起こす新市場の創出」というサーキュラーエコノミーにおける位置づけに進化させることが可能になる。今から動き出さねば、気が付いたときにはEV電池が潜在的に持つリユース価値、希少な資源、潜在的な市場を同時に取り逃がし、大きな損失を被るリスクがある。産官学が一体となって、EV電池のサーキュラーエコノミー市場形成に本気で向き合うべき段階に来ているのではないだろうか。

※本レポートは、以下のリンクからご覧いただけます。
「EV電池サーキュラーエコノミー 8兆円市場のゆくえ -2050年までの国内市場予測を踏まえ-」


※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。

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