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今後のインフラマネジメントにおける地方公共団体の垣根を越えたインフラの包括管理の必要性

2024年06月03日 大野木洋輔


1.インフラの老朽化と維持管理に係る課題認識の浸透
 日本国内においては、近年インフラの老朽化の課題が顕在化している。公共建築物も老朽化しているが、それよりも一般的に耐用年数が長いとされる道路、トンネル、橋梁等の土木施設の多くが、整備後50年以上が経過し、その機能や安全性に懸念が生じている。また、厳しい財政状況により予算の制約がある中で、インフラ維持管理が地方公共団体の重荷となっている。人口減少下でインフラ維持管理の担い手である建設業界の規模も縮小しつつあり、官民双方で維持管理の在り方を考えるべきフェーズに来ている。
 国土交通省では2013年を「社会資本メンテナンス元年」とし、老朽化対策に取り組み、2022年には「総力戦で取り組むべき次世代の 「地域インフラ群再生戦略マネジメント」 ~インフラメンテナンス第2フェーズへ~」の提言を取りまとめた。その中で、発注者の負担の軽減や技術力の担保など持続的な行政サービスの提供が行えるよう、複数・広域・多分野のインフラ施設を「群」としてとらえることにより、一体的・効率的にマネジメントを行う「地域インフラ群再生戦略マネジメント」の概念が提唱された。「市区町村が抱える課題や社会情勢の変化を踏まえ、既存の行政区域に拘らず、広域・複数・多分野の施設を「群」としてまとめて捉え、地域の将来像を踏まえた必要な機能を検討し、マネジメントする体制を構築・個別施設の予防保全型メンテナンスサイクルを確立し、実効性を高めること(※1)」を目的としており、各種支援措置とともにインフラ維持管理体制強化の取り組みを進めることとしている。
 しかしながら、現実には全国津々浦々に存在するインフラについて、維持管理の効率化を図るのは容易ではない。各管理者(地方公共団体)にとっては、発注、契約、施工、検査といった一連の事務作業が、維持管理の負担の多くを占めているのが実情である。

2.広域エリアでの包括化促進による負担軽減・地方公共団体の技術力強化への道筋
 その負担を軽減させるためには、単一の地方公共団体が管理するインフラの維持管理を統合するだけでなく、地方公共団体の垣根を越え、土木インフラのメンテナンス分野の業務発注を包括化・広域化することが考えられるのではないか。
 従来、例えば道路のような地方公共団体のインフラ維持管理は、対処すべき作業(例えば、土砂の撤去や清掃、舗装補修など)が発生したときに、個別細分化された形で、入札ないし少額の場合は見積合わせ等で個別に発注されていた。
 これを効率化するための、単一地方公共団体内における包括管理については、府中市(東京都)のほか、三条市(新潟県)、かほく市(石川県)などで先行して導入されている。その意義・効果や留意点は「インフラメンテナンスにおける包括的民間委託導入の手引き」(国土交通省)に記載されているが、発注事務の負担軽減、地域における維持管理の計画的・安定的な実施体制の確保、包括化による業務全体の効率化などが期待されるとして、引き続き国土交通省による導入検討支援などの推進施策が行われている。
 しかしながら、包括管理は必ずしも多くの地方公共団体で採用されているとは言えない。また、地方公共団体単位で包括化を進めたとしても、当該地方公共団体の規模が効率化できる最大となり、インフラ群マネジメントの本来の趣旨である空間的な統合も限界がみえてくる。
 技術の継承も課題となっている。多くの地方公共団体の土木系の部署においては、中堅職員が実務を推進し、ベテラン職員が経験や知見を基に助言しつつ、新人職員がOJTを通しつつ業務の全体像を把握する、という構造が一般的であり、組織の技術力の維持発展には最低限の人数が求められる。
 しかし国土交通省の調査によると技術職が5人未満の市町村が半分弱存在するほか、一人もいない市町村も1/4にのぼる(2021年度現在)。技術系の職員が少なくなると上述したような技術の継承の機会が限定的になること、日常の個別の修繕等の発注に忙殺され新技術のような新たな知識の習得の機会が困難になっている。すなわち、インフラメンテナンスのあるべき姿など将来像を描く余裕もなくなりつつあるのが現状である。

(出典)第27回(第3期第9回)(2021年12月1日)社会資本メンテナンス戦略小委員会 参考資料2(国土交通省)


 こうした課題の解決策として、既に建築や土木分野で一部導入されている包括管理を拡大して、清掃や土砂除去、舗装補修など地方公共団体に共通する業務内容について、複数の地方公共団体で一括して推し進めることで、発注から検査までの各種契約手続き・書類作成の負担を軽減することが可能となる。効率化することで、組織の技術力を維持向上させる余力も生まれると期待される。

3.維持管理の包括化・広域化における課題
 維持管理の包括化では、例えば「道路の円滑な交通を阻害しないよう状態を維持すること」あるいは「事故の発生などに利用者の身体及び財産に著しい影響を与えないよう道路を維持すること」など、仕様の定めが少ない性能規定的な発注を前提とすることが一般的である。性能発注とすることで、民間事業者の創意工夫により業務の効率化が期待される場合が多い。
 しかし、特に維持管理業務の包括化は、発生した不具合に応じて撤去・清掃・修繕等を行う作業が多く、予め数量を設定することができない。単価契約が設定できる業務項目はあるが、すべてを網羅するものではなく、従来のように明確に数量が把握できる委託契約として事前に発注することが事実上不可能であり、積み上げになれた発注者にとっては金額の妥当性や適切に維持管理できるか不安に感じる部分もある。従前よりインフラの維持管理を受託してきた土木事業者にとっても、確実に作業した分だけ対価を得られる契約の仕組みが変わることに加えて、包括管理を受託できなかった場合に、官需中心の土木では会社の売上が見込めなくなり、事業者の存続が死活問題となる懸念も存在するのは確かである。このことから、発注側・受注側(地域の事業者側)双方ともリスクを伴う大きな変化を好まない傾向がみられる場合がある。
 加えて、地方公共団体を跨いだ包括化を行う際、事業スキーム・契約面の課題として、主に以下3点が挙げられる。

 (1)従来の発注形態で構築されてきた地域の市場構造を踏まえた受注可能な業務範囲・業務量の設定

従来の個別発注のもとでは、実態として発注者や業務に応じた棲み分けが民間事業者間でなされ、市場が形成されてきたケースも存在する。その場合、むやみに業務を広域化・包括化すると、例えば市を主要顧客とする事業者、県を主要顧客とする事業者や土木分野や電気分野など従来あまり接点が無かった事業者同士での協力関係をゼロから構築する必要があること、また業務量も契約段階では読めないことから抵抗感が生まれ、受託できる事業者もいなくなり、包括化・広域化が円滑に進行しない要因になる。加えて、一度本事業を受託しなかった事業者はその後受注機会を大きく逸することになる。地方公共団体の境界を跨いだ発注が発生する場合、その懸念が一層大きくなる。そのため、どの範囲であれば着手できるか、全体を統括する契約事務・業務マネジメントをどの企業が担えるかなどについて、地域の事業者と綿密に対話を重ねる必要がある。


 (2)地方公共団体間の管理水準の差を踏まえた指揮命令系統、円滑な情報共有

それぞれの管理者(地方公共団体)では、それぞれの庁内の規程に則り材料や仕様の基準を定めている。例えば管理者間で相違のある数値基準(例えば舗装の管理値等)などは同じ施工数量でも単価が異なり、適切に作業内容、対象施設・施設の管理者を把握しなければ、各々の管理者によるコスト管理も円滑に行われず業務効率化の阻害要因となる。また、受注者にとっては、複数の発注者がいる中で、地方公共団体ごとに異なる管理水準・進め方で指示されると混乱あるいは非効率をもたらす要因となり得る。従来各所で行われている書面による作業指示・報告では、タイムリーな情報共有には限界がある。

業務期間中にどの管理者の施設を対象に、どのような作業をいつどれだけ行っているか、管理者相互、また管理者と受注者で円滑な情報共有・一元管理が図れることが望ましい。


 (3)適法かつ現実的に過度な負担ではない契約スキームの構築

地方公共団体が複数の場合の契約においては、単純に一本の契約書に複数地方公共団体、受託者が連名で契約することは現在の地方自治法上の契約体系では想定されていない。例えば廃棄物処理場や斎場など、大規模な資本整備を伴う広域的な契約には一部事務組合を設立する事例もあるが、本件のように小規模な契約においては新たな議会の設立など多大な事務負担を伴うこうしたスキームは現実的ではない。


4.地域の事業者と対話を重ね、受容しやすいスキームの検討が重要
 静岡県と下田市では、これらの課題解決に取り組みつつ、令和5年度より同市内約283kmの道路についてインフラ包括維持管理業務を共同で発注している。この取り組みは、懸念される課題の解決の参考となり得る。主に受注者側に懸念される市場の形成については、包括管理の意義の説明を含め、事業者との対話を事前に十分実施し、事業スキームに反映している。業務範囲を当初は限定し、事業者間でJVを組成し受託しやすくし、かつ包括委託対象外の業務量も残す事業条件・事業範囲としており、本包括委託に参加しなかった事業者については他の工事などで十分な業務規模が確保される余地を残している。併せて、対話の上で異業種間の連携も可能性があることを確認しつつ業務範囲に道路照明などの維持管理についても含めている。
 一方、発注者側の課題である制度や契約手続の面については以下の3点の工夫を検討・実施し、試行業務として発注・事業実施を行っている。

 (1)地域の複数企業が連携して参加しやすいモニタリング体制の設定

前述の通り、本事業においてはどの企業が受注できるかの観点からの事業スキームの検討が不可欠である。一方で、事業者の主な不安である「作業した分だけ対価を受領できるか」の懸念に応える必要がある。そこで、契約上は業務規模を設定せず、性能発注的にするものの、当初は過去実績から業務量を推測しやすい小規模修繕(既に発注されていた業務内容と同水準のボリューム)を中心とし、モニタリングを兼ねて定期的に官民で業務量を確認する場を設け、著しく業務量の想定から逸脱しにくい仕組みを採用している。

併せて、包括化・広域化により書類の作成や確認作業などの削減が確認されており、試行業務を通じて包括化・広域化は企業にとってもメリットがあることを実感できるような形となっている(後述)。


 (2)裁量を持たせたマネジメント業務の実施および情報の共有

発注時にあらためて従来のインフラ維持管理の在り方をそれぞれ見直し、例えば材料の規格等、過度に制限を科す内容については要求水準では制限を撤廃し、事業者の創意工夫や、管理者間の業務の一体化が円滑に行いやすいようにしている。

加えて、修繕業務は随時発生し得るため、包括管理委託であれば発注者(管理者)が作業時点で数量を把握できるとは限らない。特に管理者が複数存在する広域的な包括管理であればなおのことその傾向が強くなる。そのため、受注者(事業者)が取りまとめる形で作業出来高の把握、進捗の管理など「どの管理者が管理するインフラの業務か」、「それがいつ誰の指示によって行われたか」などをタイムリーにかつ円滑に把握することが望ましい。本件の業務要求水準では、従来の個別発注で求めていた地図、数量図、出来形などの書類提出など具体的な手法は定めず、最低限の条件を示してマネジメント業務の実施を求めることとした。その結果、民間事業者が業務進行の管理において電子管理システムを活用して管理者・受注者(JV参加企業)が一見で業務内容を把握できる発注形態となった。このことにより、県と市それぞれ個別の業務量(施工金額)の把握など情報共有や連携についても従来以上に促進されているほか、事業者にとっても従来の書類作成に要した工数が大きく削減されるなどの効果が実感されている。

従来の個別発注では、前例踏襲により紙での提出を求めており、事業者にとってもあえてシステムを導入するほどの規模ではなかったものの、契約金額が大きくなり、システム導入に見合う発注規模となり費用対効果が改善されたことが導入の背景にあるとされる。包括化、それを進めて広域化することで、このような事業者の創意工夫がより一層促進されることが期待される。


 (3)実務面で有効な契約の検討

契約面については、県が公募により事業者を選定した後に、市が当該事業者と随意契約する三者契約(県・市・事業者)を採用している。複数地方公共団体間の連携方策として、廃棄物処理施設や港湾などでは一部事務組合を設立している事例もあるものの、施設整備が伴わない業務の場合はより事務負担の小さい複数地方公共団体の連携が現実的である。そこで、本件では採用していないが、例えば事務作業や精算がより複雑化するような広域的な包括委託とする場合には、地方自治法第252条2の2に記載の連携協約の導入、およびそれに基づく「事務の代替執行」制度により契約を一本化し、県などが窓口を一括して対応することなども考えられる。


5.将来展望
 静岡県・下田市の取り組みは試行段階であるが、事業者の創意工夫が促され、業務の取りまとめを行うシステム導入などにより事務手続が官民双方において効率化されるなどの効果が結果として出ている。官民で十分な対話を重ねることが必要ではあるが、地域の実情に合わせて一歩踏み込んだ形の広域連携は、将来のインフラ維持管理のモデルともなり、インフラ群マネジメントの一翼を担うものと見込まれる。
 業務のあり方を見直す取り組みは土木分野に限った話ではない。今後、人口減少がさらに進展し、地方公共団体の人材確保も困難となりつつあることから、業務のあり方を見直すことで、行政マネジメントの効率化を図れる可能性がある。


(※1) 国土交通省社会資本整備審議会・交通政策審議会技術分科会 技術部会『総力戦で取り組むべき次世代の 「地域インフラ群再生戦略マネジメント」 ~インフラメンテナンス第2フェーズへ~』(2022年12月)


※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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