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スペシャリストとの協働がもたらす観光行政の変革

2024年05月08日 濵本真沙希


 ポストコロナ時代を迎え、観光は新たな局面を迎えている。インバウンドを中心に観光需要が急速に回復し、この需要を確実に取り込むことが都市部・地方部問わず、多くの地域においてより一層重要になっている。他地域に負けない観光地域づくりに向け、地域の観光資源の掘り起こしやプロモーション、意思決定の高度化が求められる。
このような現状において、地方自治体の担うべき役割は大きい。新しい技術・考え方(例えばDX(※1)、EBPM(※2)、DMO(※3)の形成・運営など)を迅速に取り入れた観光行政の推進に向けて、地方自治体の積極的な関与・旗振りは必須である。そのために筆者が特に重要であると考えるのが「人材」である。中でも外部専門人材の活用は、上記の目的を達成する上で非常に大きな可能性を有している。
本稿は、観光行政における外部専門人材の活用による効果や活用に向けた留意点を整理することで、地方自治体における観光行政をより一層高度化する一助となることを目指すものである。

1.観光行政における外部専門人材の意義
 地方自治体が現在直面している(または今後直面する)職員不足は深刻である。人口減少が進む中、地方公務員のなり手は大幅に減少すると見込まれる。その一方で、行政サービスに求められる業務量が大きく減少するわけではなく、自治体職員の「人手不足感」はますます増大するものとみられる(※4)
 そのうえ特に観光分野においては、先進的な知見・技術を積極的に業務に取り入れることが求められる。観光行政は、他の行政分野に比較して外部環境やトレンドが流動的である上に、来訪者から選好されるために新しい技術・考え方(DX、EBPM、DMOの形成・運営など)へと迅速かつ継続的に順応することが求められる分野である。
 このような観光行政の課題・特性を踏まえた効果的な取り組みとして、筆者は「地方自治体における外部専門人材の活用」を提案する。ここでいう外部専門人材とは、雇用形態を問わず自治体の職員として自治体の業務に従事する、各種分野(デジタル、まちづくり、マーケティングなど)に関して専門的知見を有する地域外の人材のことである。外部専門人材を活用することで、既存業務への対応に追われる職員の新規業務対応負荷を軽減できる上、必要な専門的ノウハウを活用して効率的・効果的に施策を推進することが期待できる。

2.先進事例の紹介(群馬県嬬恋村の取り組みより)
 デジタル分野の外部専門人材を観光行政に活用した好事例として、群馬県嬬恋村の取り組みを紹介したい。なお、本章はインターネット上の公開情報のほか、弊社が事務局業務を担当した「令和5年度EBPMブートキャンプ」(総務省統計局)にて嬬恋村に実施したヒアリング内容を踏まえて執筆している。
 嬬恋村は人口8,850人(令和2年国勢調査)の自治体であり、最寄りの交通の要衝である群馬県高崎市からは車で約1時間30分、鉄道で約2時間程度のところに位置する。キャベツの産地として全国的に知られる他、観光資源としては万座温泉・鹿沢温泉等の温泉地やスキー場・キャンプ場等を有する。
 嬬恋村では2019年度に防災分野への活用を目的として都市OSが導入されるなど、DXやデータ利活用の推進を積極的に図ってきた。そのような中、地域活性化起業人(総務省による外部専門人材派遣の枠組み)として2021年度にデジタル推進室長に着任した山口倫照氏(デジタル分野の外部専門家)の旗振りの下、観光分野に関する取り組みにも注力することとなった。なお、デジタル推進室は全庁横断的なデジタル化の推進に向けて当該年度より新設された部署であり、以下で紹介する観光分野を含むさまざまなデジタル・DX関連の取り組みの推進をミッションとしている。
 山口氏はまず、観光分野において観光客向けの情報が集約・可視化されていない点に課題を見いだした。課題に対する打ち手として、嬬恋村公式LINEを活用した手軽な情報発信に注力すると同時に、携帯電話の位置情報データやパネルアンケート等を活用したデータ収集・分析に着手した。これらの施策の推進に際しては、デジタル推進室の職員のみならず、同じく外部人材(地域おこし協力隊)を中心に構成される観光協会との連携のもと、地域の民間事業者とのリレーション構築と即時的なデータ収集にこだわってきたという。こうして収集したデータはCRM(※5)にも活用し、地域へのファンづくりに活用している。
 実際、本取り組みは観光行政の意思決定の高度化に大きな役割を果たすことが期待される。現在、嬬恋村では自治体・観光協会・関連する地域事業者等が集まる「BIツール作戦会議」が毎月開催されている。この会議は、BIツール(※6)で可視化されたデータを見ながら特定のテーマについて各参加者が自身の立場から意見を主張し討議するものであり、建設的な施策立案・改善に向けて各ステークホルダーの合意を形成する場となることが期待されている。本取り組みでは、データを客観的な根拠として提示することで建設的な議論に繋がりやすくなったという。今後も、デジタル活用による効果的なマーケティングや効果検証・施策立案、ステークホルダー間の合意形成の高度化に注力する方針とのことである。
 山口氏の地域活性化起業人としての任期が終了した2023年度以降、生活の拠点を村外に移した後も、山口氏は嬬恋村へとノウハウを移転するべく嬬恋村職員と協力してフォローアップを実施しているそうだ。
 本事例は「デジ田メニューブック」(※7)に詳しい。

3.観光行政における外部専門人材の活用に向けたポイント
 本事例から得られる示唆として、筆者は次の2点が重要であると考える。
 まず1点目は、「外部専門人材から庁内に向けた専門的ノウハウの移転」である。例えば地域活性化起業人の場合、任期は6カ月~3年間(山口氏の場合2年間)であり、その間に当該人材のノウハウを庁内に移植するためには、赴任する人材と受け入れ自治体の双方による相応の労力が必要になるものと思われる。嬬恋村の事例では、受け入れ段階では任期終了後の取組継続に向けた体制構築が十分であったとはいえないが、任期後の山口氏・嬬恋村の互いの尽力によって取り組みを継続することができている。外部専門人材の活用に当たっては可能な限り受け入れ自治体側が事前にこの点を認識して策を講じること(例えば「外部専門人材・既存職員混成のプロジェクトチームによる業務推進」「外部専門人材による講習会・研修の開催」等)が、より意義深い外部専門人材の活用につながるであろう。また、外部専門人材と既存職員の双方における「ノウハウを移転する」「ノウハウを学び取る」という心掛けも当然重要になる。
 もう1点は、「外部専門人材が既存業務にかかりきりにならない体制構築」である。これは、本事例を成功事例であらしめる大きな要因の一つであると考える。デジタル分野に対して専門的な知見を有する山口氏を、外部人材でありながら新設のデジタル推進室の室長に抜擢し既存業務から切り離したことは、山口氏の専門性を十全に発揮する上で必須の要素であったといえるだろう。上述の通り、既存業務の逼迫を課題とする自治体も多いと考えるが、外部専門人材に求められる役割はこうした既存業務を消化する人手となることではない。あくまで「専門的人材」として、職員のみでは実施できない内容・水準で新規業務を推進すること・既存業務を改善することが外部専門人材に期待される役割である。このような自治体の外部専門人材活用姿勢が、中長期的には質が高く効率的な観光行政の実現につながるものと考える。

(※1) Digital Transformation(デジタル・トランスフォーメーション)の略。デジタル技術を活用して、業務の在り方を抜本的に変革する取組のこと。
(※2) Evidence Based Policy Making(証拠に基づく政策立案)の略。政策の企画をその場限りのエピソードに頼るのではなく、政策目的を明確化したうえで合理的根拠(エビデンス)に基づくものとすること。
(※3) Destination Management Organizationの略。日本語では「観光地域づくり法人」。観光物件、自然、食、芸術・芸能、風習、風俗など当該地域にある観光資源に精通し、地域と協同して観光地域作りを行う法人のこと(株式会社JTB総合研究所による定義)。
(※4) 株式会社日本総合研究所「地方公務員は足りているか ─地方自治体の人手不足の現状把握と課題─
(※5) Customer Relationship Managementの略。顧客情報や顧客との関連性を管理し継続的にマネジメントすることで、顧客が生み出す生涯価値(LTV:Life Time Value)を最大化する考え方。
(※6) Business Intelligence Tool(ビジネス・インテリジェンス・ツール)の略。データを分析・可視化するツール。
(※7) デジ田メニューブック「観光・関係人口増加のための嬬恋スマートシティ


※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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