オピニオン
蓄電池×P2P電力取引で需要家にも電力システムにもメリットを
~転売ヤー諸君、次は電気を売ろう~
2024年05月07日 小田代朋也
1.はじめに
近年、スポーツ興行やコンサート等のチケットの不正な高額転売が社会問題となっている。不正な転売は断じて許されない行為であり、今後より厳重な規制がされることを切に願う。
一方で、電気の世界においては、正当な目的に沿った転売行為が社会の役に立つ可能性がある。転売ヤーの行動原理は、安価に商品を仕入れ、仕入れ値よりも高額に販売することで利益を得るものである。電気の世界においては、一部の需要家が転売ヤーになることにより、転売ヤーだけでなく、電力システム全体においてもさまざまなメリットを生む可能性を秘めている。
価格差を生かした電気の転売を行うためには、蓄電池とP2P電力取引を組み合わせたモデルの構築が必要である。P2P電力取引とは、ブロックチェーンなどの技術を活用して、図1のように電力会社等を介さずに需要家が双方向に直接電力取引を行う仕組みである。コンピューターの中央サーバーを通さずに複数の端末が直接データを共有する分散型のネットワーク「Peer to Peer(P2P)」の仕組みになぞらえてP2P電力取引と呼ばれている。
P2P電力取引が注目される背景には、余剰電力買取制度およびFIT制度の終了がある。日本では、2009年に余剰電力買取制度、2012年にFIT制度が始まり、住宅用PVが発電した電力は10年間固定価格で電力会社に買い取りされてきた。しかし、両制度の買取期間が満了したPVの余剰電力は、買取期間中と比べて非常に安価に買い取りされることとなる。そのため、両制度の買取期間が満了したPVの余剰電力の取り扱いが課題であり、余剰電力の新たな活用方法として需要家が直接取引を行うP2P電力取引が注目されている。
現在、P2P電力取引については多くの企業や研究機関で実証実験等が実施されており、技術的には十分に実現可能な段階にある。今後、制度面が整備され、広く普及することが期待されている。
そこで本稿では、蓄電池を活用したP2P電力取引の導入によって生まれる需要家の経済メリットおよび社会全体で期待されるメリットについてまとめる。以降、2章で基本的な電気の特徴と電気料金の関係を、3章で需要家および社会的に期待される効果を、4章では本稿の全体を総括し、実現に向けた課題を整理する。
2.電気の特徴
(1)同時同量の法則
ある商品の需要が増えれば価格は上昇し、需要に対して供給過多の状況になれば価格が下落する市場原理は、電気においても同様である。しかし、電気とその他商品との大きな違いとして、電気はある時間帯に取り引きされる需要と供給の量が完全に一致しなければならないという特徴(同時同量(※1))がある。需要と供給のバランスが崩れると、北海道胆振東部地震直後のブラックアウトのように停電してしまう場合がある。
近年、需給バランス制約による再生可能エネルギー(以下、「再エネ」)の出力制御が全国的に発生している。これは同時同量を満たすために、本来発電可能な再エネ電源に対して、需要量以上に発電をさせない制御方法である。太陽光発電(以下、「PV」)等の再エネの発電量が制限される状況は、発電事業者の売電機会損失の経済的な観点だけでなく、全世界的な脱炭素化の観点からも望ましくない。
(2)電気料金の現状と今後
需要家の電力需要は、昼間にピークがあり、夜間にかけて減少する傾向がある。一方で、昨今はPVの導入が進み、需要の一部をPVの自家消費で賄うケースが増えている。系統の視点では、需要家の電力需要(図2の①)からPVの自家消費分(図2の②)を差し引いた量が、見かけ上の電力需要(図2の③)となるため、見かけ上の電力需要のピークは昼間ではなく夕方以降となっている。
卸電力市場におけるスポット取引の約定価格(※2)は、市場原理に則り、供給過多な昼間は安く、需要のピークである夕方から夜間にかけて高い傾向がある(図3の①)。しかしながら、現在小売電気事業者が設定している電気料金単価メニューは、従来の名残から、時間帯によらず単価が一律(図3の②)、夜間が安く昼間が高いといったものが主流である(図3の③)。このような料金体系では、需要家が昼間に電気を使用するメリットは生じないため、需要以上に発電可能なPVが、(1)で記載した出力制御によって発電機会を失うことになる。
経済産業省では、出力制御が頻発する現状を改善するため、小売電気事業者に対して、日中の安価な家庭向けの電気料金プランを用意し、2025年度にも契約実績の報告を義務付けることを検討している。これによって、昼間に余ったPVが発電した電力を有効活用しやすい仕組みができることとなる。また、昨今はディマンド・リスポンスと呼ばれる施策も注目されており、電気が余る時間帯に需要を増やしたり、反対に電気が不足する時間帯に需要を減らしたりする行動に対して、対価が支払われる仕組みもある(※3)。
3.蓄電池×P2P電力取引がもたらすメリット
前述のとおり、将来的には昼間の電気料金が安く、夕方以降が高い電気料金の体系になることが想定される。そこで、安価に商品を仕入れ、仕入れ値よりも高額に販売することで利益を得る転売の原理のもと、蓄電池を所有する需要家がP2P電力取引を活用することで期待されるメリットについて、(1)需要家の視点、(2)社会的な視点、(3)エネルギー以外の領域の視点、からそれぞれ整理する。
(1)需要家のメリット
需要家は、自身の経済メリットを最大化するために、蓄電池を活用して(ア)自身の電気料金の最小化、(イ)転売による販売利益の最大化、という2つの目的に沿った行動を行う。(ア)は、電気料金の安い昼間に大量に電気を購入し蓄電池に充電、電気料金の高い夕方以降は蓄電池からの放電で需要を賄うことで電気料金を抑えることができる。また(イ)は、自身の需要以上に安価な電気を蓄電池に充電しておき、夕方以降にP2P電力取引で他者へ販売することで、価格分の販売利益を得ることが可能になる。さらに、昼間に購入する電気については、小売電気事業者からではなく、蓄電池がないためにPVの余剰電力を安価で系統へ販売している他者からP2P電力取引により購入することで、購入する電気代の削減が可能になる。もっと言えば、PVを所有する需要家の場合は、初期投資費用回収後に仕入れる電気料金は0円となり、価格差をより大きくすることができる。
ここで、P2P電力取引で販売する価格だが、図5の③のように、小売電気事業者から購入する際の電気料金(図5の①)と、余剰電力を系統が買い取る価格(図5の②)の間に設定することで、売り手と買い手の双方にとってメリットのある契約となる。
蓄電池を活用したP2P電力取引のさらなる需要家のメリットとして、ディマンド・リスポンスの対価がある。蓄電池を活用することで、供給過多な日中に上げDR(余っている電気を有効活用するために需要を増やす取り組み)を実施し、供給力が不足する夕方以降に下げDR(電力不足に対応するために需要を減らす取り組み)を実施することになるため、相応の対価を受け取れる可能性もある。
(2)社会的なメリット
社会的なメリットとして、まずは再エネ発電事業者の視点から、蓄電池を活用したP2P電力取引のメリットを整理する。転売ヤーとなる需要家が、昼間に自身の需要以上に電気を購入するため、これまで需給バランス制約による出力制御で発電できなかったPVの電気を販売することが可能になる。発電事業者は、再エネの売電機会が確保できるため、事業性の改善が期待できる。
次に、脱炭素化の観点からも大きなメリットがある。従来では昼間に発電できなかった再エネを夜間に活用しているため、図6のように夜間に使用していた化石燃料由来の電気の量が削減され、社会全体で見たときの温室効果ガス排出量は削減されることになる。
また、もう一つの大きなメリットは、需要家の省エネに向けた行動変容へつながる点である。蓄電池の容量には限りがあるため、自身の夜間の需要分しか充電できない場合にはP2P電力取引で他者へ販売することはできない。また、需要分まで充電できない場合には高額な夕方以降の電気を購入する必要がある。電気代が高い時間帯の自身の需要を全て蓄電池からの放電で満たし、さらに販売可能な量を増やすためには、自身の需要を可能な限り減らす、つまりは省エネに積極的に取り組むことになる。省エネは脱炭素化の最初の取り組みであり、省エネの促進によって、社会全体で必要になる電気が減り、再エネ比率の向上および脱炭素化の推進が期待できる。
(3)エネルギー以外の領域への期待効果~BCP対策が必要な施設を例に~
ここまでは一般論を述べてきたが、蓄電池を所有する需要家の例として、一般住宅の他に、医療機関や介護老人福祉施設等が考えられる。医療機関等では、停電時においても電力を供給できるように非常用電源が設置されており、蓄電池を導入している場合も多い。
蓄電池は、停電時に医療機関等で必要になる需要に適した容量を導入することが望ましい。一方で、蓄電池の容量は各メーカーの製品に依存するため、図7のように必要以上の容量が設置されている可能性が高く、オーバースペック分だけ過剰な設備投資費用が発生している。
そこで、図8のように本来必要な量までは充電量を確保した上で、それ以上の容量分をP2P電力取引に用いることを考える。前述のとおり、安値の昼間に容量いっぱいまで充電しておき、電気代が高くなる夕方に確保しておくべき容量までの電気を販売することで、費用を生み出すことができる。この運用は、過剰な設備投資が発生したにも関わらず十分に活用できていなかった設備を有効活用することで、新たな経済的な価値を生み出し、費用対効果を向上させる運用となる。
蓄電池を活用したP2P電力取引によって医療機関等で副次的な利益を生み出せるスキームが確立すると、P2P電力取引の利益を更新が必要な医療設備等への投資資金の一部に充てられる可能性があり、医療サービス水準の維持、向上も期待される。
医療機関を例に述べたが、近年はさまざまな業界で設備の更新時期を迎えている。蓄電池×P2P電力取引の仕組みによって生まれた利益が投資資金の一部となり、設備更新の投資回収年数の低減に寄与するのではないかと期待している。
4.本稿のまとめと蓄電池を活用したP2P電力取引の実現に向けた課題
本稿では転売ヤーの行動原理を電気の世界で活用し、需要家および社会の双方にメリットが生まれることを整理した。また、BCP対策が必要な施設を例に、蓄電池を有効活用することで、財政面の改善や設備投資資金の確保につながる可能性についても整理した。
一方で、現行の法制度上、P2P電力取引の実現に向けてはさまざまな課題がある。以下に(1)需要家、(2)国(制度面)、(3)取り組みの普及の視点から課題を整理する。
(1)需要家視点の課題
価格差を活用したP2P電力取引は、蓄電池の充放電によって仕入れの時間と販売する時間をタイムシフトすることが必須である。蓄電池の価格は年々低下し、導入に関してさまざまな補助制度もあるが、当面は高価なものには変わりないため、蓄電池の導入費用と期待される電気料金の削減額およびP2P電力取引による利益の定量的な評価に基づく導入が必要になる。また、蓄電池の充放電を制御する運用の決定は非常に複雑であり、一般の需要家からは敬遠される可能性が高い。(2)で後述するが、実運用上はプラットフォーマーが介入する可能性が高いため、適切な手数料で契約し、需要家の手間を取ることなく利益が得られるスキームの構築が必要である。
(2)制度面からの課題
制度面における最大の課題は、現行の電気事業法上では、小売電気事業者ではない個人が電力供給を行うことが認められていないことである。したがって、P2P電力取引を行うためには、自営線によって需要家間を連系する方法か、小売電気事業者として登録されたプラットフォーマーを介した取引とする必要がある。プラットフォーマーとの契約には手数料が発生することが想定されるが、適切な単価で設定されなければP2P電力取引によるメリットが消失してしまう。
その他に、蓄電池からの放電による売電についても制度動向を注視する必要がある。本稿では需要設備と1対1で電気的に接続した付属設備としての蓄電池を系統とも連系して活用するモデルを想定しているが、一般的な系統用蓄電池との区別が必要になるだろう。本稿のモデルを大規模な蓄電池で実施するのが系統用蓄電池のビジネスモデルではあるが、同等の取り扱いとなる場合にはさまざまな手続き等が発生することになる。プラットフォーマーを介して適切な管理を実施することを条件に、家庭用や産業用の蓄電池を用いたP2P電力取引については一定の自由度が認められることが、取り組み促進の観点から望ましい。
また、系統用蓄電池を用いて価格差による利益を得るビジネスモデルでは、充電分の購入電力については託送料金が課されず、蓄電ロス分と放電分について託送料金が課される。本稿のモデルでも同様の取り扱いとなる場合には、準じた計測が必要になる。
(3)取り組みの普及に向けた課題
最後に、本稿の取り組みを推進するにあたっての課題を整理する。一般の需要家にとって、P2P電力取引は馴染みのないものであり、また蓄電池の導入も十分に進んでいるとは言えない。また、技術的に導入可能となった場合でも、制度面において整理が必要な事項が多々ある。
本稿の取り組みを加速させるためには、民間によるさらなる技術開発および定量的なデータに基づく需要家への普及啓発・関心喚起、行政による最適な制度設計と需要家および民間企業へのサポートが必要だろう。本稿がP2P電力取引や蓄電池ビジネスに関する需要家を巻き込んだ関心喚起につながり、行政・民間・さらに一般の需要家が一体となった脱炭素化の仕組みづくりのきっかけの一助となれば幸いである。
(※1) 電気の安定供給のキーワード「電力需給バランス」とは?ゲームで体験してみよう|スペシャルコンテンツ|資源エネルギー庁
(※2) 発電事業者が売り手(供給側)、小売電気事業者が買い手(需要側)となり、小売電気事業者が翌日に必要な電力量(契約する需要家の見かけ上の電力需要)を、30分単位に区切って取引する市場。シングルプライスオークション方式が用いられており、発電事業者が供給する電力量を入札価格が安い順に、小売電気事業者が購入を希望する電力量を入札価格が高い順に並べたときの交点が約定価格となる。
(※3) ディマンド・リスポンス(DR)について|資源エネルギー庁
※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。