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ジェンダーレンズ投資の導入:日本のスタートアップ業界の更なるポテンシャル発揮のために

2024年04月09日 水野ウィザースプーン希


 2023年10月、米国サンフランシスコでSOCAPという大規模な国際イベントが行われ、世界中のインパクト投資機関、社会起業家、企業、非営利団体などから3,500人を超える先駆的なリーダーが集まりました。各国ブースも設営され、日本ブースは、起業家育成・海外派遣プログラム「J-StarX」の社会起業家コースに選ばれたスタートアップが出展していました。発信される内容は素晴らしいものでしたが、筆者の目にはジェンダーバランスの取れている海外のイベントにおいて、会場の多様性にそぐわない「男性のみで構成された日本チーム」がやや特異に映りました。30年以上、海外生活を送った筆者の印象をひとことで表現するなら「もったいない」という言葉に尽きるでしょう。筆者の経験上、海外の人々が日本のDE&Iの状況に向けている目の厳しさは、国内で感じる切迫感よりもはるかに大きいと感じています。本稿では、日本のスタートアップ業界が抱えるジェンダーギャップの課題認識と、海外における是正の事例をご紹介します。

現状認識
 世界経済フォーラムが発表したグローバルジェンダーギャップ指数(2023)で日本は125位とOECD諸国の中で最も低いランクで、アジアの隣国からも大きくかけ離れる結果となりました。ジェンダーに対する認識は時代と共に変わってきたというものの、数字が物語る結果だけでみると、海外諸国に比べ解決に向かってのスピード感が足りないのが現状です。


出典:内閣府男女参画局 世界経済フォーラム「グローバルジェンダーギャップ報告書2023」より


 では国内のスタートアップエコシステムにおける現状はどうでしょう。2022年に金融庁が発表した「スタートアップエコシステムのジェンダーダイバーシティ課題解決に向けた提案(以下、金融庁2022年レポートと呼ぶ)」によると(※1)、資金調達上位50社のうち創業者か社長に女性が含まれる企業の資金調達額は全体の2%、新規上場企業に占める女性社長の比率は1%と、圧倒的に低い値です。スタートアップ企業が外部資金を得てスケールする過程で男女間に大きな格差が存在していることは明らかです。もちろん、独立・起業を志す女性比率は34.2%、全国の企業に占める女性社長比率は14.2%とそもそもの母数が大きくない事実にも目を向けなければなりません。

 これらの数字を改善するにはどのような介入が効果的でしょうか。現状を放置すれば、ジェンダーギャップの改善状況はいずれ新興国などに抜かれ、国際社会における日本ポジションを、さらに弱体化させる要因のひとつになってしまうと危惧しています。


出典:金融庁(2022)「スタートアップエコシステムのジェンダーダイバーシティ課題解決に向けた提案」


ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン(DE&I)の本質
 そもそもダイバーシティ、エクイティ&インクルージョン(DE&I(※2))施策とは何を目的にすべきでしょうか。「新卒女性採用比率を上げる」や「女性管理職の数を増やす」といった表面的なKPIではなく、誰もが働きがいを持ち、やる気のある人に平等にチャンスが与えられる社会を実現することこそDE&I施策で推進すべきことです。女性が少ないから優遇して増やそうということではなく、「ジェンダーバランスが取れないような組織、社会の仕組みや構造を正す」ことが根本であるということです。

 スタートアップエコシステムに当てはめてみると何が言えるでしょうか。先ほどのJ-StarXを例に取ると、選抜されたのはテーマも実力も基準を満たし、競争に勝ち抜いた正当な実力者ですから、そこにただ「女性枠」を作ることは課題解決にはなりません。さらに、前述のグローバルジェンダーギャップ指数では、日本は「教育」における男女差がほとんどなく世界トップクラスであり、男女間で大きな能力差が生まれにくいはずなのです。従って、スタートアップエコシステムにおいては、実力と成長する意思の両方を備えた女性起業家の母数を増やすことがまず必要だと考えられるでしょう。

女性起業家を阻むVicious Circle(負の連鎖)
 金融庁2022年レポート(※3)によると、女性起業家が直面している最大のボトルネックは「資金調達が困難」という点だそうです。その背景には①ネットワーク内に女性起業家が少ない→②経営に対するアドバイスが相対的に受けにくい→③スケールアップに向けた推進策が実施されない→④女性起業家への支援や投資が集まらないというネガティブなループが成立してしまい、結局女性起業家が増えにくいという①に繋がってしまうというVicious Circleがあります。さらにこの連鎖がスタートアップエコシステムの中でのアンコンシャス・バイアス(無自覚なバイアス)を増大させ、ベンチャーキャピタルや起業家ネットワークへのアクセスの低さに拍車をかけています。

海外における事例紹介―オレンジボンド
 上記①~④のVicious Circleを断ち切るために参考になるのが、アジア圏で効果を上げているオレンジボンド・イニシアティブ(※4)(総称してオレンジボンドと呼ばれる)の取り組みです。これはシンガポールのIIX Globalという民間ファンドが発案したジェンダーレンズ投資を中心としたファイナンスプログラムです。ジェンダーレンズ投資(※5)とは、投資判断の要素としてジェンダーの視点を取り入れ、ジェンダー平等の推進を目指し、投資決定により良い情報を提供することを目的とした投資手法のことを指します。近年、世界的に注目が高まっている投資手法です。オレンジボンドが実施する投資や融資も多様性、公平性、包括性などの評価基準が取り入ており、ICMA(国際資本市場協会)が採用している基準などの既存の市場基準も満たしています。オレンジボンドは2014年に立ち上がって以降、総額2億2,800万ドルの投融資等を行い、合わせて200万人の女性(起業家を含む)の支援を行う(※6)など、女性起業家の事業成長を支援するだけでなく、女性起業家の母数を増やすことにも貢献しています。そのためオレンジボンドは毎年国際機関やスタートアップ業界などから数々の賞を受賞しているのです。


出典:オレンジボンドグローバルムーブメント Orange Bond - Orange Movement


結論
 日本にも女性起業家育成に特化したVC、アクセラレーターや支援組織は存在しますが、実際には日本のスタートアップ業界における女性比率や資金調達額は低迷しています。その解消には上記のようなジェンダーレンズ投資の視点を積極的に取り入れることが肝要でしょう。そのためには投資機関、キャピタリストVC、アクセラレーターなど、様々な関係者がDE&Iの本質を議論し、理解することが必須です。より平等に(Equality)に公平に(Equity)なスタートアップエコシステムを築き、競争原理が働くなかで、日本のスタートアップのポテンシャルは飛躍的に高まる可能性があると筆者は考えています。

参考
(※1) dei_startup01.pdf (fsa.go.jp)
(※2) ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン(DE&I)とは? おさえておきたいキーワードとポイント解説 | ダイバーシティ経営 | コンサルティング | 公益財団法人日本生産性本部 (jpc-net.jp)
(※3) 金融庁(2022)「スタートアップエコシステムのジェンダーダイバーシティ課題解決に向けた提案」
(※4) Bond investing | Orange Bond Initiative™ | IIX Global
(※5) Gender Lens Investing Initiative | The GIIN
(※6) World’s Largest Orange Bond: Financing Global Gender Equality | (shearman.com)


※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。

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