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アジア・マンスリー 2024年4月号

インドの対内直接投資が減少している理由

2024年03月28日 熊谷章太郎


高成長が続くインドは、長らく海外企業の投資先として高い注目を集めている。しかし、投資国側の景気減速やインドの保護主義などを理由に、インドの対内直接投資は近年減少傾向にある。

■高成長にもかかわらずインドの対内直接投資は減少
インド経済は、底堅く推移している。2023 年 4~6 月期以降、実質 GDP は 3 四半期連続で前年同期比+8%台の高成長が続いている。2024 年に入ってからも景気は好調に推移しており、今後数年間でインドのGDPはドイツと日本を抜き去り、米国、中国に次ぐ世界第 3 位に躍進する可能性が高まっている。中国の政治・経済を巡る不透明感が続いていることもあり、各国の企業は世界経済で存在感を増すインド事業への関心を一段と高めている。PwC コンサルティングによる世界各国の企業経営者に対する最新の意識調査によれば、今後の収益に最も重要な海外事業展開先として、インドの得票ランキングは前回調査の 9 位から 5 位に高まった。

しかし、インドの対内直接投資は 2020 年をピークに減少傾向にあり、グローバル企業のインド事業への関心と、実際の投資行動の間には大きな乖離がある。対内直接投資を国・地域別に見ると、米国、シンガポール、ケイマン諸島からの投資が減少している。また、業種別にみると、IT 関連産業、建設業、小売・卸売業への投資が大きく減少している。

■投資国の景気減速が直接投資を抑制
インドの対内直接投資の減少理由は、投資国側の要因とインド側の要因に分けることができる。

投資国側の要因としては、世界の直接投資の約 7割を占める先進国で金融引き締めが実施された影響が挙げられる。金融引き締めは、企業の資金調達コストの増加や実体経済の悪化による収益減少などの経路から海外投資を下押しする。また、金融引き締めは、海外で発生した収益を再投資して現地にとどめるのではなく、金利上昇で通貨高が進む本国に還流させる動きを強める。2022 年以降、インフレ抑制に向けた欧米の急ピッチな利上げを背景に、世界全体でも直接投資は減少している。

■インドの保護主義も対内直接投資を下押し
以下二つのインド側の要因も、近年の対内直接投資に下押し圧力をもたらしている。

第 1 に、保護主義の強まりである。2020 年、インド政府はコロナ禍による株価下落を狙って中国企業がインドの地場企業を買収することを防ぐため、国境を接する隣国からの直接投資を自動認可制から個別認可制に変更した。同時に、国境を接していない国からの投資についても、インド隣国の企業から出資を受けている場合には個別認可制が適用されることになった。その結果、中国本土や香港の金融機関を株主に含む先進国の上場企業も同規制の適用対象となるのではないかとの見方が広がった。コロナ禍の収束で株価が上昇に転じた後も、インド政府は同規制を継続しており、2023 年には中国 EV(電気自動車)大手の BYD によるインド工場建設案を拒否するなど、直接投資の受け入れを通じた産業振興よりも経済安全保障上のリスク抑制を優先する姿勢を示している。

また、インド政府が国境をまたいだデータ移動への規制を強化するとの懸念が強まったことも、デジタル産業におけるインドへの投資を阻害する要因となった。2019 年 12 月、データローカライゼーション(個人情報のインド国内の保管義務)や政府機関によるデータ処理機器の検査義務などの規定を盛り込んだデジタル個人情報保護法案が国会に提出されると、データサーバーのインド国内設置などでコストが増加するとの思惑が広がり、グローバル企業によるインドへの投資意欲が後退した。最終的にデータローカライゼーションなどの厳しい規制を含まない法律が 2023年 8 月に成立したが、同法の施行に際して下位規則や通達でどのような追加規制が盛り込まれるか依然として不透明であり、企業の懸念は完全には払拭されていない。このほか、海外の親会社の商標や技術への対価であるロイヤリティの支払いの上限など、グローバル企業による投資資金の回収を困難にする規制導入への疑念も、インド投資を回避する要因となっている。

第 2 に、インドビジネス展開の難しさである。中長期的に高成長が期待できるインドは有望な市場ではあるが、同時に、①他社との競争の厳しさ、②不透明な法制度の運用、③物流・エネルギーなどのインフラ整備の遅れをはじめ、様々な課題を抱えている。そのため、進出後に予期せぬ問題に直面し、事業計画の大幅な見直しを迫られる企業が少なからず存在する。コロナ禍の発生以降も、米国や台湾の大手企業がインド事業の縮小・撤退を発表しており、本国への資金還流が増加する一因となっている。

先行きを展望すると、世界経済が軟着陸すると予想されるなか、企業の海外投資は再び活発化すると見込まれる。こうした追い風に乗ってインドが海外からの投資を呼び込み、経済成長を中長期的に加速させることができるか否かは、春先の下院総選挙を経て発足する新政権が過度な保護主義を回避し、ビジネス環境改善に踏み込んで行けるかが重要なカギとなろう。

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