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令和の「和魂洋才」を考える

2024年02月27日 足達英一郎


 先日、経済紙の一面に「排出量 開示義務付け 金融庁検討、プライム企業に」という記事が載った(※1)。排出削減目標の設定、気候変動のリスクと機会の分析、スコープ1・2に加えサプライチェーン上のスコープ3の範囲での排出量の把握、GXリーグへの参加、インターナルカーボンプライシングの設定、有価証券報告書での開示要請、投資家からのエンゲージメント対応、自社製品の削減貢献量の算定などなど、企業の気候変動対応部署の業務が急増している。こうした傾向は当分、止みそうもない。担当者からは「次から次へと要請が出てきて、振り回されている感が半端ではない」という声を複数、耳にする。
 加えて、こうした要請の大半が海外に起源を持つものであることが、心理的な負担感を一層大きくしているように思える。「こんなに壮大な量の情報を収集、加工し、併せて将来に向けた自社の取り組みを説明することに果たしてどれだけの意味があるのか?」「そもそも2050年のネットゼロなど実現できないのではないか?」という素朴な質問に接することもしばしばだ。
 「時切り、場切り」という言葉がある。過去を振り返ったり、未来についてあれこれ思ったりせず、「そのとき、その場になりきること」を指す。「過去は記憶、未来は推測、現在は知覚」という言葉もあるが、肌で感じられる感覚、手で触れられる感覚だけがすべてで、それを大事にせよと言っている。これらは、日本企業の思考パターンや働く人の精神構造にも大いに影響を与えているように思えてならない。
 「眼前の問題に全力でぶつかっていく」「今できることを、すぐやろう」「未来を予測するよりも変化に対応できることが大切」というメッセージを、多くの企業経営者から耳にする。気候変動対策についても、「カーボンニュートラルの山の登り方は国や地域によって違う」「グリーンリストを予め固定化すると、既存の様々な技術や設備のエネルギー効率改善・低炭素化に向けた投資が阻害され、事前にリスト化できない非連続なイノベーションの芽までが摘まれることになりかねない」「パリ協定のゴール実現に向けて評価されるべきは、ある時点のレベルよりも、ゴールに向けた改善の進捗レベルである」といった主張が、国内では支持される傾向にある。その結果、ガス火力発電所への設備投資や石炭火力発電所でのアンモニア混焼が有力な選択肢にもなる。
 これが、グローバルにはなかなか理解されない。「いま、ここ」に成り切って行動するなどと口にすれば、組織には「あきらめ」と「おまかせ」が横行し、「無気力」と「刹那」が支配的になって、目指すべき高い目標を達成しようとする意欲など生まれてこないはずだと眉をひそめられることの方が多い。国内でも、若い社員や学生からは「2050年までにどんな道行きを辿るか分からないというのは無責任に過ぎる」「中長期的に事業全体をネットゼロに変革していくため、2050年の事業ポートフォリオを描いてほしい」などの声が上がる。
 日本企業にとって気候変動対策は、過去の公害対策などと違って、明らかに得意科目ではない。どうやらこの認識から出発するしか無さそうだと最近、とみに感じている。そして、うえで述べたような精神構造に根差したギャップが内在していると自覚する必要がある。「時切り、場切り」をどこまで尊重するか否かは各人の価値観に委ねざるを得ないにしても、令和の「和魂洋才」こそが日本企業には求められているといえるのだろう。企業の気候変動対応部署のモヤモヤを一気に解消する手掛かりとしては甚だ心許ないが、こうした分かりやすいキャッチフレーズが有効なのかもしれないと確信を強めているこの頃である。

(※1)日本経済新聞 2024年2月19日朝刊


※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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