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生成AIの自治体での活用
~期待と現実のギャップを乗り越え、恩恵を享受できる環境整備を

2024年01月26日 佐藤善太


生成AI開発と活用の急速な進展

 2022年11月に米国OpenAIがChatGPTを一般公開して以降、生成AIの開発と活用が急速に進んでいる。OpenAIが2023年11月に開催した開発者会議での発表によれば、ChatGPTの週間アクティブユーザー数は1億人に達している。画像生成AI(DALL-E 3)との統合、会話履歴の保持や外部情報の読み込みに対応するAPIの提供、カスタムチャットボット作成ツール(GPTs)の提供など、ChatGPTのプロダクトとしての進化も目覚ましい。
 これに対し、Googleが2023年12月、テキスト・音声・画像・動画・コードなどさまざまな種類の情報を理解し、操作するマルチモーダル生成AI(Gemini)を発表し、国内でもNTT、NEC、ソフトバンクといった企業が日本語処理を重視した国産生成AIの提供を近く予定するなど、国内外での開発競争も加速している。今後、技術開発の進展とともに、生成AIを生かした生産性向上・新たなサービス創出が進んでいくことが期待される。

自治体の生成AI活用の広がり

 こうした中、自治体においても、業務効率化・行政サービスの質向上に向けた生成AIの活用が広がってきている。全国知事会が2023年9月に実施したアンケートによると、生成AIを既に業務に導入しているか、導入に向けて検証していると回答した都府県は35に上った(※1)。基礎自治体においても、先駆的に活用に着手した神奈川県横須賀市、埼玉県戸田市をはじめ、多数の導入例がある。
 導入済みの自治体においては、生成AI活用のルール整備、庁内業務でのユースケースや活用ノウハウの整理や、これら情報を伝えるガイドライン整備・職員研修といった取り組みが行われている。各自治体が定める生成AI活用のルールとしては、機密情報・個人情報の入力禁止、生成AIが出力したコンテンツの正誤・倫理的問題や著作権上の問題(既存の著作物と類似していないか)の確認徹底などが挙げられる。また、主なユースケースとしては、文書作成(各種あいさつ・案内・メール文案やプレスリリース文案の作成、文書の要約、翻訳)、アイデア出し(事業企画案の洗い出しやブラッシュアップの際の壁打ち役)、作業効率化(エクセル関数やマクロ、各種コード案の生成)といったものがある。さらに、活用ノウハウとして、生成AIへの指示文であるプロンプト作成のポイントや、生成AIに不向きな作業(正確な情報の検索、数値計算処理など)などを共有する例が見られる。
 活用メリットも報告されている。全職員にLGWAN環境でChatGPTを利用できるサービスIDを配布している埼玉県戸田市では、2023年11月の1カ月で約300万文字が生成され、500時間相当の労働時間の削減につながったという。これを職員給与換算すると約225万円で、利用料(月額11万円)に対して費用対効果が大きいと評価している(※2)。同じくChatGPTを全庁利用している神奈川県横須賀市では、2023年4月から9月まで約1500万文字以上が継続して生成され、アンケートでChatGPTにより仕事の効率が向上すると回答した職員の割合は8割以上に上った(※3)

生成AI活用の浸透には課題も
 生成AI活用の効果や好意的評価が聞かれる一方、いまだ導入に至っていない自治体や、導入したものの活用が庁内に浸透していない自治体もある。東京都では、2023年8月から約5万人の職員がChatGPTを利用可能となったが、その後4カ月間のうちに利用申請したのは1割(約5千人)であった(※4)。滋賀県でも、2023年8月から2カ月の間ChatGPTを試行利用したが、利用者のうち76.2%が最初の1回のみの利用にとどまった(※5)。長野県飯島町でも、2023年4月から7カ月にわたりChatGPTを一部業務端末で試行利用したが、活用する場面が限定的で業務効率化にまでは至らず、積極的活用は推進しないこととした(※6)
 生成AI活用が思うように浸透しない背景には、各自治体における利用申請手続きの手間、生成AIの利用環境の制約や、そもそも企画検討・文書作成といった生成AIが活躍する業務を担当する機会が少ない職員も存在する事情があったと見られる。加えて、共通的な課題として、「情報管理・著作権リスク」への対応、「使用方法・ユースケース」の明確化・拡大、「ハルシネーション」への対応が挙げられる。
 「情報管理・著作権リスク」に関しては、生成AI活用ルールとして機密情報・個人情報の入力禁止や著作権上の問題の確認徹底を定めることで、対応がとられている。ただし、職員が実際に生成AIに入力する内容や出力コンテンツに問題がないか検討する際には、判断に迷うこともあるだろう。意図しない情報漏洩・権利侵害のリスクを避けるため、積極的な生成AI活用を控えるケースは少なからずあるものと考えられる。
 「使用方法・ユースケース」についても、ガイドラインや研修を通じて基本的な使い方、主なユースケース・活用ノウハウが共有されているが、自分の業務には活用しにくいという理由で使用を見合わせたり、思うような回答をAIから引き出せず活用効果を実感できていない職員は多い。また生成AIは、通常、インターネット上の膨大な情報を基に構築された大規模言語モデルに基づく一般的な回答を提示するが、自治体業務での活用のためには、庁内情報・規則を踏まえた回答を必要とする声も大きい(※7)
 「ハルシネーション」はAIが事実に基づかない誤情報を生成する現象で、これを抑制するための研究・改善が行われているものの、現時点では完全には制御できない。自治体職員の生成AI活用にあたりハルシネーションは特に大きな懸念事項であり(※8)、ユースケースを広げる妨げともなっている。例えば、住民向け問い合わせ対応の場面では、誤った回答を完全には防げないため、生成AIの活用例が今のところ限られている(※9)

3つの課題への対応、今後の生成AIとの向き合い方

 3つの課題に向き合いつつ、生成AI活用を浸透させていくには、どんな対応が求められるだろうか。「情報管理・著作権リスク」への対応にあたっては、生成AIへの入力情報や出力コンテンツの扱いに関するルールの周知・徹底は避けて通れない。ただし、ChatGPTの場合、APIやMicrosoft Azure(Azure OpenAI Service)を使用すれば、入力情報をAIの学習目的での使用やサーバー上での保存を防げる。また、プランによっては、ユーザーが意図しない著作権侵害で提訴された際の訴訟費用をOpenAIが負担するサービス(Copyright Shield)が提供される(※10)。有料契約が必要となるが、職員が生成AIを利用しやすい環境を整える上では、こうした「情報管理・著作権リスク」を軽減できるサービスの採用を検討することも重要である。
 「使用方法・ユースケース」の明確化・拡大にあたっても、基本的使用方法、文書作成・アイデア出し・作業効率化といった生成AIの得意領域を中心としたユースケース、プロンプト作成のポイントの共有など、従来から行われている取り組みを続けていくことが欠かせない。加えて、汎用生成AIでは対応しにくい、自治体固有の業務内容やルールを踏まえた質問回答を行う仕組みづくりを進め、ユースケースを拡大していくことも有効と考えられる。
 こうした仕組みづくりには、生成AIが質問に回答するとき、特定のデータセットから検索した情報を反映して回答の精度を高める、RAG(Retrieval-Augmented Generation、検索拡張生成)の技術が有効となる。庁内情報・規則等の記載されたドキュメントデータを用意し、RAGで読み込ませれば、生成AIから自治体ごとにカスタマイズされた回答を引き出すことができる。兵庫県尼崎市では、生成AIが職員からの内部事務に関する質問に回答する際、庁内の庶務関係手引きや決裁、契約に関する方針、セキュリティ要綱などの資料・データをRAGで検索し、回答に反映する実証に取り組んでいる(※11)。RAGを活用して生成AIを自治体ごとにカスタマイズする実証は、宮崎県都城市(※12)など他の自治体でも進んでいる。「ハルシネーション」の問題を考慮すると、まずは庁内向けにカスタム生成AIを提供して有効性を見極め、次いで特定分野の住民問い合わせ等に活用領域を拡大していくとよいだろう。

 以上、本稿では、生成AI開発・活用の進展と高まる期待、自治体における活用動向とさらなる活用浸透に向けた課題について論じてきた。自治体業務の効率化・サービス品質向上に向けた生成AIへの期待は大きく、実際に効果も報告されているが、今のところ生成AIは全ての職員業務を劇的に変える魔法のつえではなく、期待と現実にはギャップもある。ただし、2026年には企業の80%以上が生成AIに対応したアプリを展開するようになるとの予測(※13)もあるように、今後も生成AIは少なからず社会に浸透していくだろう。自治体においても、将来を見据え、リスクへの対応、活用サポート、ユースケース開発といった取り組みを地道に続けつつ、日進月歩で進化する生成AIの恩恵を享受できる環境を整えておくことが重要と考える。

(※1) NHK WEB 2023年12月21日記事「東京都生成AI利用する職員 対象の1割を参照。
(※2) 日本経済新聞電子版 2024年1月15日記事「埼玉戸田市、生成AI導入で「月500時間」削減と試算を参照。
(※3) 自治体AI活用マガジン(運営:横須賀市)2023年10月25日記事「月2000万文字!数字で見る横須賀市のChatGPT利用状況を参照。
(※4) NHK WEB 2023年12月21日記事「東京都生成AI利用する職員 対象の1割を参照。
(※5) 京都新聞WEB版 2023年12月9日記事「県庁が生成AI導入、仕事どう変わった? 利用「最初の1回だけ」大半、有効活用の鍵はを参照。
(※6) NHK WEB 2023年12月5日記事「飯島町 「チャットGPT」積極的活用推進せずも活用方法検討を参照。
(※7) 千葉県は、2023年6月から全庁でChatGPT、Bing、Bardの試行利用を実施した。2カ月の試行利用を経て行った「生成AIの利用状況に関する全庁アンケート結果(2023年8月実施)によると、試行期間中に生成AIを全く利用しなかった職員は回答者中63%で、その理由としては「自分の業務には活用できないと感じた」が最も多かった。また、生成AIを利用したものの、その効果を実感できなかった職員に理由を尋ねたところ、「思うような回答を引き出せなかった」が最多であった。このほか、生成AIを利用した業務効率化のために必要なサービスとしては、「県の規則や情報が予め学習されており、県が必要としているものに近い回答が生成されるシステム」を求める意見が71%に上った。
(※8) 千葉県「生成AIの利用状況に関する全庁アンケート結果(2023年8月実施)によると、県職員が生成AIの業務利用上の課題として最も多く挙げたのは「誤った回答を生成することがある」であった。
(※9) 埼玉県戸田市では2023年12月~2024年1月にかけて「生成AIを活用した市民向け応答サービスの実証を行っている。市民からのチャット・ボイスメッセージでの問い合わせを受け付け、生成AIがテキスト化・回答候補を生成するが、そのまま市民への送信はせず、担当部署職員が確認する運用となっている。このほか岡山県総社市では、マイナ保険証、給食費相当額の無償化など特定分野に限定し、意図した回答が得られない可能性を断ったうえで、市の公式LINE上でChatGPTによる対話形式での問い合わせ回答を行っている。総社市の取組についてはPROMPTY 2023年10月31日記事「めんどくさいをゼロに 生成AIで市民サービスの向上を目指す 岡山県総社市を参照。
(※10) 本稿執筆時点でCopyright Shieldが適用されるのは、ChatGPTの有料プランのうち企業向けのプランであるChatGPT Enterpriseのユーザー、API利用者のみとなっている。無料プランや個人向け有料プランのChatGPT Plus、小規模チーム向け有料プランのChatGPT Teamのユーザーには、適用されない。
(※11) 尼崎市の取組については、同市公表資料(2023年12月19日)を参照。
(※12) 都城市の取組については、同市プレスリリース(2023年10月4日)を参照。
(※13) Gartnerプレスリリース(2023年10月12日)を参照。

※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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