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「共創の場を先導する宇宙政策」の意義

2024年01月16日 岩崎海


 政府は2023年11月2日、「デフレ完全脱却のための総合経済対策」の中で、「宇宙戦略基金」の設置を決定した。この基金は、複数年度にわたる民間企業・大学等による宇宙分野の先端技術開発や技術実証、商業化を支援するもので、総額1兆円規模の支援を行うことを目指している(※1)。基金設立のため、「国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構法の一部を改正する法律」が同年11月29日に成立し、今後、基金を利用した国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構(JAXA)による資金提供を起点とした、宇宙ビジネスの興隆が期待できる。
 宇宙におけるイノベーション創造、産業振興につながる国内の動きは、ここ数年活発になっている。前述の総合経済対策に先立ち2023年6月に閣議決定された「宇宙基本計画」の中では、「宇宙産業を日本経済における成長産業とするため、宇宙機器と宇宙ソリューションの市場を合わせて、2020年に4.0兆円となっている市場規模を、2030年代の早期に2倍の8.0兆円に拡大していく」という目標が掲げられている。宇宙ビジネスを成長産業として政府は捉えており、今後も政府による支援は続いていくものと考えられる。

 資金の拠出のみならず、官が保有する知見をもって民間企業をサポートしていく動きも進んでいる。2018年5月、JAXAは宇宙イノベーションパートナーシップ(JAXA Space Innovation through Partnership and Co-creation:J-SPARC)の開始を発表した。J-SPARCは、「宇宙ビジネスを目指す民間事業者等とJAXAとの対話から始まり、事業化に向けた双方のコミットメントを得て、共同で事業コンセプト検討や出口志向の技術開発・実証等を行い、新しい事業を創出するプログラム」(※2)であり、新たな宇宙関連事業を創出するとともに、異業種からの参入を促進し、宇宙分野に閉じない技術革新が目指されている。そのため、J-SPARCの特徴として、RFI・RFPから始まりJAXAによる開発・実証を経て事業者に事業運営が移るというような段階的プロセスではなく、事業者とJAXA双方が対話し、共同で事業コンセプトを検討し技術開発・実証等を行う共創的プロセスが用いられている(※3)。このオープンイノベーションを生み出す枠組みを利用して、JAXAが蓄積してきた知見を足掛かりに、今後、新たなビジネス領域創出が目指されている。資金を拠出するだけでなく、必要となる知見をも提供し、官民一体でイノベーション創造、産業振興を図る動きが宇宙分野では現実のものとなってきた。

 こうした取り組みでは米国に一日の長がある。「共創」を意図した宇宙政策として、SpaceXの成功に大きく寄与したCOTS(Commercial Orbital Transportation Services:商業軌道輸送サービス)というプログラム(※4)がある。スペースシャトルの退役を見据えて、低軌道・国際宇宙ステーションへの人員・物資の輸送を民間企業に委ね、米国の航空宇宙産業を振興させることを目的として構想され、COTSを進めていく上で、NASA(米国航空宇宙局)は、監督者ではなくパートナーとして事業者に伴走した。技術的な視点だけでなく法律や金融の専門家を集めプログラム成功に必要な枠組みを検討し、従来の宇宙関連企業だけではなく多様なプレイヤーが参加しやすいプログラムを目指し、スタートアップも参入できるようになった。2006年1月にCOTSプログラムの公募が開始され、同年8月に事業者が選定、その後、2012年5月にSpaceXの宇宙船の国際宇宙ステーションへのドッキング成功につながっていった。
 「共創」という視点に改めて着目してCOTSの特徴を取り上げると、NASAと事業者のやり取りが充足していた点を指摘できる。プログラムの枠組みを計画する以前から企業との対話を実施するだけでなく、プログラムの選考過程において、審査メンバーはプログラムに応募した事業者の施設に訪問し、特に経営陣と綿密な議論を行った。問題があると考えられる点を事前に指摘し、事業者はそれらを改善することができた。また、SpaceX側の開発が想定スケジュールから遅延していった際も、プログラム開始当初からのNASAとSpaceXとの対話の積み重ね、あるいはそこから生まれた信頼感からプログラム終了が判断されるには至らなかった。

 今の時代のビジネスの作り方に「共創」は重要な要素である。宇宙分野で先行している「民間の産業活動において政府が一定の調達をすることにより、産業基盤の安定等を図る(※5)」アンカーテナンシーの考え方は、「共創を先導する政策」の具体的なかたちである。この考え方は宇宙ビジネスに共通する要素を持つ他の産業でも応用が可能であると考えられる。宇宙ビジネスは非常に高額な投資が必要であり、人々の日々の生活の場からは一見遠い特殊な領域だと見做されてしまうことも多い。ただ、このような要素を有する領域、例えば海洋ビジネスにおいても、「共創」の枠組みを取り入れることで、画期的な成果を上げられる余地は大きいのではないだろうか。

参考文献
(※1) 内閣府「宇宙戦略基金について」宇宙政策委員会 第108回会合 資料3
(※2) 国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構「新たな事業を共創する研究開発プログラム『宇宙イノベーションパートナーシップ(J-SPARC)』の開始について」平成30年5月11日
(※3) 文部科学省「宇宙イノベーションパートナーシップ(J-SPARC)等 状況報告」宇宙開発利用部会(第62回)会議資料
(※4) NASA「Commercial Orbital Transportation Services A New Era in Spaceflight」
(※5) 新谷美保子「米国における政府調達方式が宇宙ビジネスの産業振興に与える影響」小塚荘一郎、笹岡愛美編著「世界の宇宙ビジネス法」商事法務


※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。

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