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アジア・マンスリー 2024年1月号

自動車普及で深刻化するインドの交通・環境問題

2023年12月26日 熊谷章太郎


インドでは自動車販売が好調に推移する一方、交通事故や大気汚染が深刻化しており、政府は経済、社会、環境のバランスをいかにとるかに苦慮している。

■自動車販売は好調も、交通事故が急増
インドでは自動車販売の好調が続いており、2023 年の乗用車と二輪車の年間販売台数はそれぞれ約400万台と1,800万台に達すると見込まれる。

一方、自動車を巡る諸問題が深刻化しており、政府はその対応に苦慮している。2023 年には、交通事故が顕著に増加したことがインド国内で注目された。交通事故の件数は、コロナ禍での移動制限を受けて 2020 年には大きく減少したが、2021 年以降は再び増加に転じている。2023 年10 月に政府が公表した報告書によれば、2022 年の死者数と負傷者数はそれぞれ 16 万人、44 万人と前年から約 1 割増加した。自動車の保有率の低さを理由に人口当たりで見た交通事故の発生件数は諸外国と比べて低いものの、死者数は中国を大きく上回り世界一となっている。

交通事故の減少に向けて、政府は自動車の安全基準の強化を段階的に進めているが、厳格な規制導入に対しては慎重な姿勢で臨んでいる。規制は自動車の生産コストと販売価格の上昇を招き、景気に悪影響を及ぼすことが懸念されるためである。一部のカテゴリーの乗用車に対して 6 つのエアバッグの搭載を義務付けるという規制が 2022年 10 月から導入される予定であったが、政府は実施時期を 2023 年中に延期し、その後、義務化を求めない方針に転じた。安全基準の強化に向けた取り組みが進まないなか、2023 年 12 月、政府は交通事故による死亡者数を半減させる目標の達成時期を従来の 2024 年から 2030 年に先送りした。

インドの交通事故の最大の原因は、運転歴の浅い二輪運転者による速度超過である。これを踏まえると、最も効果的な施策は制限速度やヘルメット着用義務の遵守である。一部の州では罰金や免許停止処分などの措置を厳罰化することで交通ルール遵守意識の定着を図ろうとしているが、こうした取り組みが実を結ぶまでには相応の時間が必要である。

■大気汚染の深刻化が経済・社会活動を制約
交通量の増加に伴い大気汚染も深刻化している。インドの大気汚染は 2020 年のロックダウンにより一時的に減少したが、その後、再び深刻化しており、デリー首都圏をはじめ内陸部の AQI(Air Quality Index、大気質指数)は、2023 年11~12 月にかけて例年以上に悪化した。足元の大気汚染の背景には、①工場や火力発電からの汚染物資の排出、②ディワリ(ヒンドゥー教の大祭)に伴う爆竹や花火の使用、③農業における野焼き、④内陸部の大気の停滞、などの影響が挙げられる。さらに、車齢が古いディーゼル車を中心に、自動車から大気汚染物質が排出されている影響も大きい。そのため、デリー首都圏政府はAQI が一定レベルを下回るまで首都圏外からの車両の乗り入れを EV(電気自動車)や厳格な排ガス基準に準拠した車両に限定するとともに、生活必需品の運搬を除く中型・大型ディーゼル車の走行を禁止するなどの対策を講じた。しかし、大気汚染はなかなか解消せず、学校閉鎖や各種建設工事の中止を含む追加措置が採られた。

経済成長と環境保全の両立に向けて、政府は2030 年までに乗用車新車販売の 3 割を EV(電気自動車)にするとともに、発電に占める再生エネルギーの割合を 6 割に高める方針を掲げている。しかし、EV シフトはまだ普及の初期段階にあり、目標達成に向けた道のりは遠い。2023 年 12 月、政府はタクシー、バス、二輪車の EV 普及策「FAME 第 2 期」の実施状況を発表したが、2019 年 4 月から 2023 年 11 月末までの補助金給付対象台数は二輪車が 102 万台、四輪車が 1 万 5,000 台にとどまった。インド政府は、貿易赤字の拡大や国内自動車産業への悪影響を理由に、EV の輸入に対して高関税(4万ドル超の車両は 100%、それ以外は 70%)を課すとともに、中国企業による EV 工場の建設計画案も拒否しており、価格競争力の高い中国製 EV を軸に EV を普及させる展開も想定しづらい。

また、車検制度の整備を通じて老朽化した自動車から環境性能や安全性能の高い新車への買い替えを促す廃車政策についても、その実施に必要な車両の適合検査場や廃車場の整備は途上にあり、現在のところ大型車のみが適合検査の義務化の対象となっているにすぎない。2024 年 6 月から中型以下の車両に対しても適合検査が義務化される見通しであるが、買い替え資金不足を理由に違法と知りながらも老朽化した自動車を使用し続ける家計・企業も一定程度存在すると考えられる。こうした政策の実効性を高めるためには、不適合車の取り締まり強化が不可欠である。

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