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アジア・マンスリー 2023年10月号

インバウンド頼みのASEAN景気回復

2023年09月28日 熊澤知喜


ASEAN 各国では、インバウンドの回復が景気を押し上げている。もっとも、①中国以外の旅行者数の回復一服、②中国人旅行者の購買力低下、③中国との外交関係悪化等から、先行き不透明感が強まっている。

■財輸出の低迷を観光客の増加がカバー
ASEAN では、財輸出が伸び悩んでおり、製造業の低迷が続いている。とくに、ハイテク機器の生産が伸び悩んでいる。コロナ禍では屋内で過ごす時間が増加したことで、パソコンやゲーム機など巣ごもり需要が旺盛であったが、感染が落ち着くにつれて、需要は急速に落ち込んだ。ハイテク機器の需要は先食いされているほか、その後の世界的な物価上昇の影響も相まって、昨夏から財需要の不振が続いている。なかでも輸出に占める電子機器・部品の割合が高いマレーシアやベトナムで輸出が大幅に減少している。

財需要の不振とは対照的にサービス需要は旺盛であり、とくにインバウンド需要の急回復は各国で財輸出の低迷を補っている。ASEAN では 2022 年春から新型コロナの流行への対応として実施されていた入国規制が順次緩和され、外国人観光客が増加している。これを受けて ASEAN の小売・卸売業や飲食・宿泊業といったサービス業の業績が堅調に回復している。2019 年時点でASEAN5(インドネシア、タイ、フィリピン、マレーシア、ベトナム)の観光支出に占める外国人観光客の割合は 46.6%と世界平均の 28.3%と比べ、かなり高い。さらに、ASEAN 諸国では雇用全体に占める観光業の比率(フィリピン:22.7%、タイ:21.8%、マレーシア:15.1%)も世界平均(10.6%)に比べて高い。このように ASEAN では、インバウンド需要の景気けん引力が強く、雇用・所得環境の改善を通じて内需を拡大させる好循環メカニズムが働いている。

当面、各国の政策に後押しされた外国人観光客の増加が ASEAN 全体の景気を下支えする見込みである。タイでは、9 月より中国からの観光客に対してビザ(査証)を免除することを決定した。また、これまでインバウンド需要の回復が遅れていたフィリピンでも、他国と同様の回復が見込まれる。フィリピンでは、2023 年 7 月まで電子ビザ(査証)が未導入であり、入国時にワクチン接種証明が必要とされていた。このため、すでに入国制限が全廃されている他の東南アジア諸国と比べて、旅行者受け入れが遅れていた。これらはとくに中国人旅行者の受け入れを制約しており、フィリピンへの中国人旅行者は 7 月時点で 2019 年平均比 23.3%と他国(マレーシアを除くASEAN5 合計:同 42.8%)よりも伸び悩んでいた。こうしたフィリピンの入国規制は 2023 年 8月にほぼ撤廃され、中国人向けの電子ビザ(査証)サービスが導入された。

■インバウンド需要に下振れリスク
このように、足元の ASEAN 景気はインバウンド需要に大きく依存する形で回復している。ただし、以下で指摘するとおり、インバウンド需要の下振れリスクは高まっており、今後、一転して ASEAN 景気が支えを失う恐れがある。

第 1 に、中国以外の旅行者数の回復が一服している。2022 年春に ASEAN 諸国や欧米からの観光客への入国制限が緩和されたことから、中国以外の旅行者数は先行して回復した。もっとも、足元では、中国以外の旅行者数はコロナ禍前の水準の 85%に達しており、その回復余地は乏しくなっている。

第 2 に、中国人旅行者の購買力が低下している。中国では、2022 年末にゼロコロナ政策が終了したことや、2023 年 2~3 月に ASEAN 諸国への団体旅行(インドネシア、マレーシア、フィリピン、タイ、ベトナム)が解禁されたことから、足元にかけて ASEAN への中国人旅行者は急速に増加し、中国以外の旅行者の伸び悩みを打ち消している。しかし、中国では不動産市場の調整などを背景に、景気が冷え込みつつある。若年層を中心に失業率が上昇するなど、所得環境は悪化している。加えて、中国人民銀行が景気浮揚に向けて、金融緩和政策を積極化していることで、人民元が下落しており、とくに対米ドルでは 2007 年以来の安値を記録している。こうした景気の不調や通貨の下落により、中国の購買力は低下しており、中国からの旅行者数減少や旅行支出減少につながる、もしくは増加しても ASEAN 景気への好影響は従来よりも小さなものとなる恐れがある。

第 3 に、中国との政治問題が悪化しつつある。一部の ASEAN 諸国は、中国との領土問題を抱えている。2023 年 8 月に、中国政府が公表した「標準地図」では、中国と周辺国が領有権を争う地域が中国領として示されたことを受けて、フィリピン、ベトナム、マレーシアが抗議声明を出している。過去に韓国や台湾などで対中関係が悪化した際、中国政府が当地への旅行を制限するなどの措置をとっている。領有権問題を抱える ASEAN 諸国にも中国政府が同様の措置をとる可能性は否定できない。

このように、ASEAN 景気を力強くけん引してきたインバウンド需要の展望は必ずしも明るいものではなく、一転して景気を下押しする要因となるリスクも踏まえると、ASEAN 各国は、インバウンド需要に過度に依存しない経済運営が課題となろう。

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