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フリーランス保護のための政策的な課題・展望

2023年08月22日 浮津照也


1.はじめに
 働き方の多様化やフリーランス向けマッチングプラットフォームの発達等により、わが国においてフリーランスとして働く方は近年増加傾向にある。クラウドソーシングのウェブサイトを運営する企業が2021年に行った調査によれば、フリーランスの人口は797万人(会社に雇用されながら、副業としてフリーランスで働く方々を除く)と推計されており、2020年調査時の354万人と比較し2倍以上になっている(※1)
 多くの方々がフリーランスとして自分の都合に合わせて働くことを選ぶことが可能になった一方で、委託者からの報酬の支払遅延等に関するトラブルが増加してきたことから、フリーランスの取引適正化のための施策が求められてきた。
 そして、2023年2月24日、特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律(以後、新法と呼ぶ。)が国会に提出され、同年4月28日に成立し、同年5月12日に公布された。施行日は公布日から1年6カ月を超えない範囲で今後定められる。
 新法は、特定受託事業者(業務委託の相手側であって従業員を使用しない者をいう。以後、フリーランスと呼ぶ。)に係る取引の適正化および就業環境の整備を目的としている。これまで、業務委託契約に係る取引の適正化については、下請代金支払遅延等防止法(以後、下請法と呼ぶ。)で規定されていたが、発注・受注事業者の資本金額等によっては下請法の適用がない取引も存在していた。しかし、新法は発注・受注事業者の資本金等に関係なく適用され、個人で働くフリーランスに業務委託を行う発注者に対し、下請法と似た義務が課される。
 具体的には、口頭発注禁止、報酬の60日以内支払義務、政令で定める期間以上の取引については報酬の減額や著しい低額を不当に定めること等の禁止等となっている。ただし、「政令で定める期間」とされている政令は、本稿執筆時点では制定されていないため、当該期間は未定である。そして、これらの規定に違反した場合は公正取引委員会が勧告や命令等を行うことができ、命令違反等に対しては50万円以下の罰金が課される場合がある(※2)
 このように罰則付きの法規制がなされ、フリーランスの保護が進むことが期待される一方、留意すべき点は、上記規制の目的があくまでフリーランスを独立した事業者として取り扱いその取引の適正化等を図るためのものということである。
 しかし、実際には、フリーランスであるにもかかわらず会社に雇用される労働者に近い働き方をしていることもある。
 例えば、美容室で働く美容師は、雇用契約ではなく業務委託契約を締結している場合がある。この場合の美容師は、事業者として美容室の一角を借りて業務を行っているという契約形態で、美容室の代表者とは対等な関係であるというのが本来の状況である。しかし、実際には接客について細かい指示がなされたり、閉店後に接客スペースの掃除等の作業を指示されたりと、美容室の代表者の指揮命令下にあるのではないかと疑われるような事例もある。
 国がフリーランスに対して2020年に行ったアンケート調査でも、「業務の内容や遂行方法について、具体的な指示を受けている」という設問に対し、36.8%が当てはまると回答している(※3)
 加えて、このように実質的には委託者の指揮命令下にあっても、形式的には業務委託契約であるため、業務時間が想定より長くなっても残業代が支払われない。また、報酬額を実働時間で除した額が最低賃金を下回ることもあり得る。このような状況にあるフリーランスについては、新法による事業者としてのフリーランスに対する保護では不十分であると考える。
 筆者は、過去に労働基準監督署で労働基準監督官として勤務していたが、その際フリーランスが労働基準法違反を訴えてくる事案も経験した。それらの事案等での所感も絡めつつ、以降ではフリーランス保護のための法律の現状の実情、政策的な課題および展望について述べる。

2.国が労働基準法等の条文についてフリーランスへの一部適用を行う意義
 労働基準法等、働き手を保護する法律の多くは、その保護対象を労働者に該当すると認められる者に限定している。そして、労働者に該当するか否かは、仕事の依頼に対する諾否の自由の有無、勤務場所や時間の拘束性、指揮命令関係の有無等により判断される(※4)。よって、形式上フリーランスとして働いている方であっても、労働基準監督官が働き方等について調査した結果、実質的には委託者の指揮命令下にある労働者に該当すると認められれば、労働基準法等の適用を受けることができる。このとき、残業代未払い等の法違反があれば労働基準監督官が委託者を使用者とみなし行政指導を行うこととなる。
 しかし、実際には多くの場合、現行の枠組みでは労働者か否かの判断が微妙なケースが多く、また労働者性をどこまで広く認めるかというのは労働関係法令の根幹をなす事項の一つであるため、労働基準監督官が現場レベルで思い切った判断をすることは困難である場合も少なくない。
 そして、労働者性を認められなかったフリーランスは、新法施行後は新法に規定する内容の保護を受けることとなるが、一定程度委託者からの指揮命令を受けているフリーランスについては、新法による保護内容では不足する部分が生じる。中でも、このようなフリーランスに対し求められるのが、最低賃金や法定労働時間の適用であると考える。
 というのも、新法では給付の内容に対し通常支払われる対価に比べ著しく低い報酬額を不当に定めることは禁止されているものの、例えば、委託者からの指揮命令によって長時間の業務を余儀なくされた場合、報酬額が正当でも時間単位の報酬額は低くなり、実質的な保護を図ることはできない。このような事態に対応するには、一定程度指揮命令や勤務時間の拘束があるフリーランスについては、現行の枠組みで労働者と認められなくても最低賃金を適用することが必要であるからである。
 また、労働時間の規定についても、フリーランスが事業者として日々の業務時間を決めることができるのであれば労働時間に制限を設ける必要性は薄いものの、一定時間の拘束を受けるのであれば、健康障害防止のため通常の労働者と同じ保護を受けられるようにする必要があるからである。
 現状、労働者性が認められないフリーランスに最低賃金や法定労働時間の規定を適用するには、主に二つの方法がある。
 一つ目は、労働基準法等における労働者の定義を、フリーランスにも当てはまるように拡張することであるが、このようにした場合、労働基準法等のほぼ全ての条文がフリーランスにも適用され、制度面での調整が多分に必要になることから、たちまち現実的ではない。例えば、労働基準法の年次有給休暇の規定がフリーランスにも適用されるとなると、当然フリーランスの立場からすると有給休暇が付与されることのメリットは大きいだろうが、現実的にはフリーランスに対し現在の労働者と同じ年次有給休暇の運用を行うことは難しい。
 二つ目は、最低賃金や法定労働時間に係る規定のみ、労働者に近い働き方をしているフリーランスにも適用されるよう法解釈の変更を行うことである。前述のとおり、現在労働者か否かの判断に用いられている基準は国の研究会報告内容を用いているため、法改正を行わなくても解釈の変更のみで対応することができる。よって、最低賃金や法定労働時間に関する規定のみ、法解釈の変更を行うことが適当であると考える。
 なお、労働関係法令の中で、一部の規定についてのみ、労働者以外の者も保護対象としていることは珍しくない。例えば、労働者災害補償保険法は原則的には労働者を労災補償等の対象としているが、自転車を利用して貨物運送事業を行う者やITフリーランス等が特別加入をすることができるようになった(※5)。労働安全衛生法も、原則的には労働者の健康と安全を確保することを目的としているが、特定の危険・有害業務において、請負会社は労働者だけでなく下請の一人親方等に対して適切な措置を行う義務を課すこととなった(※6)

3.国がフリーランスも利用可能な紛争解決制度を創設する必要性
 個別労働紛争の解決の促進に関する法律の中に、会社と労働者との間の紛争を解決する制度として、助言・指導およびあっせんに関する規定がある。助言・指導およびあっせんは、労働者と会社との間での紛争のうち、労働基準法等に抵触せず、労働基準監督官が指導を行うことができないもの(パワハラ、配置転換、雇い止め等)に対処するための制度である(※7)。まずは、これら制度について説明を行う。
 助言・指導は、意に沿わない転勤を命じられ拒否しても聞き入れられない等、会社との間で紛争を抱えた労働者が都道府県労働局内に置かれた雇用環境均等室に申し出を行うことにより制度の利用ができる。申し出を受けた雇用環境均等室の担当者が、労働者から申し出のあった紛争につき、事業主からも事情を聴取したうえで、第三者の立場から当該紛争の問題点を両者に指摘し、解決の方向を示すことにより紛争の自主的な解決を促すものである。転勤拒否事例でいうと、当該労働者の雇用契約内容、事業主が労働者への配慮を十分に行っているか否か、労働者が転勤により受ける不利益の程度、等を把握し、両者に対し判例等も紹介したうえで本件において取るべき解決案を提示するというのが流れの一例になる。このように、助言・指導は、労働者と会社間での紛争が発生していれば幅広い問題(ただし、労働者同士の紛争や他の法律において紛争解決制度が設けられているもの等は対象とならない)が対象で、手続きも雇用環境均等室への申し出のみで比較的簡単に利用できるうえ、当該紛争について専門家の見解を得ることができる制度である。
 一方、助言・指導はあくまで解決案を提示して自主的な解決を促すものであり、解決を図るかどうかについて法的な拘束力はない。前述の転勤拒否の例でいうと、仮に当該転勤命令が明らかに不当なものであり、裁判になれば当該命令が無効になる可能性が高いとしても、雇用環境均等室から転勤命令を取り消すよう命じることはできない。しかしながら、国の機関から冷静に紛争の原因となっている法的な問題点を指摘され、また解決案も提示されたことで、労使双方とも一度考えを整理し改めて話し合いを行い、解決につながる場合は少なくない。
 あっせんも、助言・指導と同じく幅広い紛争が対象となる。この制度も、事業主と紛争状態にある労働者が雇用環境均等室等に申し出ることにより利用できる。
 この制度は、都道府県労働局長が紛争調整委員会にあっせんを委任し、紛争調整委員(弁護士等の専門家)が事業主と労働者それぞれの主張を確かめ、話し合いの促進を行い、場合によっては本件において取るべきあっせん案の提示を行う等して、紛争の解決を図るものである。例えば、解雇された労働者が、解雇は受け入れるが何カ月分かの給料分の補償を行うことを事業主に求め、事業主が拒否したという事例であれば、紛争調整委員がそれぞれの主張を聞き、すり合わせたうえで、本件においては〇カ月分の補償を行うことで解決としてはどうかというあっせん案を提示し、受諾を提案するというのが流れの一例になる。
 あっせんについても、労使双方とも紛争調整委員会への出席義務はなく、話し合いが不調に終わった場合や両者があっせん案に合意しなかった場合は打ち切りとなる。しかしながら、労働審判や民事訴訟と比べ短期間で終了するため、労働者にとっては使いやすい制度となっている。また、助言・指導と同じように、労使双方0か100かで争っている中で専門家からその中間の妥結案を提示されることで、双方満足とはいかないものの一定程度の納得感を持って解決に至ることができる制度にもなっている。
 以上のとおり、助言・指導およびあっせんについて、労働者が利用しやすく、強制力はないものの一定の実行性を伴う制度となっているが、これら制度も労働者に該当すると認められない者は利用することができない。よって、フリーランスにとっては、行政による簡易に利用できる紛争解決の手段がない。
 フリーランスが抱える紛争の解決については、新法において「国は、(中略)特定受託事業者からの相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備その他の必要な措置を構ずるものとする。」としかされていない(※8)
 具体的な施策については今後定められるものと思われるが、助言・指導およびあっせんについても、労働者に近い働き方をしているフリーランスも利用できるようにするべきであると考える。委託者と対等な立場で交渉できるフリーランスであれば、紛争調整制度を利用せずともトラブルを解決できる可能性があるが、第二章で例に挙げたような委託者の指揮命令下で業務を行うフリーランスにとっては、直接交渉が難しいことが懸念されるからである。前掲のフリーランスに対する国のアンケート調査でも、取引先とのトラブルが発生した場合の対処法で最も多かったケースを問う設問に対し、21.3%が「交渉せず、受け入れた(何もしなかった)」、10.0%が「交渉せず、自分から取引を中止した」と回答している(※9)。制度を利用できるフリーランスの範囲としては、労働者と近い働き方をしているフリーランスの保護を目的としているため、第二章で労働関係法令における労働者の射程拡大について述べたのと同じく、指揮命令や一定の勤務時間の拘束があるフリーランスとすることが適当であると考える。

4.おわりに
 ここまで、フリーランス保護のための法律の実情、政策的な課題および展望について述べてきた。繰り返しになるが、一言でフリーランスといっても実質的には事業者に近い方、労働者に近い方と属性の幅が大きいため、それぞれの属性に合った施策を打ち出していくことが必要である。特に、労働者に近い働き方をしているフリーランスについては、新法による保護がどこまで実行性を持つか懸念されるため、国が、一部の条文について労働者性に係る解釈変更を行うことが必要と考える。


(※1) 【ランサーズ】新・フリーランス実態調査2021-2022年度版
(※2) 特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律第3条~第9条、第24条
(※3) 令和2年5月内閣官房日本経済再生総合事務局「フリーランス実態調査結果」16頁
(※4) 昭和60年12月19日 労働基準法研究会報告(労働基準法の「労働者」の判断基準について)
(※5) 労働者災害補償保険法第33条第3号、労働者災害補償保険法施行規則第46条の17
(※6) 労働安全衛生規則第327条等
(※7) 個別労働紛争の解決の促進に関する法律第4条、第5条
(※8) 特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律第21条
(※9) 前掲フリーランス実態調査結果20頁

※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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