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当事者参画から始まる認知症共生社会

2023年05月01日 紀伊信之


認知症700 万人時代に求められる「共生社会」
 2025 年には団塊世代が後期高齢者に入り、認知症人口は約700 万人(65 歳以上の高齢者の5 人に1 人)を超えると言われている。認知症の発症や進行を抑制する疾患修飾薬が開発され、国内でも承認が検討されているが、承認されても適用対象は早期段階に限定される。また、WHO が示す通り、今のところ「予防」への決め手となる手段はない。認知症発症者の増加が避けられない中では、令和元年度に政府が策定した認知症施策推進大綱で掲げられる「認知症との共生」、すなわち、「認知症になっても住み慣れた地域で自分らしく暮らし続けられる」ことが重要となる。
 そうした社会を実現させるには、医療・介護サービスを整備するほか、生活で利用する製品・サービスを使いやすくすることや、認知機能低下を補う製品・サービスを充実させることなどが欠かせない。こうした製品・サービスを考える上で貴重なヒントとなるのは、認知症当事者(以下「当事者」)の声である。

認知症分野における当事者参画型の製品・サービス開発
 実際、企業の製品・サービス開発のプロセスの中に、当事者に参画してもらう動きが広がりつつある。
 例えば、アパレルなどを扱う㈱大醐では、「靴下をうまく履けなくなって外出が減った」という当事者の声を受け、誰もが履きやすい靴下Unicks を開発・発売している。この靴下は、かかとがなく、表裏左右どちらの向きでも履きやすい、などの特徴がある。これは、開発過程で実際に当事者との対話を重ねながら、視空間認知障害のある人でも履きやすくなる工夫として見いだされたものである。
 自治体や政府も、こうした先進事例の普及に取り組みはじめた。福岡市では、就労や社会参加を希望する認知症の人と企業をつなぐ「オレンジ人材バンク」を開始した。また、京都府では、認知症にやさしい製品・サービスを開発する企業群と協力する当事者との仲介を行っている。
 経済産業省も、「認知症イノベーションアライアンスワーキンググループ」の活動の一環として、「当事者参画型開発の手引き」を2023 年3 月に公開した。この手引きでは、企業が当事者に参画してもらい、製品・サービスの開発・改善を進める際の具体的な留意点やポイントが整理されている。また、経済産業省は、当事者と企業とのマッチングを支援しており、KAERU㈱による認知症になっても安心して買物できる決済サービス、ライオン㈱によるデイサービス利用者向けの口腔ケアサポートサービスなどの開発が現在進められている。今後は当事者、企業双方を拡大し、「当事者参画型開発」の普及を図るとしている。
 こうした事例は、開発の一部にユーザーが参画する「ユーザーイノベーション」の認知症分野における実践と見ることができる。開発に当事者が加わることで潜在的なニーズが顕在化され、認知症に関わる生活課題を解決する製品・サービスが生まれることが期待される。

課題は「参画」に協力的な当事者の拡大
 こうした取り組みの課題の一つに、協力する当事者の少なさが挙げられる。背景には、「自分は認知症である」という病識を持ちにくい認知症の特性と、「人に知られたくない」という、スティグマの問題などがある。例えば、「本人の意見を重視した施策の展開」は、全市町村で行われることが目標とされるが、認知症施策推進大綱の進捗状況評価(令和4 年12 月)の結果では、実施した市町村は257 に留まった。これも、協力する当事者の少なさに起因すると考えられる。
 企業側にせよ自治体側にせよ、何らかの形で「参画」に協力的な当事者を増やすためには、当事者が認知症を受け入れ、活動への参画に前向きになれる支援の仕組みが求められる。加えて、協力してくれる当事者と企業の活動とをマッチングする仕組みやプラットフォームも必要となる。
 海外では、さまざまな活動に認知症当事者が参画する取り組みが既に進められている。例えば、英国のJoindementia research や米国のTrial Match は、薬の治験や研究と当事者を結び付ける仕組みとして運営され、特に前者は登録者が5 千人を超える規模となっている。世界に先駆けて高齢化が進む日本においても、当事者参画型開発を行う大規模なプラットフォームを確立させ、世界でも適用可能なソリューションを次々と生み出しながら認知症共生社会づくりを推進していくことが期待される。

※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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