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「スタートアップ育成5か年計画」への期待とスタートアップ創出・育成に求められるさらなる支援

2023年07月06日 高野大地


1.「スタートアップ育成5か年計画」の概要
 現在、わが国においてスタートアップ政策が注目を集めている。背景にあるのは、2022年11月に策定された「スタートアップ育成5か年計画(※1)」である。
 岸田政権は、2021年10月の発足直後に、「成長と分配の好循環」と「コロナ後の新しい社会の開拓」をコンセプトとした新しい資本主義を実現していくため、「新しい資本主義実現本部」を設置した。その基で開催されてきた「新しい資本主義実現会議」において、持続可能な経済社会を実現するスタートアップの重要性が取り上げられ、2022年年頭には2022年を「スタートアップ創出元年」にすることを宣言し、有識者会合やヒアリングなどを通じてさまざまな観点からスタートアップ政策が議論されてきた。
 その政策検討の成果として、起業数、ユニコーン(時価総額 1,000 億円超の未上場企業)数を増やしていくために必要となる、中期的な具体政策を整理したものが「スタートアップ育成5か年計画」である。

  「スタートアップ育成5か年計画」は、以下の大きな3本柱で成り立っている。
  ① スタートアップ創出に向けた人材・ネットワークの構築
  ② スタートアップのための資金供給の強化と出口戦略の多様化
  ③ オープンイノベーションの推進

 ①は、欧米と比較した日本の開廃業率の低さ、起業を望ましい職業選択と考える人の割合の低さなど、「意識・風土・風潮」の改善が必要であるという課題や、メンター・アクセラレーターからの支援がスタートアップの成功につながりやすいという実態を踏まえて設けられた柱である。主として若手人材を対象にした、海外大学からの教育機会の提供や海外への派遣を通じた起業マインド醸成、アントレプレナーシップ教育・起業家育成プログラムなどから構成される。
 ②は、欧米と比較したスタートアップへの投資額の少なさ、投資金額の成長率の低さなどの資金環境の課題や、VCの重要性などを踏まえて設けられた柱である。政府による出資機能の強化を中心に、ストックオプションや株式投資制度の見直し・整備といったスタートアップ投資に関わる論点、IPOプロセスの検討などの出口戦略に関わる論点、スタートアップへの融資促進や社会的起業家の支援など、非常に具体的な論点も含みつつ広範な取り組みを網羅している。
 ③は、大企業もスタートアップと連携することでイノベーションを生み出しやすいという研究成果を基に、大企業のオープンイノベーションを促進する取り組みで構成される柱である。大企業のスタートアップへの投資においてハードルとなりやすい制度の見直し、大企業の労働移動円滑化やスピンオフの促進などが含まれる。
 いずれも重要な論点だが、他国と比較したわが国のスタートアップ・エコシステムの弱みという点を鑑みると、1つ目の柱に含まれる「スタートアップ創出に向けた人材育成」と2つ目の柱である「資金供給の強化と出口戦略の多様化」は特に重要なテーマであると思料する。本稿では、特にこの2点について現在の課題と合わせて今後あるべき方向性について述べる。

2.「スタートアップ創出に向けた人材育成」における課題と今後あるべき方向性
 日本社会全体として起業家や起業家を支える人材が少ないという課題がある中で、多数のスタートアップを創出していくために人材育成が最重要テーマであることは論を待たない。
 そうした人材のボトルネックを解消していくため、若手人材の選抜・支援プログラムとして多数の起業家を生み出したことで名高い独立行政法人情報処理推進機構(IPA)の「未踏事業(※2)」の横展開や、スタートアップに挑戦する人材や大企業で新事業に挑戦する人材等を選定し米国シリコンバレーに派遣する経済産業省の「始動 Next Innovator(※3)」の拡充など、さまざまな政策が検討されている。
 これまでも各省庁・各機関においてアントレプレナーシップ教育や若手人材の発掘・育成に関わるさまざまな政策が取り組まれてきたが、これらの政策をスタートアップの観点から横串でまとめて評価し、好ましい成果を生み出し得る政策に重点的に取り組んでいくという手法は妥当な方法であると思われる。一方で、今後これまで以上に加速的に多数のスタートアップを創出していくという目標を考えると、必然的にスタートアップの社員として成長を支える人数も増大し、これらの個別事業・プログラムだけでは十分と言えない。そこで求められるのは、起業家の高いビジョンや推進力についていくことができ、日々発生する障害やタスクを迅速に対応できるような、起業家と共にスタートアップを成長することができる人材の育成であり、起業に前向きに捉えることができる最低限の起業マインドをボトムアップで醸成する必要がある。
 昨年、孫泰蔵氏による「冒険の書 AI時代のアンラーニング」と言う本が出版されているが、起業数、ユニコーン数を劇的に増やしていくためには、この本で示されるような教育制度の抜本的改革により全ての若者が意欲を持ち主体的に物事に取り組んでいくことを支援するような社会へのパラダイムシフトが重要である。従来、アントレプレナーシップ教育も盛んに取り組まれてきており、今後もさらに拡充されることが予想されるが、そもそも起業マインドの醸成に、教え育てる「教育」はそぐわない。このような発想から脱却し、今後は自らの意志で学び習う「学習」へ移行する必要がある。近年、中学校、高校等で取り組まれている探究学習には、自らが課題を発見・設定し、解決に向けて実験やヒアリングを行う主体性が求められており、起業マインドの形成につながる可能性を秘めている。
 5か年と言う期間で成果を出すことができるような即時性のある方法ではないが、今後わが国においてイノベーションによる産業創出・経済成長を目指していく上で、若者のマインドセットを根本的に変えていく政策を併せて考えていく必要がある。

3.「資金供給の強化と出口戦略の多様化」における課題と今後あるべき方向性
 次に、資金供給については、昨年度VC等へのヒアリングにおいて、シード・アーリー期の資金は獲得しやすくなってきた反面、それ以降、特に数十億以上の資金供給は出し手が少なく資金需要に応えづらいという日本の現状が判明している。本年度より新たに開始する国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)における「ディープテック・スタートアップ支援事業」などはこうした需要に応える大型の補助金となっており、研究開発型スタートアップの成長を後押しすることが期待できる。
 加えて、成長段階のスタートアップにおいて必要となるのは補助金でなく売上である、と言う意見もある。当然、継続的な売上が見込めない場合、事業として成功とは言えず、売上につながるような支援ができると良い。売上につながる支援として、現在政策検討の中心となっているのは、各省庁の予算の一定割合をスタートアップ等に割り当てることを定めるSBIR制度である。新制度が開始した2021年より研究開発補助金として実施されてきているが、徐々にフェーズが進んだ研究を公共調達に向けて支援する検討が始まっている。
 以上のように資金供給についてはこれまでの課題解決が進んでいる一方で、最終的な出口戦略についてはさらなる整備が求められる。特に研究開発型スタートアップは、BtoBで製品・サービスの契約件数が少ないビジネスモデルも多い中、上場する際には見込み売上・利益と実績売上・利益を一致させる予実管理が必須で求められており、上場が困難であるという課題がある。また、M&AによるEXITの少なさ、セカンダリーでの売買の少なさという資金調達・出口戦略の多様性の課題や、上場後にも株式の流動性の小ささや投資家にとって技術を理解することの難しさなどから投資家数が少なく上場後の成長が難しいという課題等、成熟してきたスタートアップをさらに後押ししていく支援も欠かすことができない。制度については、これからさらなる議論が進むことが予想されるが、既存の課題を踏まえつつ政策全体像を鑑みた統合的な戦略が必要である。
 わが国においてもユニコーン数は徐々に増えており、ユニコーン創出に向けた知見が蓄積されつつある。こうした知見を活用しながら、さらに成功するスタートアップが増えていくことを期待したい。

(※1) https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/atarashii_sihonsyugi/pdf/sdfyplan2022.pdf
(※2) https://www.ipa.go.jp/jinzai/mitou/index.html
(※3) https://sido.jp/


※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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