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健康の概念の変遷とセルフマネジメント

2023年06月27日 山本健人


 令和6年度からの「二十一世紀における第三次国民健康づくり運動(健康日本 21(第三次))」に向け、「国民の健康の増進の総合的な推進を図るための基本的な方針」が2023年5月31日に公表された。この文書の中でも示されているが、健康を追求することの重要性は官民を問わずに高まっていると言える。しかし、「健康」とはどのようなものなのだろうか。「病気のない状態」「医療にかかっていない状態」がまずもって想起されるが、症状の重さに関わらず病気があればすなわち不健康なのか、高齢者や慢性疾患患者、がんサバイバーなど、定期的に受療しているが不自由なく日常を過ごせている人は不健康なのか、等の問いが一方で容易に頭をよぎる。
 戦後初めて国際的に明示され、現代においても幅広く引用されている健康の定義は、1948 年発効の世界保健機関(WHO)憲章前文における、「健康とは、身体的、精神的、社会的に完全に良好な状態であり、単に疾病又は病弱の存在しないことではない(Health is a state of complete, physical, mental and social well-being and not merely the absence of disease or infirmity)(※1)」との文言である。しかしながら、WHOの後年の文書や議論において、この健康の概念は変遷を遂げてきた。
 1986年のオタワ憲章では、「身体的・精神的・社会的に完全に良好な状態に到達するためには、個人・集団は成したい事を定義し、実現し、ニーズを満たし、周囲の環境を変えたり対処したりすることが出来なければならない。そのため、健康は目的ではなく日々の生活の資源と見なされる(※2)」と記載されている。また、1998年のWHO執行理事会では、「Health is a “dynamic” state of complete physical, mental, “spiritual” and social well-being and not merely the absence of disease or infirmity.(※3)」と変更提議がなされた(ただ、現行の憲章は適切に機能しており本件のみ早急に審議する必要性が他の案件に比べ低いなどの理由で、総会での可決には至らなかった)。さらに、2010年の「全ての政策において健康を考慮することに関するアデレード声明」においては、「健康とは、人の身体的能力に加え、その人の持つ社会的および個人的なリソースにも重点を置く、ポジティブな概念(※4)」であるとの記載がなされている。
 すなわち、WHOの文書および議論における健康の概念は、「静的な状態」としての健康から「動的な資源・能力」としての健康へ、さらに個人の身体にとどまらず社会的な資源にまで射程が広がっているのである。
 こうした健康概念の変遷のなか、オランダのマフトルド・フーバー氏が2011年のBritish Medical Journalにて発表したのが「Positive Health」の概念である。フーバー氏は、WHOの健康の定義を、①現行の健康の定義にある「Complete」の文言が意図せず医療の範囲を拡大してしまう点、②人口および疾病構造が変化し、慢性疾患と障がいを持つ人々が決定的に病気であるとすることはシステムの持続可能性に逆効果となる点、③「Complete」な状態は測定も運用も不可能であるため、定義は実現不可能なものに据え置かれてしまう点を挙げて批判し、健康を「社会的・身体的・感情的課題に直面した際に適応し、自ら管理する能力」とした(※5)
 フーバー氏の指摘した問題点のうち、②は特に日本において決定的に当てはまる。疾病構造・人口動態の変化から社会保障費は増大を続けている。医療現場のリソース逼迫等も著しい。だとすれば「完全な状態」を追い求める健康観から、自身の成したいことを定義し、社会的・身体的・感情的課題に直面した際に適応し、自ら管理する「セルフマネジメント」によって成したいことを実現する能力を涵養する健康観への転換が必要と考えるべきだろう。
 ただし、能力を養うにも人手と対話が必要であり、事実Positive Healthの概念を多く取り入れているオランダの実践においても、時間をかけた対話の中で取り組みが進められている。リソースの逼迫する日本においては、能力を養う対話のあり方自体にも工夫が求められる。
 「工夫」のあり方は多様であるが、その中の一つは昨今話題のAI等、技術を用いたリソースの低減であることは間違いない。日本総合研究所では、高齢者のセルフマネジメントを向上させる対話AIサービスの活用方策を、ベンチャー企業と協働で検討するプログラムを開始した。そこでは、高齢者ケアの文脈が起点ではあるが、対話を通じて自分のことを認識する効果も生むような方向性を志向している。セルフマネジメント能力を維持・向上する対話AIサービスの実装に向け、さまざまな方々とともに、今後、取り組んでいきたい。

(※1) https://www.who.int/about/governance/constitution
(※2) https://www.who.int/teams/health-promotion/enhanced-wellbeing/first-global-conference
(※3) https://www.mhlw.go.jp/www1/houdou/1103/h0319-1_6.html
(※4) https://apps.who.int/iris/bitstream/handle/10665/44365/9789241599726_eng.pdf?sequence=1&isAllowed=y
(※5) Machteld Huber「How should we define health?」(BMJ,2011)


※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。

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