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多様な「農」の在り方の実現

2023年05月10日 多田理紗子


 「食料・農業・農村基本法」(以下、基本法)は、1999年の制定以降、日本の農業政策の方向性を定める指針となってきた。農業には、食料その他農産物を供給する役割のほか、国土の保全や水源のかん養など、農業生産によってもたらされる様々な機能(「多面的機能」と呼ばれる)を発揮する役割がある。基本法では、この2つの役割を念頭に置き、農業の持続的な発展と農村の振興を目指すという大きな方針が示されている。
 基本法のもとでは、農業の持続的な発展のため、「効率的かつ安定的な農業経営」すなわち農業で生計を立てることができる農業経営を担い手として育成することが目指されてきた。その結果として近年、大規模経営の成長や法人化の進展といった成果が生まれつつある。

 そのうえで、2022年9月、基本法の検証を進めるとの方向性が政府から示された。検証では、多様な担い手の位置づけが議論の焦点となっている。これまで育成の対象とされてきた大規模経営や法人経営に限らず、半農半Xや二拠点居住なども含めて、これまでにない農業への関わり方を有する主体への支援が議論されている。筆者としては、今後の農業と農村の持続を考える上で、多様な「農」の在り方を受容することが重要になると考えている。
 
 多様な「農」という表現は、経営規模や経営形態に関わらず、広く農業や農村生活に関わる人たちとその暮らしをイメージしている。

 2020年の「農林業センサス」の結果概要では、都府県で経営耕地面積10ha以上を有する経営体数が増加し、そうした経営体が経営する農地の割合が全体の55.3%(5年前と比較して7.7ポイント増加)になったことなど、大規模化の進展が明快に読み取れる結果が示された。一方で経営体の数を見ると、10ha以上の経営耕地面積を有する経営体は全体の5%に過ぎない。農業経営体のうち95%近くが10ha未満、さらに言えば半数以上が1ha未満の経営である。大規模化が進む中でも、農業に関わる人の多くは中小規模と言われる状況はなかなか変わらない。

 規模拡大が推奨される大きな理由は、面積当たりの生産コストの削減や効率化が可能だからである。他方、農業は「生計を立てるための生業」という側面だけではなく、自家消費のための生産、楽しみや生きがいづくり、健康維持といった意味も持つ。農業者は歳を重ねても元気で健康、というイメージを持っている方も多いのではないだろうか。当社がある自治体の協力の下で行った調査では、高齢農業者は健康面での不安を抱えながらも、自身の経験をもとに、工夫を重ねながら農作業を行っていること、可能な限り負担を軽減しながら農業を継続していることが明らかになった。65歳以上の農業者を対象として実施したアンケートでは、70%以上の回答者が「続けられるうちはいつまでも農業を続けたい」と回答している。高齢農業者は、農業を継続することによって、自身が望む暮らしを実現させているのであり、地域の農業の存続や農地の維持にも貢献しているのである。

 農業生産の担い手として大規模経営や法人農業が育成対象となる農業政策の基本的方向性は、今後も大きくは変わらないだろう。一方で、歳を重ねて作付面積を縮小させつつも農業を続けている人、定年後に小規模な農業を始める人、兼業や副業として農業を行う人などが活躍している地域は実際には少なくない。こうした人材の活躍にも、その人自身の生活の充実、地域の多面的機能の維持、さらには魅力ある地域づくりにもつながっているという意義はあろう。だとすれば、農村支援政策として位置付けることも出来るのではないだろうか。産業としての農業の成長だけではなく、農業・農村を支える人材に目を向け、多様な「農」の在り方の実現に向けた提言を、これからも継続していきたい。


※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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