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公共施設のZEB化に向けて、体系的な仕組みの構築を

2023年03月31日 野津喜治


1.はじめに
 2020年10月、政府は2050年までに温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする、カーボンニュートラルを目指すことを宣言した。これを契機に官民双方において、省エネルギー・創エネルギー、再生可能エネルギーの活用、サーキュラーエコノミーの推進といった脱炭素に関する取り組みが急速に進められている。

 公共施設を多数所有する地方公共団体においては、建物におけるエネルギー消費量を大きく削減できる公共施設のZEB化が喫緊の課題となっている。
 ZEBとは、「Net Zero Energy Building」の略称で、経済産業省資源エネルギー庁「ZEBロードマップ検討委員会とりまとめ」(2015年12月)では、ZEBを「先進的な建築設計によるエネルギー負荷の抑制やパッシブ技術の採用による自然エネルギーの積極的な活用、高効率な設備システムの導入等により、室内環境の質を維持しつつ大幅な省エネルギー化を実現した上で、再生可能エネルギーを導入することにより、エネルギー自立度を極力高め、年間の一次エネルギー消費量の収支をゼロとすることを目指した建築物」と定義している。
 現在、ZEBは、その実現・普及に向けて、ZEB Oriented、ZEB Ready、Nearly ZEB、『ZEB』の4段階で、定性的および定量的に定義されている。


出所:環境省「ZEB PORTAL」より作成


 2021年10月に改訂された「政府実行計画」において、政府の施設について、「今後予定する新築事業については原則ZEB Oriented相当以上としつつ、2030年度までに、新築建築物の平均でZEB Ready相当となることを目指す」ことが定められている。
 また、全国知事会では、2022年7月に「脱炭素・地球温暖化対策行動宣言」を宣言しており、ここでは「都道府県が整備する新築建築物について、ZEB Ready相当(50%以上の省エネ)を目指します」とある。
 現時点では、こうした取り組みは政府や都道府県のレベルにとどまっているものの、今後、市区町村においてもZEB推進、さらには義務化といった取り組みが広がっていく可能性は高い。

 地方公共団体において、ZEB化された公共施設の件数は少ないものの、その数は徐々に増えつつある。一般社団法人環境共創イニシアチブの公開情報によると、ZEB化された公共施設の件数は、2022年12月23日時点で51件となっている。


出所:一般社団法人環境共創イニシアチブ「ZEBリーディング・オーナー一覧」より作成


 一方で、これらの取り組みは、基本設計・実施設計段階で、個別に検討されているものが大半であるように思われる。
 基本設計・実施設計段階における検討は、近視眼的にならざるを得ず、地方公共団体における厳しい財政状況を考えると、環境配慮技術の導入よりも財政負担の軽減を重視せざるを得ないようなケースもある。また、ZEB化による恩恵は、平時において利用者には分かりづらく、市民や議会の理解を得づらいこともZEB化の障壁になっているものと考えられる。

 上記のような動向、およびZEB化に関する現況を踏まえると、公共施設におけるZEBの推進に当たっては、ZEB化を施設整備における追加コストとしてではなく初期条件として位置付けること、その上で地方公共団体として体系的にZEBを推進するような仕組みを構築することが不可欠である。

2.ZEB化の検討プロセスについて
 先述の通り、公共施設におけるZEB化の検討は、基本設計・実施設計段階で実施されるものが大半である。また、現状、その際の検討は設計者の提案・主導によるものも多く、地方公共団体が主導して、体系的に実施されているとは言いがたい状況である。

 一方で、重要度・注目度の高い施設整備の場合には、基本構想・基本計画段階で地方公共団体の主導によりZEB化の方針を定めるような事例も出てきている。しかし、このような事例においても、現状、施設規模や用途に応じた統一的なZEB化に関する規定や方針があるわけではない。

 また、地方公共団体においては、自身が所有する公共施設等を総合的に管理する計画として「公共施設等総合管理計画」が存在するが、現状、ZEBに関して明確な記載があるような事例は少なく、「公共施設等総合管理計画の策定等に関する指針」の2022年4月の改訂により、初めて「脱炭素化の推進方針」について記載することが定められた状況である。

 地方公共団体においてZEBの推進を体系的に実施するためには、これを各地方公共団体における上位計画などに位置付け、検討方針を明確化することが不可欠である。一例として、ZEBの推進を盛り込むかたちで「公共施設等総合管理計画」の改訂を行うことや、PPP/PFIにおける「PPP/PFI手法導入優先的検討規程」にならい、「ZEB推進検討規程」といったものを定めることなどが考えられる。
 具体的な検討プロセスおよび検討内容として以下を提案する。これらの内容をあらかじめ上位計画などに定めておくことが望ましい。次節以降ではこの概要について述べる。



3.ZEB推進に関する具体的な検討事項について

(1)エネルギーの消費状況の調査・分析
 ZEBの推進に当たっては公共施設におけるエネルギーの消費状況の調査・分析が不可欠である。
 具体的には、各地方公共団体における公共施設のエネルギー消費状況について悉皆的に調査を行った上で、ビルディングタイプ、築年数、施設規模ごとに整理・分析することなどが考えられる。

(2)ZEBに関する目標・方針設定
 調査・分析の結果を踏まえ、ZEBに関する目標・方針を設定する。
 目標・方針設定に当たっては、2050年カーボンニュートラルを念頭に設定することが基本だが、現状、これは技術的にも財政的にも難易度が高く、再生可能エネルギーの調達なども含めて多角的に取り組む必要があることから、実現可能性も踏まえて定めることが望ましい。
 例えば、新規に整備する施設については、ZEB Ready相当以上を達成すること、既存施設に関しては、設備改修や大規模修繕と併せて段階的にZEB化改修を行うことなどを目標・方針として設定することが考えられる。

 また、目標・方針設定と併せて、より高いZEBランクの達成を目指す施設用途やZEBを必須条件としない施設用途を設定することも有効であろう。
 より高いZEBランクの達成を目指す施設としては、ZEB化による一次エネルギー消費量削減効果が大きい大規模施設、災害時のレジリエンスなどZEB化による付帯的な恩恵を受けられる施設が考えられ、具体的には庁舎施設などが該当する。
 対してZEB化を必須条件としない用途の施設としては、災害復旧事業などの緊急に整備する必要がある施設や、民間事業者による独立採算で整備・運営される施設などが考えられる。

(3)ZEBランクの設定、定性・定量評価
 全体的な目標・方針設定を踏まえた上で、基本構想・基本計画段階では、個別の施設について検討することになる。なお、個別施設に対する検討については、検討を効率化する観点から、一次エネルギー消費量の削減効果が大きい、一定規模以上の施設に限定するといった措置についても検討する余地があるであろう。

 具体的には、より高いZEBランクの達成を目指す余地があるかということを明らかにした上で、実現の余地のあるZEBランクごとに定性・定量的な効果の比較検討を行う。

 ZEB Readyは、建築計画上の工夫により大半の施設で達成が可能な基準であるが、『ZEB』やNearly ZEBに関しては、創エネ基準が存在するために、現状、屋根面などに大量の太陽光パネルを設置することが不可欠である。そのため、一定規模以上の施設においては、十分な太陽光パネルの設置スペースを確保できず、現在の技術では達成が現実的でないケースが多々存在する。
 過去のZEB事例の調査を行い、施設ごとに用途や規模を踏まえ、どのZEBランクであれば、実現性があるのか、あらかじめ確認しておくことが望ましいであろう。


出所:一般社団法人環境共創イニシアチブ「ZEBリーディング・オーナー一覧」より作成


 ZEBランクごとに比較検討する定量的な項目としては、イニシャルコストおよびランニングコスト、ライフサイクルCO2(施設の設計・建設から維持管理・運営を含め、施設の解体までに排出される二酸化炭素)の排出量などが想定される。定性的な項目としては、災害レジリエンスへの効果、一次エネルギー消費量の削減による公共施設全体へのインパクトのほか、事業の社会的意義や求められる先導性といった施設特有の要因が挙げられる。
 これらの検討を踏まえ、最終的に適正と考えられるZEBランクの設定を施設ごとに行う。

4.監視・運用改善
 ZEBとは、年間の一次エネルギーの収支をゼロにすることを目指した建物のことだが、その判定は、設計仕様に基づく一次エネルギー消費量の算定値により行われている。つまり、実際にどの程度一次エネルギー消費量を削減できているかではなく、どの程度一次エネルギー消費量の削減を考慮した設計を行ったかにより、ZEBの判定は行われているのである。
 しかしながら、カーボンニュートラルという当初の目的に照らすのであれば、実際にどの程度一次エネルギー消費量を削減できているかという点こそ、より重視されるべきである。
 そのため、ZEB化に当たっては、施設整備と併せて設計した通りに一次エネルギー消費量の削減が行えているかどうかを監視すること、そして、運用を通じてさらなる省エネを実現すべく、適切に運用改善を行うことが重要である。
 地方公共団体においても、一次エネルギーの消費状況などについて、一元的に管理し、フィードバックを行う体制構築が必要になるであろう。

5.ZEBを実現する事業スキームについて
 ZEBの実現や、その後の監視・運用改善に当たっては、PPP/PFIといった、官民連携手法の導入が有効と考えられる。ここでは、主な理由を4点挙げる。
 1点目は、PPP/PFIでは性能発注が原則となるため、その性能を規定する要求水準において、ZEBを達成するように規定することで、民間事業者から自社のノウハウを生かしたZEBの実現方策に関する提案を受けることができ、ZEB化に伴うコスト増を民間事業者側にコントロールさせながら施設整備を行うことができる点である。これにより、先述したような環境配慮技術の導入よりも、財政負担の軽減が優先されるといった事態も起きづらくなると考えられる。
 2点目は、施設の設計を行う事業者と、施設の維持管理・運営を行う事業者が同一の主体となる点である。一次エネルギー消費量の削減量の検討・設定と、実際に運用を行う主体が同一であるため、一次エネルギー消費量の削減に関する責任関係を明確化することが可能である。
 3点目は、同一の事業者が10年以上の長期にわたり施設の維持管理に携わり続けることができる点である。施設の運用に関する知見を長期間に継続して蓄積することが可能で、それに基づく運用改善を行いやすくなる。
 4点目は、一次エネルギー消費量の実績値に応じて、民間事業者側にインセンティブやペナルティーを与えることができる点である。適切に要求水準を設定することができれば、民間事業者による主体的なエネルギーマネジメントが期待でき、また、イニシャルコストなどの問題から採用しづらい高効率設備などの導入についても期待することができるであろう。ZEB化の推進と併せて、PPP/PFIの導入についても積極的に検討することで、より効果的・効率的な脱炭素を実現できると考えられる。
 また、昨今は建築物のライフサイクル全体を通じて排出される二酸化炭素(エンボディドカーボン)の削減にも注目が集まってきている。こちらについても、設計・施工・維持管理・運営を包括的に実施するPPP/PFIは親和性が高く、有効な手段の一つになると考えられる。

6.おわりに
 ZEBの推進は、現状、政府や都道府県のレベルにとどまっているものの、今後、市区町村にも取り組みが広がっていく可能性は高い。このような環境下において、ZEBを考慮しない施設整備計画を策定することは、それ自体が事業の再検討などにつながるリスクになると考えられる。また、今後、地方公共団体において新規に施設整備が行われる場合、「公共施設等総合管理計画」に沿った管理が行われれば、ZEB化のいかんにかかわらず、その施設は2050年においても現役の施設として利用され続けることになる。建築物のスパンで見たときに2050年というのは遠い未来の話ではなく、近い将来の話なのである。
 一刻も早い検討の開始が、2050年カーボンニュートラルの実現のために求められている。

※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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