ロシアがウクライナに侵攻してから1年。この間、エネルギーや食糧安全保障、倫理問題など企業は、自らの操業が脅かされる様々な課題に直面し、ESG・サステナビリティの取り組みは苦慮を強いられる場面が少なくなかった。特に欧州各国がロシアへのエネルギー資源依存を見直したことなどにより、世界的にエネルギー価格が高騰した。その結果、省エネが進展し、また再エネへのエネルギー転換をはかる企業が急増した1年でもあった。興味深いのはロシア・ウクライナ問題を受けて、欧米各国を中心に化石燃料利用を一時的であっても増加させるという議論が行われたにも関わらず、多くの企業が脱炭素の取り組みの手を緩めるよりも一層強化する姿勢を見せたことである。毎年世界の競争力ランキングを発表することで知られる国際経営研究所(International Institute for Management Development、IMD)が2023年1月に公表した記事では、グローバル企業の多くが政府の対応を待つよりも自らのサステナビリティに関する説明責任を積極的に果たすことを重視していると指摘した。 足元のサステナビリティの動きに目を向けても、気候変動以外に自然資本や人権など様々な分野でルールや規制が国際的、地域別に刻々と進化している。また対応範囲がサプライチェーン全体に及ぶことも当たり前になりつつある。国内市場のみを相手にしてきた企業であっても、サプライチェーン上の他の国・地域の事情を考慮した対応を講じる必要が出てきた。しかもサステナビリティの各課題が持つ意味合いは、地域、ステークホルダー、そして時間軸によって多様化し続けており、それゆえに対応策も複数かつ同時並行的に必要とされるケースが少なくない。 今やサステナビリティは企業戦略を考える上で避けては通れない、最優先事項になりつつあると言われる一方で、やってもやっても対応が追いつかないと感じるというのが、多くのサステナビリティ担当者の本音ではないだろうか。IMDは同じ記事において、企業が様々なルールや規制に個別に対応し続けるのではなく、サステナビリティを起点にビジネスプロセスそのものの変革を推進する必要性を訴えている。とはいうものの、担当者の声を代弁するなら「言うは易し、考えるのも行動するのも非常に難し」だろう。 変革を今すぐ起こすのは確かに難しい。ただし変革が必要か否か、どんな変革であるべきかを考え続けることは可能だ。そのために必要なのはサステナビリティ関連の規制やルールメイクに関する情報を常時ウォッチするだけでなく、それらの情報をマクロ経済状況、技術開発動向、人々の価値観や消費行動といった他の情報と組み合わせ、この先5〜15年程のあいだで、自社を取り巻くステークホルダーに起こりうる変化を「見立てる」ことだろう。 ここで言う「見立て」とは、まずは起こりうる将来変化を複数パターン想定し、パターン別に自社の対応案を考えることだ。文字にするとこれも複雑で難しいように見えるが、最近ESGの議論で取り上げられることの多い「ダブルマテリアリティ(ESG課題が企業に与える影響と、企業が社会やステークホルダーに与える影響の双方向から特定するマテリアリティ)」や「ダイナミック・マテリアリティ(環境や社会変化の状況に応じて変化するマテリアリティ)」の見方と根底で共通点がある。つまり変化を想定する際には、企業単独の視点で考えるのではなく、企業と環境、社会の各々に生じる変化が相互に影響しあうことを前提にする必要があるという点、かつ世の中の価値観やルールなど時間とともに変化することを織り込む必要があるという点である。