コンサルティングサービス
経営コラム
経済・政策レポート
会社情報

経営コラム

オピニオン

EBPMサイクル確立に向けたデジタル化の視点

2023年03月14日 岩崎海


日本のEBPMの経緯と現状
 EBPM(Evidence Based Policy Making エビデンスに基づく政策立案)は、「経済財政運営と改革の基本方針2022」(骨太方針2022)において、繰り返し述べられている重点的な取り組みである。これまでのEBPMに関する政府の対応を振り返ってみると、骨太の方針2013における「重点課題に係る政策について、PDCA の徹底(総合的な観点からの評価を重視)、エビデンスに基づく政策評価を確立する」などの流れを受けて、2016年に経済財政諮問会議が取りまとめた「統計改革の基本方針」で「経済統計は、(中略)我が国経済構造の正確な把握を通じて『証拠に基づく政策立案(EBPM)』を支える基礎」とされた。骨太の方針には2017年に初めて「EBPM」という言葉が記載された。

 我が国のEBPMに関する政策動向は、2013年から見てみると10年ほど経過したことになるが、EBPMの導入、普及の現状はどのようになっているのであろうか。政府全体でEBPMを推進する体制として開催されているEBPM推進委員会(以下、委員会)によると、EBPMの取組の位置づけは「EBPMは、それ自体が目的ではなく、一連の政策プロセス(政策の立案・評価・見直し)で実践されることにより、より良い政策形成や国民に対するアカウンタビリティの向上といった目的を実現するためのツールであり、一連の政策プロセスにおいてEBPMの基本的な考え方による取組が自然と行われるような将来像を目指していくべき」(※1) とされている。一方、取組に対する各府省から聞かれる意見として、「ロジックモデル作成が目的化しており、ロジックモデル作成に拘泥しているように感じる」や「各府省担当者が負担感・やらされ感を感じている」という声がある(※1) 。また、政策評価法に基づく政策の検証に関する作業が重複することで、官僚のモチベーションが低下する可能性を指摘する識者もいる。政策プロセスの構築が途上でありEBPMの重要性を認識できていなかったり、あるいは、EBPM実践のためのロジックモデルの有用性が政策担当者に浸透していなかったりする現状がうかがえる。

 こうした現状に対して、委員会は、「行政の『無謬性神話』から脱却し、(中略)『政府全体におけるEBPMの取組を実践していく必要がある』と述べている(※2) 。具体的には、希望する府省庁に専門家を派遣することでサポートする「EBPM補佐官派遣制度(仮称)」やEBPMの基本的な考え方などを普及する簡潔なガイドとなる「EBPMガイドブック」作成の取り組みがある。こうした打ち手の有効性は今後検証されていくことになると考えるが、現場の負担感が大きいという課題に対しては、より実践的な次のような打ち手を提案したい。

日本の現状を踏まえた方向性の提案
 統計改革推進会議最終取りまとめにおいて、「政策課題の把握、政策効果の予測・測定・評価による政策の改善と統計等データの整備・改善が有機的に連動するサイクル(EBPMサイクル)を構築することが必要」と述べられているように、政策プロセスを整理し政策担当者が活動しやすくしていくことが、まず必要である。すでに委員会は「政策を機動的で柔軟に立案・修正できる政策サイクル(PDCA)の確立」(※3) をうたい、EBPMガイドブックという基本解説書を策定している。この基本解説書は、政策担当者にとってEBPMに取り掛かりやすい形で触れてもらうことを意図していると解せる。その一方で、政策の検証に関する作業が重複していると識者が指摘しているように、我が国の政策プロセスの全体を理論的に整理する必要があるものと考える。その際、EBPMや政策評価の先行事例である英国のグリーン・ブックやマゼンタ・ブック(※4)などが参考になるものと考える。

 さらに、近年のクラウド、データベース、アルゴリズムの進化といったデジタルテクノロジーの活用が考えられる。ロジックモデルはあくまでもツールであるにも関わらず、その作成自体が目的化してしまったり、負担感だけが重くなっていたりするようでは、EBPMサイクルが機能することは望めない。これに対して、自動的にロジックモデル仮案を作成できるシステムが構築されれば、EBPMサイクルをサポートできる可能性は高い。

 このシステムは、任意の単語を入力し、公開情報から論文などを抽出しその信頼性の高さや関連する単語のロジックの繋がりを重みづけして、自動的にロジックモデルが作成されるものである。また、設定すべき評価指標の候補を抽出できる機能を設定し、設定した評価指標が測定されることで自動的に評価できる箇所が可視化される。さらに、関連した各地域の政策も抽出される機能を設定することで、政策課題の把握を補完するだけでなく、政策の改善の際の参考事例も見つけやすくなる。こうすることで、政策担当者の負担感が軽減されるだけでなく、想定していなかったロジックが抽出できることも期待される。政策効果の予測可能性を高めることにも貢献するものになるだろう。もっとも、アウトプットの信頼性と責任を担保するのは、作成後の人による検証と議論であることは忘れてはならない。

(※1) 首相官邸 EBPM推進委員会「EBPM課題検討ワーキンググループ取りまとめ」 2023.2.24参照
(※2) デジタル庁 EBPM推進委員会「今後のEBPM推進の進め方等について」 2023.2.28参照
(※3) デジタル庁 EBPM推進委員会「アジャイル型政策形成・評価の在り方に関するワーキンググループ 提言」
2023.2.28参照
(※4) 「EBPM エビデンスに基づく政策形成の導入と実践」P153-154日本経済新聞出版(大竹文雄、内山融、小林庸平)によると、「英国では、政策評価のあり方や実施方法について財務省による複数のガイドブックが示されており、各府省はこれに基づき政策評価を実施することになっている。これらのガイドブックの中でも中心となっているのがグリーン・ブック」であり、グリーン・ブックを「補完する形で複数のガイダンスが財務省によって策定されている。マゼンタ・ブックは主に事後評価の具体的な手法(中略)がまとめられている。」


※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
経営コラム
経営コラム一覧
オピニオン
日本総研ニュースレター
先端技術リサーチ
カテゴリー別

業務別

産業別


YouTube

レポートに関する
お問い合わせ