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デジタル地域通貨の課題と持続可能な仕組みの考察

2023年02月27日 平川翔一朗、渡部稜


 2000年ごろから地域活性化のために発行が開始された地域通貨が、「デジタル」という形で再度注目されている。地域経済や地域コミュニティの活性化を目的としてさまざまな地域で導入・検証されているデジタル地域通貨だが、地域内で広く普及し「成功」と考えられるのはほんの一握りであり、多くは持続可能な仕組みではないと筆者らは考えている。本稿では、なぜデジタル地域通貨を持続可能なものにすることが難しいか、また課題に対してどのような方策が取り得るかを考察する。

1.デジタル地域通貨の概要
 デジタル地域通貨にはさまざまな定義が存在するが、一言で言えば「特定の地域でのみ利用することができる、独自の決済手段」のことである。都心などに集中しがちな資金を特定の地域内で流通させることで、地域経済の活性化をはかることを目的に多くの地域で活用しようと導入・検討されている。
 2000年代前半には紙媒体で発行された地域通貨がブームとなり、多くの自治体でその活用が推進された。しかし、紙媒体で発行されるがゆえに、大きな管理・維持コストがかかるほか、不正利用等の問題もあり、持続的な活用にはつながらない場合がほとんどであった。
 しかし、近年の目覚ましい技術発展に伴い、デジタルを活用することで、管理・維持コストの低減や不正利用の防止が可能となった。その結果、デジタル地域通貨は地域活性化につながる施策として再度注目を集めている。さらに、前述のコスト低減や不正防止の観点から、従来は紙中心で発行されてきた自治体が発行するプレミアム付商品券(地域の需要喚起等を目的として、一定のプレミアム率が付与された商品券)の代替として、デジタル地域通貨の活用が進められている側面もある。
 実際のユーザーの利用方法は、paypayやLINE Payに代表されるいわゆるQRコード決済アプリとほぼ同様のものが多い。ユーザーはスマートフォンに専用アプリをインストールして、地域金融機関の窓口や専用のチャージ機、コンビニのATMなどからチャージしたデジタル地域通貨を利用する。決済の際は加盟店が提示するQRコードをユーザーがアプリで読み取り、金額を入力してデジタル地域通貨で支払う。

2.デジタル地域通貨の現状と課題

地域通貨のメリット
 デジタル技術によってより実現しやすくなった地域通貨のメリットは主に以下の2つが挙げられる。
(1)地域経済の活性化
(2)地域コミュニティの活性化

(1)地域経済の活性化
 地域通貨は、使用できる範囲や用途が限定される形で提供される。そのため、資金が地域外へ流出せず、地域経済内で循環することにより、地域経済の活性を促すことが可能となる。

(2)地域コミュニティの活性化
 また、地域通貨の普及は地域経済の活性化のみならず、地域コミュニティ機能の維持・活性化をもたらす。例えば市民のボランティア活動など地域活動へのインセンティブとして地域通貨を活用することで、市民が地域コミュニティにより積極的に関与するという事例がある。このような地域通貨による市民の行動変容の促進によって、地域コミュニティの活性化が期待される。

デジタル地域通貨の現状
 前述のメリットを享受すべく、現在に至るまでさまざまな地域でデジタル地域通貨が誕生してきた。上述のとおり、デジタル地域通貨は実際の利用方法はpaypay等の大手QRコード決済アプリと同様のものが多い。デジタル地域通貨は地域通貨であるがゆえに使用できる範囲や用途が限定されるため、単なる決済手段としては大手QRコード決済アプリと比べるとユーザーにとっての利便性の面で劣る。そのため、地域の災害情報を受信できる機能や地域の自治体の行政ポイントと連携する機能などユニークな機能を専用のアプリに搭載し、大手QRコード決済アプリと差別化を図っているデジタル地域通貨も多く見られる。
 このようにデジタル地域通貨はさまざまな工夫を凝らした上でリリースされているが、残念ながら「成功」と言われる活用事例は一握りであり、利用が進まず、休止や廃止になってしまうものもある。図1に示す通り、デジタル地域通貨を含む「地域通貨」という括りで、稼働数の推移を見てみると2005年に300を超えるほど存在した地域通貨は年々減少しており、現在では200を割り込んでいる。


(出所:泉[2021](※1)をもとに日本総研作成)


デジタル地域通貨の課題
 デジタル地域通貨の多くが工夫を凝らしたものであるにも関わらず、利用が進まず休止や廃止となり持続しないことがある理由はその収益性の課題にある。要するに事業継続のための最低減の儲けすら難しく、続けられないのだ。
 デジタル地域通貨は加盟店から徴収する決済取引時の手数料が主な収益源である。アプリ上の広告表示による広告収入などもあるが、やはり手数料収入が大きい。取引数の増加が収益拡大につながるが、先述のとおりデジタル地域通貨は使用できる範囲や用途が限定される形で提供されるため限界がある。無論、収益拡大に限界があったとしてもサービス提供のコストを押さえれば利益を生み、事業は継続できる。しかし、デジタル地域通貨の成功例として各種メディアに取り上げられ、地域において広く普及している(※2)「さるぼぼコイン」であっても、担当者曰く「(リリースから)3 年間でトントンになった」(※3)という状態であり、収益面の課題を克服しデジタル地域通貨を持続可能なものとすることの難しさが伺える。

3.デジタル地域通貨を成功させるための3つの提案
 では、デジタル地域通貨を成功させ、地域経済や地域コミュニティの活性化を実現するためには、具体的にどのようにすればよいのだろうか。前述のデジタル地域通貨の課題を克服し、より持続的な仕組みをつくる方法として、例えば以下3つがある。

(1)デジタル地域通貨を地域住民が利用したくなる動機付けをする
 paypay等のQRコード決済事業者における、利用促進施策の1つに「ポイントキャッシュバック」がある。「ポイントキャッシュバック」とは、決済金額のうち一定の割合をポイントとしてキャッシュバックし、次回以降の決済で利用できる、とするキャンペーンのことだ。確かにこういったキャッシュバックは利用者に対して金銭的インセンティブという明確なメリットを提示することで利用を促す効果がある。しかし、デジタル地域通貨においては、予算の制約があり、大規模自治体を除いてはこのような施策を取ることが難しい場合も多い。
 筆者らは、デジタル地域通貨を普及させる方策として、大手決済事業者と類似の施策を用いて真正面から戦うのではなく、地域ならではのインセンティブを提供することで、明確な差別化をすべきではないかと考える。以下に具体例を示す。
 具体例の1つとして、「デジタル地域通貨で得られた収益の使い道の意思決定に関与できる」というインセンティブを付与することが考えられる。デジタル地域通貨は、その地域の活性化を目的として発行されているため、利用者も程度に差こそあれ、「地域活性化に貢献したい」と考える人が多いと想定される。そこで、よりその地域活性化に貢献していることを可視化するために、デジタル地域通貨の収益の使い道を投票形式(選択肢は自治体側で用意する形でよい)で決定することとし、一定額以上決済するたびに、1票を投じることができる仕組みとする。このような形で、デジタル地域通貨を使うことに独自のインセンティブを付与し、「地域活性化に自分も関与している」という当事者意識を与えることで、大手決済事業者では実現できない独自の動機付けが可能になるのではないか。

(2)デジタル地域通貨を地域のスーパーアプリの1機能として位置付ける
 先に述べたデジタル地域通貨の収益性の課題については、デジタル地域通貨をそれ単体の事業としてみなすからこそ発生する課題である。筆者らは、デジタル地域通貨を、地域のスーパーアプリの1機能として位置付けることで、過度にデジタル地域通貨の収益性の追求をやめることも、1つの方法ではないかと考える。
 地域のスーパーアプリとは、地域限定で複数のサービスを利用することができるアプリのことで、香川県高松市が約20機能の機能を搭載したアプリをリリースする(※4)など、いくつかの地域で既に運用が始まっている。
 このようなスーパーアプリは、収益性といった定量的な効果だけではなく、地域住民に与える利便性といった定性的な効果も見据えた取り組みであると考えられる。例えば、先に述べた高松市の事例では、スーパーアプリ内で歩数や食事内容などを記録する健康管理機能や、月額制で加盟する飲食店でサービスが受けられるサブスクリプションサービス等を、スーパーアプリ内機能として展開される予定となっている(※5)
 こういった地域のスーパーアプリの決済機能としてデジタル地域通貨を位置づけることで、デジタル地域通貨単体の収益性を追い求めるのをやめ、地域住民へ与えるさまざまなメリットを踏まえた総合的な投資対象としてデジタル地域通貨を捉えるべきではないか。

(3)デジタル地域通貨を活用した人材不足問題の解決
 今後、日本の人口は減少の一途をたどると予想されており、それにより各地域の人材不足が深刻化することが予想される。その問題は当然、各自治体の運営にも多大な影響を与え、人材不足により行政サービスの運営が困難になる可能性もある。
 このような人材不足問題の1つの解決策として、筆者らは「地域住民の力を借りた行政サービスの運営」という方法があると考える。
 例えば、役所の窓口への案内サービスを、地域住民にボランティアとして補助してもらい、その謝礼としてデジタル地域通貨を提供するのである。デジタル地域通貨を活用して地域住民へ「働く場所」を提供しながら、必要な行政サービスを展開していくことが可能となる。
 また、こういった取り組みの副次効果として、地域コミュニティの活性化も促せるのではないかと考えている。例えば先に述べた例のように、地域住民が役所の窓口への案内サービスを実施した場合、そのサービスを提供する地域住民と、そのサービスを享受する地域住民との間で自然とコミュニケーションが発生する。その中で、例えば地域の催し事等の情報が共有される、困りごとに対して地域が提供するサービスを紹介する、といったことも起こりうる。このように、地域住民がサービス提供側に回ることで、サービス提供を通じて地域住民同士のコミュニケーションが活発化し、それがひいては地域コミュニティの醸成・活性化に寄与するのではないか。

4.終わりに
 本稿では、デジタル地域通貨の現状・課題を整理するとともに、それらの課題の解決の方法を考察した。
 今後、デジタル地域通貨に関するさまざまな取り組みがなされることだろう。本稿で紹介したデジタル地域通貨の現状・課題や考察から得られる示唆が、今後のデジタル地域通貨の取り組みにおいて参考となれば幸いである。

(※1) 泉留維(2021)「日本における地域通貨の現状と課題 : 近年の新潮流を踏まえて」『個人金融 = Quarterly of personal finance / ゆうちょ財団編 15 (4) 』, p42-50
(※2) 飛騨信用組合の広報誌「ひだしんふれあい通信 vol.129」によると、さるぼぼコインは2021 年 2月にはユーザー数が2万人を突破しており 、飛騨・高山地域の人口(約12万人)を踏まえると一定程度浸透していることがわかる。
(※3) Withnews、2021年6月12日「Amazonに対抗?驚異の地域通貨「さるぼぼコイン」の次なる野望は2023年1月18日参照(同記事における飛騨信用組合・古里圭史氏の発言を参照)
(※4) 日本経済新聞 2022年10月13日 「イオン系、高松で地域通貨アプリ 歩いてポイント獲得より、2023年1月18日参照
(※5) 日本経済新聞2022年4月26日「公的給付をアプリで 高松市、サイテックアイとより、2023年1月18日参照

※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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