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オーナー企業におけるパーパス経営の実践

2023年02月14日 岡田昌大


1.はじめに
 近年、企業の存在意義を示すパーパスに関心が高まっている。当社も2021年に「次世代起点でありたい未来をつくる。傾聴と対話で、多様な個をつむぎ、共にあらたな価値をつむいでいく。」というパーパスを策定し、社内外との対話や情報発信を行っている(※1)。筆者もパーパスに強く共感すると同時に、クライアントである企業の経営者から「自社のパーパスを策定したい、再定義したい」と相談される機会が増えたのを実感している。
 なかでもオーナー企業の二代目以降の社長がパーパスに期待することは、創業者である両親・祖父母から承継した会社の歴史や伝統、大切にしてきた価値観を分かりやすい言葉で表現し、社員を始めとするステークホルダーへ正確に伝えることである。もちろん時代の変化に応じて変えるべき点は変えていく必要はあるが、自社のアイデンティティとして絶対に変えてはいけないことを自分の代で改めて言語化したい、単に承継した会社を守るだけでなく、持続的に繁栄させることを目指す長期的経営の基礎としたいという要望が強かった。
 そこで本稿では、二代目以降の社長が率いるオーナー企業におけるパーパスの策定と、策定後の社員への認知と共感・理解、そして行動・評価へ移す具体的な流れを「オーナー企業におけるパーパス経営の実践」と題し、筆者の経験をもとに紹介したい(図1)。



2.パーパスの策定
 パーパスの策定にあたっては、まず社内にプロジェクトチームを組成する。オーナー企業とは言え、創業者(ファウンダー)ではなく二代目以降の場合、社長が「自社のパーパスはこれ」と提示するよりも、社員から選抜したメンバー(100名の会社であれば2~3名、200名の会社なら5~6名)や筆者のようなコンサルタントをプロジェクトチームの一員として参画させるのがよい。これはいわゆる属人的な経営から組織による経営に移行する点でも重要であるし、パーパスを策定した後に自社の行動を変えていくには、パーパスを浸透させる際にキーパーソンとなる社員を早い段階から巻き込むことが必要だからである。



 チームの組成が完了したら、プロジェクトチームは社史と伝統を振り返ることに着手する。既にまとまった書類があれば目を通すのもよいが、創業者・創業家に直接インタビューすることが最も効果的である。なぜ会社を興したのか、会社の成り立ちや創業期に苦労したこと、そんな状況でも続けることができた理由、転機となった出来事、未来に向けて期待したいこと等、多くの質問を投げかける。この時、インタビュアーは一つひとつの質問に対して「その時、何を考えていたのか?」「なぜそのような行動をしたのか?」というように何度も深掘りの問いかけを行うことで、自社の歴史・伝統を表す言葉を見いだし、それらを体系的にまとめていく。
 歴史・伝統を表す言葉をさらに磨き上げるなら、長年の顧客やサプライヤーといったステークホルダーに対してインタビューを行うことも効果的である。「自社がどう見られているのか」「どこに価値を感じてくれているのか」「今後どういう存在になってほしいのか」という問いを投げかけ、ステークホルダーからの期待を率直に答えてもらう。
パーパスは自社がこうなりたいという目線に加えて、社会からの期待に応える側面も強いため、ステークホルダーの声に耳を傾けることは重要である。

 次に、創業から現在までの社会変化について棚卸しを行う。狙いは過去の社会変化が自社にどのような影響を与えたかを理解することと、現在の社会変化のうち今後大きな影響を及ぼしそうな内容を特定することである。
 筆者が関わった1970年代に創業した日用品を扱う企業(A社)を例にすると、当時の日本は高い経済成長を実現し、各世帯は、サラリーマンの父親、専業主婦の母親、子ども2人という核家族モデルが出来上がり、一億総中流という言葉が生まれた時期であった。そのため創業期は専業主婦の母親を顧客ターゲットとして商品開発を行っていた。
 しかし時代が進むにつれて夫婦共働きが当たり前となり、独身世帯が増えることで家族の在り方が多様化した。これは特に2000年代以降に顕著となり、日本の総人口も2008年をピークに減少に転じた。それ以降、A社は多様化する顧客ニーズに合わせた商品開発を推進するとともに、海外展開やネット販売に注力することに活路を見いだしている。
 このように過去を振り返ると、長い歴史を持つ会社はさまざまな社会変化に直面するなかで創意工夫しながら困難を乗り越えてきたことに気づく。ここから現在に目を移し、今起きている社会変化を整理した後、今後は特にどの変化が自社に影響を及ぼすのか。また顧客のニーズはどう変化するのかについて対話を重ねながらまとめ上げることで社会変化に対する認識合わせを行う。

 ここまでの検討をもとに、社史・伝統と、創業から現在までの社会変化を組み合わせて、パーパスを言語化する。「企業は社会の公器」という言葉があるように、企業は社会で求められることに取り組むことで存続できる。こうした共通認識を持ち、社長とプロジェクトメンバーで率直かつ粘り強い対話を何度も重ねることで導き出した言葉がパーパスとなる。
 ここでのポイントは結論を出すことを急がず、時間をかけてでも納得できる言葉を見いだすことである。筆者の経験だと、パーパスを言語化するために各回3時間のワークショップを少なくとも3回は実施している。
 パーパスが出来上がれば、付加する形で「パーパスを実践する企業の社員に期待される行動は何か?」という問いから、パーパスに基づく行動指針(以下、行動指針)を策定する。最後にプロジェクトメンバーとして「なぜパーパスと行動指針をこの言葉にしたのか」という想いを一人ひとりの経験を振り返りながら物語形式にまとめることで、社員に説明して共感・理解を得るための準備を整えていく。

3.パーパスの浸透
 パーパスが策定できれば、社員を始めとするステークホルダーに浸透させていく段階に移行する。ここでは「認知」「共感・理解」「行動」「評価」という順で社員に伝えていくプロセスを述べる。



 始めにパーパスを「認知」してもらうため、パーパス説明会を開催する。ここでは社長が自ら登壇し、全社員に向けて、パーパスを策定するに至った背景と目的、実際にプロジェクトチームで検討したプロセス、そこから導き出したパーパスを説明する。オーナー企業の場合、創業家の存在自体がパーパスを体現している面も大きいため、社長自ら話すことが重要になる。

 次に言いっ放しで終わらせず、社員の「共感・理解」を得るため、パーパス対話セッションを開催する。ここでのパーパス対話セッションとは、社長が登壇したパーパス説明会を受けて、プロジェクトメンバーが主体となって社員と対話を行うものである。社員にとって話しやすい雰囲気をつくるため、1回の対話セッションへの参加者は少人数に限定する。社員にはパーパスを見て感じたこと、自身の経験と結び付けて考えたことを自分の言葉で自由に語ってもらう。プロジェクトメンバーはそれらを一度受け止めて、自身がパーパス策定に関わるなかで得たことを丁寧に伝え、社員と双方向の対話を通じてパーパスと行動指針への共感と理解を深めてもらう。
 これを社員全員が参加するまで続けることは当然時間がかかる。1回あたり5人の社員が参加するとすれば、パーパス対話セッションは100名の会社なら20回、200名の会社なら40回開催することになる。しかし多くの社員から「共感・理解」を得るためには必要な時間と労力と捉えるべきである。

 ここまで進めば、いよいよパーパスを起点とした「行動」に移る。まずは社長を始め経営陣が率先して行動を示すため、パーパスを年度方針に取り入れ、戦略を見直す。管理職は部門方針や部下の育成・マネジメントを考え直す。この時、管理職全体で基本的な考え方をそろえるためにワークショップを開催することもある。
 またプロジェクトメンバーは、パーパスに基づく行動指針を起点に社員に期待する具体的な内容を詳細化し、人事評価の一部として導入する。いわゆる目標管理と行動評価による人事制度を導入している会社では、目標管理の項目の一つにパーパスに資する自身の目標を設定し、行動評価の項目にパーパスに基づく行動指針を反映させることが多い。

 最後にパーパスに即した行動を実践し、秀でた成果を挙げた社員を「評価」する。これは単に高い営業成績を上げた人材を表彰するのではなく、パーパスと行動指針に共感し、実際に行動に移した結果、高い成果を生み出したプロセスを称賛することが重要になる。
 もちろん表彰される社員は人事評価も当然高くなるはずである。ここまで体系的に整理することでパーパスという概念から人事制度の仕組みまで整合が取れる状態となり、社員にとってどう頑張ればよいのかが明確になるため、仕事に対するモチベーションとエンゲージメントの向上が期待できるのである。

 なおここまで述べた社内での浸透活動と並行して、公式ホームページや名刺への掲載、パーパスを想起させる動画・ポスターの作成、採用説明会での紹介といった対外的な発信を組み合わせることも可能な限り実践したい。対外的な発信は当然社員も目にするため、パーパスに対する本気度がより伝わりやすくなるからである。

4.まとめ
 ここまで二代目以降の社長が率いるオーナー企業に対するパーパス策定・浸透のあり方をまとめてきた。何度も対話を重ねることで導き出したパーパスは、突き詰めると過度に着飾らない「当たり前」な言葉になることが多い。
 しかしそれがこの取り組み自体の価値を下げることはない。むしろ「当たり前」なことを常日頃から高い水準で実践し続けることの重要性に気づくことに意義がある。そういう会社であったから今までも社会から認められて存続することができたし、今後も長く繁栄していくためにそう在り続けることの大切さを実感することこそが大事なのである。
 またパーパスを策定して浸透させるまでの一連の取り組みを通じて、社長と社員が対話する機会と時間が増えることで、現場で起こっていることが社長の耳にもタイムリーに入ってくるようになったというエピソードも聞く。こうした副次的な効果も含めると、自社のパーパスを考える意味合いも見えてくるのではないだろうか。

(※1) 日本総合研究所「JRI STORIES 傾聴と対話で未来をつくる

【参考文献】
Hubert Joly with Caroline Lambert(2021)The Heart of Business Leadership Principles for the Next Era of Capitalism(樋口武志訳『THE HEART OF BUSINESS-「人とパーパス」を本気で大切にする新時代のリーダーシップ』英治出版, 2022年
以上

※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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