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「X」という文字の重み

2023年02月14日 足達英一郎


 世の中、「X」ブームの観がある。「DX=デジタル・トランスフォーメーション(Digital Transformation)」「GX=グリーン・トランスフォーメーション(Green Transformation)」「LX=ローカル・トランスフォーメーション(Local Transformation)」「BX=ビジネス・トランスフォーメーション(Business Transformation)」などにつづいて、「SX=サステナビリティ・トランスフォーメーション(Sustainability Transformation)」という用語も登場した。これは、「社会のサステナビリティと企業のサステナビリティを同期化させ、そのために必要な経営・事業変革を行い、長期的かつ持続的な企業価値向上を図っていくための取組」を指すのだという。

 トランスフォーメーションに「X」の文字を当てる起源は、「TransformationのTransには交差するというニュアンスがあり、交差を1文字で象徴する符号としてXが用いられる」と説明されることが一般的だ。ただ、英語圏の人から興味深い説明を聞いたことがある。「Transには『〇〇を超える』という含意があり、『AからBへ、すっかり姿かたちが変わる』のがTransformationだ」というのだ。このとき、日本語として「変容」という言葉が頭に浮かんだ。さらに「Change(変化)よりも、Metamorphism(変成作用)やMetamorphosis(変態)に近い」と説明を聞いて合点がいった。例えば、今日は比較的温かいというような気温変化のニュアンスではなく、地下の堆積物が異なる鉱物組成になったり、毛虫が蝶になるようなことをイメージすべきなのだ。

 こう考えると、日本国内の「X」ブームは、皮肉な現象でもある。バブル崩壊からの失われた30年は、「変革」が何度も叫ばれながら、わが国が姿かたちを変えることができなかった30年だった。その責は政治家、官僚、経営者だけが負うべきとはいえない。根本的な価値観の転換、体制や権力の移行、過去からの非連続な断絶ということへの違和感が強く、「劇的に変わることは、チャンスよりもリスク」と捉えてしまう心理がひとりひとりのなかにある。

 「X」の文字が多用されながらも、「変革」が生まれず、「改善」だけで「変容」に辿り着けないのだとしたら、逆効果さえ生まれかねない。「今すぐできることをやる」「今できることをやっていく」「現実的対応の世論形成」「対策の遅れている人を批判するのではなく、最大限の努力を尽くしていることを理解する必要がある」。例えば、これらは2050年のカーボンニュートラルに向けた取組に関する日本企業の経営トップの発言である。これが、GXという旗印のもとに発せられるとき、海外投資家などから「日本はどの方向に向かっているのか、よく分からない」という反応が生まれるのは無理からぬことかもしれない。

 とりわけ、政府が「X」の文字を使って政策を推進するときには、慎重さを要しよう。「海外投資家の日本株に対する評価を高め、日本への投資を呼び込む」といった目的が掲げられることが多いが、逆に、日本社会や日本企業の変われない実態を浮き彫りにしてしまう惧れも否めないからである。「X」という文字を使うのであれば、少なくとも、これまでの何かを否定する必要があり、何かを否定できないのだとしたら、「わが国は固有の価値観を継承し、昨日からの連続で明日を創っていく」と宣言したほうが良い。「X」には、それだけの重みがあると心得て、この文字を使いたい。

※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。

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