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技術発展が進む量子コンピュータに対して企業はどのように関わるべきか

2022年12月01日 通信メディア・ハイテク戦略グループ 大迫拓矢


要旨
●量子コンピュータは従来のコンピュータ(以下、古典コンピュータ)の性能をはるかに上回る未来のコンピュータとして世界中から注目を集めており、近年では企業が量子コンピュータを手軽に扱える環境が整備されつつある。
●量子コンピュータは、活用できるアプリケーションが限定的であることが、社会実装に向けた課題として指摘されている。利用するハードルが低下している今だからこそ、実践を通して自社事業への活用を検討し、新たなアプリケーションの創出を目指すべきである。そのための第一歩として、量子ソフトウェア企業との協業、つまり企業が量子コンピュータのエコシステムとの関わりを持つことを提案する。


はじめに
 量子コンピュータは古典コンピュータに置き換わる未来のコンピュータとして期待されるテクノロジーである。古典コンピュータでは計算できない問題を量子コンピュータで実現する「量子超越」を2019年に米googleが初めて達成した(※1)ことを受けて、量子コンピュータの実用化が徐々に現実味を帯びつつある。同年には米IBMが商用版量子コンピュータを発表(※2)し、さらに2021年には、同社による日本企業向けの量子コンピュータが神奈川県川崎市で稼働を開始(※3)するなど、一般企業が量子コンピュータを活用できる環境の整備が始まっている。本稿では、量子コンピュータを取り巻く環境を整理した上で、その中でも量子ソフトウェアに焦点を当て、量子コンピュータの事業活用がすでに検討されている企業(主に金融・保険・製薬・材料・交通・広告等の業界を想定)や、将来的な技術革新によりその事業活用が期待されるその他の企業が今後どのように関わっていくべきかについても解説する。

量子コンピュータの特徴と活用に向けた課題
 従来のコンピュータは電流のオンとオフをそれぞれ「1」と「0」に対応させることで、汎用的な処理・計算を実現している。一方で、量子コンピュータは超電導素子や電子の状態を「1」と「0」に対応させることで量子力学特有の性質を活用することが可能である。特に「1」と「0」の状態を同時にとる重ね合わせ状態をうまく活用することで、一部の計算を極めて効率的に行うことができる。
 量子コンピュータは、「重ね合わせ状態をうまく活用する」ことで価値を発揮する技術であり、従って、量子コンピュータが活用される処理・計算は重ね合わせ状態によるメリットが見込める場合に限定されてしまう。具体的には、量子コンピュータは計算原理からゲート型・アニーリング型と大きく2つに分かれ、ゲート型は10数種のアルゴリズムにおいてのみ量子コンピュータが古典コンピュータに対して優位性を持ち、アニーリング型は対象となる計算が特定のモデル(イジングモデル(※4))に置き換えられる場合のみ活用される。
 加えて、量子コンピュータは未だ、研究開発段階の技術であることから、活用される処理・計算に対する技術的な制約もある。量子コンピュータで扱えるビット数はゲート型で数十、アニーリング型で数千程度であり、コンピュータとしての性能が十分でない。また、ゲート型では処理の一部でエラーが起きても訂正が可能な誤り耐性技術が実現されておらず、処理・計算にさらなる制限が課されている。
 量子コンピュータでできる計算・処理が特定パターンに限定されることは対応するアプリケーションの狭さに直結する。現段階での量子コンピュータの有望なアプリケーションは主に「量子化学シミュレーション」・「組み合わせ最適化」・「機械学習への応用」の3分野(※5)であり、これらは金融・保険・製薬・材料・交通・広告などの特定業界での活用に限定される。これらのアプリケーションの狭さは、量子コンピュータの技術発展や将来的に社会に普及する上での大きな課題となっている。

量子コンピュータを活用するハードルの低下
 一方で、米Google・IBMや加D-waveなどの海外企業を中心に、量子コンピュータへの積極的な研究開発が進められており、一定程度の処理・計算が可能なハードウェアが登場している。これらの企業はソフトウェア開発キット(SDK)やクラウド経由でコンピュータにアクセスする環境の整備を進めており、一般企業が量子コンピュータを活用するためのハードルが近年大幅に下がっている。
 加えて、量子ソフトウェアに対しても市場からの関心が高まっている。量子ソフトウェアは一般的に、アルゴリズム・プログラミング言語・コンパイラ・システム制御・誤り訂正符号制御信号により構成され、下図に示すように、ユーザーが実際に実行したい処理・計算を量子ハードウェアで扱える命令に置き換え、得られた結果を出力する役割を担う。現在、国内外で研究開発が積極的に進められており、量子ソフトウェアの市場規模は2027年までにCAGR30%超で成長(※6)すると見込まれる。特に、量子ソフトウェアはハードウェアと比較して、大規模な投資が不要であり、古典コンピュータに関するノウハウを活用可能であることから、日本がグローバルでの技術的優位性を確立するために重要な領域として認識されている。政府の「量子技術イノベーション戦略」の中でも、大阪大学が量子ソフトウェアの研究開発拠点として選ばれ、国の予算も投じながら研究開発が進められている。



量子コンピュータ活用へのファーストステップとして企業ができること
 これまで述べたようにハードウェア/ソフトウェアの両面で、企業が量子コンピュータを事業で活用するための環境が整い始めている。企業は、将来的な量子コンピュータの活用に向けて何をすべきだろうか。
 既に量子コンピュータの活用が検討されている業界(金融・保険・製薬・材料・交通・広告等)では、量子コンピュータの活用が将来的な事業競争力に直結する可能性が高く、業界のリーダー企業は量子コンピュータへの取り組みを加速させている。これらの業界では、業界に属する全ての企業が、単に技術動向をウォッチするだけなく、関連企業との共同研究などを通してより実践的な先行投資を行うべきである。
 また、新たな量子アルゴリズムやモデルへの置き換え手法の開発によりアプリケーションが創出され、これまで述べた以外の業界においても量子コンピュータが活用される可能性がある。これら特定業界以外の企業についても、イノベーションにより既存の用途を超えた新たなアプリケーションが創出される場合に備えて、量子コンピュータのエコシステムとの関わりを持つべきである。自社で多額の投資を行い本格的な研究等を行うことは難しくとも、量子コンピュータのエコシステムに属するプレイヤー(ハードウェア/ソフトウェア開発企業・大学/研究機関等)と何かしらの接点を持っておき、起こり得る技術革新に備えることが重要となる。さらには、将来的に自社の事業の中で量子コンピュータをどのように活用できるかを検討するだけでなく、量子コンピュータ関連の企業が自社の事業内容や課題への理解を深めることで、自社事業に活用できるような新たなアルゴリズム・手法の開発につながることも期待できる。
 企業が量子コンピュータのエコシステムに入り込むファーストステップとしては、量子ソフトウェア企業との協業が有望であろう。量子ソフトウェア企業は制御対象となるハードウェアに関する技術だけでなく、ユーザー企業の課題にも精通しており、企業が量子コンピュータを活用する上での橋渡し的な機能を果たす。国内では大阪大学(ゲート型)や東北大学(アニーリング型)を中心に、複数の量子ソフトウェア関連のベンチャー企業が登場している。
 Qunasysは大阪大学を起点として2018年に設立された企業であり、量子化学計算に特化したソフトウェア開発を行う。JSRや住友電工などとの企業との共同研究も多数実施しており、量子関連メディアの運営や人材育成にも力を入れている。(※7)
 シグマアイは東北大学情報科学研究科の大関教授が2019年に立ち上げた企業であり、量子アニーリング技術を活用し、物流最適化や新材料探索など幅広い領域で企業との共同研究を実施している。加えて、企業向けのサービスプロダクト開発や研究開発コンサルティングも手掛けており、さまざまな企業との協業を通して、新たなアプリケーションの創出を目指している。(※8)

おわりに
 量子コンピュータはハードウェアからソフトウェア領域に至るまで、世界中で研究開発が進められており、私たちの生活を根本から変えるポテンシャルを秘めている。とはいえ、量子コンピュータはいつビジネスに影響を及ぼすレベルのものが実現され、普及していくか、どの計算原理(ゲート型/アニーリング型)・制御対象(超電導素子/電子等)が主流となるかの見通しが立っておらず、不確実性の高いテクノロジーである。ソフトウェア面においても量子コンピュータへの命令を記述するプログラミング言語や量子コンピュータに最適化されたコンパイラの開発、アプリケーション創出のためのアルゴリズム・手法の開発など実用化に向けた課題は大きい。
 しかしながら、不確実性の高い技術だからこそ、量子コンピュータが事業に直接影響を与え得る企業は数十年後の将来を見据え、量子ソフトウェア企業等との協業など、量子コンピュータのエコシステムとの関わりを持ち、いわゆる「知の探索」を行うべきではないだろうか。

(※1) googleが超電導プロセッサSycamoreを用いて量子超越を達成したことに関する記事
Google「プログラム可能な超伝導プロセッサを使用した量子超越性(2019年10月)(参照2022年11月22日)
(※2) IBMの商用版量子コンピュータ「IBM Quantum System One」について
Impress IT Leaders「米IBM、量子コンピュータの商用版「IBM Q System One」を発表(2019年1月)(参照2022年11月22日)
(※3) 日本発のゲート型商用量子コンピュータに関するリリース
日本IBM「東京大学とIBM、日本初のゲート型商用量子コンピューターを始動(2021年7月)(参照2022年11月22日)
(※4) イジングモデル
磁石などの磁性体の性質を議論するための用いられる統計力学上のモデル。格子の各点に配置された電子のスピンが互いの相互作用による系全体のエネルギーを最小化するように特定の向きをとるため、巡回サラリーマン問題など一部の一般的に解くことが困難な数学上の問題に対して、問題をイジングモデルにおけるスピンの向きに置き換えることで量子力学の性質を用いて解くことが可能である。
(※5) 量子コンピュータの活用先に関する解説記事
日経クロステック「最初に量子コンピューターを本格応用するのは「あの業界」、世界の専門家が予測(2019年12月)(参照2022年11月22日)
(※6) 量子コンピュータソフトウェア市場に関するレポート
Report Ocean「世界の量子コンピュータソフトウェア市場は、2027年まで年平均成長率30.4%で成長する見込み(2021年12月)(参照2022年11月22日)
(※7)  Qunasysウェブページ(参照2022年11月22日)
(※8) シグマアイウェブページ(参照2022年11月22日)

※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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