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企業と自然資本 ―生物多様性をめぐる動き―

2022年11月22日 二宮昌恵


 2022年12月に予定されている生物多様性条約第15回締約国会議(COP15)第二部にて、「ポスト2020生物多様性枠組」が採択される見通しだ。生物多様性を中心とした自然資本の回復に向けて、前身の「愛知目標」に変わる具体的な国際目標を設定できるかが焦点となる。愛知目標では、その後の各国の取組が不十分であり、2020年までの目標達成に至らなかった。一方、愛知目標が採択された2010年と比べて、足許では、自然資本の保全を巡る環境は大きく変化している。気候変動への対応を各国が積極的に進める中、気候変動と生物多様性・自然資本は密接に関わることから、その保全に対する重要性も認識されるようになってきた。

 それに伴い、自然資本とビジネスの関係性も変化している。従来、自然資本の保全はビジネスとは切り離されて考えられてきたが、環境許容量を超えた経済活動が自然に及ぼす影響や、それらが翻って経済・ビジネスにもたらすリスクが顕在化する中、生物多様性・自然資本の毀損はビジネスリスクに直結するとの考え方が広まっている。
 世界経済フォーラムのレポート「Global Risks Report2022」は、「気候変動への適応(あるいは対応)の失敗」、「異常気象」といった気候変動リスクに次いで、「生物多様性の喪失」という問題を今後10年の深刻なグローバルリスクの3位に挙げた。
 また、2021年に英国財務省が公表した「生物多様性の経済学:ダスグプタレビュー」では、1992~2014年の間に、人工資本は2倍となった一方で、自然資本は40%減少しているとし、「自然環境の劣化など資産価値の下落を含まないGDPで経済パフォーマンスを判断することは『誤用』である」と、従来の経済的利益の概念の転換に踏み込んでいる。

 この様に、ビジネスや利益の概念と自然資本との相互依存関係が認識されつつある中、自然資本は「余力があればCSRとして守るもの」という「ビジネスの外側にあるもの」としての扱いから、「事業判断に組み込み、積極的に投資するもの」としてビジネスへの統合が求められつつある。
 先のポスト2020枠組のドラフトでは、ビジネスにおける生物多様性の主流化を促す目標(目標15)を盛り込むことが検討されている。この目標は、企業活動が生物多様性に与える影響を評価・報告し、負の影響を半減して正の影響を増加させることを求めている。かかる評価・報告の手法に関しては、企業の事業活動がもたらす自然資本へのリスクと機会の適切な評価・対外報告を目指すTNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース:Task Force for Nature-related Financial Disclosures)が開示フレームワーク作りを進めるなど、民間と連携した取り組みも進んでいる。

 企業サイドからも声が挙がっている。自然破壊からの回復と生態系保護のための包括的アクションを求める国際的な連合体Business for Natureは、各国首脳に向けて、COP15にて自然資本に関するインパクトと依存度の評価及び情報開示等の企業への義務化を要請する「ビジネス声明」を10月に発表した。世界330社以上がすでに署名し、日本からも12社が署名している。

 自然資本とビジネスをめぐる取組はまだ始まったばかりであり、手探りとなる点も多いものの、将来的にどのような対応が求められる可能性があるのだろうか。中長期的に自然資本の要素をビジネスに統合していくために、まずはTNFD等のフレームワークを用いて自然資本と自社事業との相互依存関係を把握することが重要である。
 その上で、金銭的利益のみならず自然資本への負荷も加味した意思決定を行うなど、従来とは異なる価値尺度の導入が必要になるだろう。一例として、世界大手の化学企業である米ダウ・ケミカルは、自然資本の考え方を経営の中に組み込み、事業投資などの意思決定時には必ず自然資本観点での評価を実施するというプロセスを定めている。
 石鹸やヘアケア製品などを販売するスコットランドの企業Faith In Natureは、2022年9月に会社の定款を改正し、「自然」を取締役に任命したと発表した。いわば未成年者の後見人のように、物言わぬ「自然」に代わって意見を述べる存在を選定して取締役に加えるという、世界で初めての試みとなる。また、世界の企業の中では、持続的な原料調達やネイチャーポジティブを通じたカーボンニュートラル達成を見据えて「リジェネラティブ(再生)」な農業などに投資資金を投じる事例も増えつつある。自然資本である生物多様性の要素を事業判断に組み込み、事業の基礎となる資本と位置付けて投資を行うことで、ネイチャーポジティブの達成にも寄与する、このような自然資本ベースのビジネスモデルや経営のあり方を考えていく必要が出てくるだろう。


※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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