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アジア・マンスリー 2022年11月号

急増するマレーシアへの直接投資

2022年10月27日 松本充弘


デジタル化や米中対立などを背景にマレーシアへの直接投資が急増している。しかし、マレーシアでは政情不安が高まっており、近く実施される総選挙などが懸念材料となる。

■脱中国の動きでマレーシアへの投資が急増
ASEANに対する海外からの直接投資が増加している。ASEANは2000年代以降、中国の人件費高騰や労働争議などを背景に、生産拠点を中国からシフトさせる「チャイナプラスワン」の候補地として注目されてきた。2010年代後半からは米中貿易摩擦でその流れが強まり、ASEAN5(インドネシア、マレーシア、フィリピン、タイ、ベトナム)への海外直接投資流入額は2010年代の年間平均で561億ドルと、2000年代の186億ドルから3倍に増加した。2020年は新型コロナの影響で海外からの投資は減少したものの、2021年には再び増加に転じた。この背景には、中国のゼロコロナ政策でサプライチェーンが寸断されるリスクが高まっており、企業による脱中国の動きが強まっていることがある。

ASEANのなかでもマレーシアへの直接投資額が大きく増加している。とりわけ、半導体を中心とした電気・電子部品関連への直接投資が急増している。2021年のマレーシアの製造業外国投資認可額のうち、同分野の投資認可額は全体の8割強を占めており、前年から約11倍へと大幅に増加した。この要因として次の3点が挙げられる。

第1に、世界的なデジタル化の加速である。コロナ禍ではオンラインを通じたコミュニケーションやサービスが世界的に急増した。これにより、通信機器への需要が高まったほか、第5世代移動通信システムやデータセンターといったインフラ整備も急速に進められた。こうした世界需要に対応するため、マレーシアでは、半導体をはじめ幅広い電気・電子部品関連の供給能力が強化された。

第2に、米中対立の激化である。米中対立は当初貿易摩擦が中心となっていたが、2020年以降は軍事分野にも応用できる先端技術に対する輸出や投資の管理に争点がシフトした。特に米国政府は、経済安全保障の観点から重要性が高まる半導体について、サプライチェーンの再構築を加速させており、製造拠点の移転先としてマレーシアが存在感を高めている。マレーシアはペナン地区で半導体企業の集積に成功しており、半導体製造の前工程から後工程に至るまで幅広い工程が整備されていることから、他のASEAN諸国と比べて企業誘致の点で優位性がある。特に後工程のパッケージング・テスティングは世界のなかでもすでに重要な拠点となっている。JETROの「マレーシアの電気・電子産業(2022年)」によれば、企業がマレーシアへ投資を決定する要因として「充実した電気・電子産業のエコシステム」が最も多く挙げられており、マレーシアの産業集積が海外企業からも評価されている。2021年は、インテル(米)による先端半導体工場の拡張・新設や、AT&S(豪)による高性能プリント基板・IC工場の新設など、半導体関連の大型投資の発表が集中した。

第3に、政府の支援である。マレーシア投資開発庁は、同国に進出する外資の製造業に対して税制上の優遇措置を提供している。一定の要件を満たした企業は5年間法定所得の70%が免税となるほか、ハイテク分野などでは10年間の所得税全額免除が認められる場合もある。このほか、マレーシア政府が知的財産権保護に力を入れている点も直接投資が増加する一因と考えられる。米国通商代表部(USTR)が公表する「知的財産に関わるスペシャル301条報告書」では、インドネシアが優先監視国に、タイとベトナムが監視国に指定されているのに対し、マレーシアは監視リストに入っていないことも有利に働いているとみられる。

■不安定な政治情勢と財政リスクに警戒が必要
もっとも、マレーシアの政情不安が好調な直接投資に水を差す可能性がある。

イスマイルサブリ首相が10月10日に議会を解散したことを受けて、総選挙が11月19日に実施されることが発表された。2018年5月にマハティール政権が誕生した後、激しい与党内対立を背景に、2020年2月(ムヒディン政権)、2021年8 月(イスマイルサブリ政権)と短期間で政権が交代している。政権基盤を安定化するためにも、現政権にとって次の総選挙での勝利が非常に重要である。しかし、現首相が所属する統一マレー国民組織(UMNO)が過半数に届くか不透明な情勢にある。総選挙では、五つ以上の与野党勢力が争う構図となる。現在の連立政権を構成する主要政党では、UMNOが今回の選挙戦で、マレーシア統一プリブミ党(PPBM)や全マレーシア・イスラム党(PAS)と協力しない方針を示している。このため、UMNOは選挙後に多数派工作で連立政権を組む可能性があるなど、今後も政治情勢を巡る不透明感は強い。

政府が10月に発表した2023年度予算案は、選挙を意識したものとなった。幅広い層への現金給付や公務員給与の増額、消費税再導入の見送りに加え、中小企業を対象にした減税も実施するなど、個人や中小企業向けの優遇措置が多く盛り込まれた。新型コロナ対策費用を除いた歳出は2022年から+3%増加し、財政赤字はGDP比▲5.5%と高止まりが続く。また、2023年末の政府債務残高はGDP比63%に達する見通しであり、時限措置として2022年末まで引き上げられている法定債務上限の期限は延長される見通しである。選挙後も不安定な政権基盤が続けば、党利党略のための大衆迎合的な政策により財政再建が遅れ、財政リスクが高まる可能性がある。その場合、金融市場の不安定化などを通じて、海外企業によるマレーシアへの投資意欲が削がれる恐れがある。
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