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旅客事業者におけるキャッシュレス決済導入の壁とDX的視点

2022年08月23日 小山一輝


 鉄道やバス等の乗車券として、日本ではPASMOやSuicaといった交通系ICカードがひろく利用されている。交通系ICカードは飲食店や家電量販店等での決済も可能であり、キャッシュレス決済手段としての機能も担っている。 

 しかし、バス事業者が交通系ICカードを導入しようとする際には、いくつかの課題が存在する。
 1点目は必要とされる機能から見たコスト負担感である。バス事業では企画券に代表されるような割引制度等の柔軟さが求められる。他方、鉄道事業のように複雑な相互乗り入れの考慮を必要とせず、鉄道業界を中心に普及している 10カード※1や決済端末が備える機能の全てが必要になるわけではない。また、改札が固定されている鉄道と異なり、バスは移動する車両内で運賃収受が行われる。そのため、車両毎に安定した通信・システム環境を構築・維持する必要があり、別の管理負担が生じる。
 2点目は鉄道業界とのビジネスモデルの違いの反映のしにくさである。鉄道は駅を基点にしたランドマークや沿線開発による不動産収益、総合的な生活サービスを提供するリテールからも収益を確保できるビジネスモデルである。加えて、交通系ICカードが日常の決済手段として普及した現在においては、加盟店手数料もカードを発行する側の鉄道事業者の安定した収益源となる。
 一方でバス事業では、観光客が多い地域を除くと、移動サービスの利用者である住民の利用頻度が上がらなければ収入は拡大しない。バス事業者側には、キャッシュレス決済導入による加盟店手数料がコストとして積算されていく。特に少子高齢化や人口減少が進み、利用者の減少が著しい地方部のバス事業者においては、移動サービスの収入増を前提に新たな設備投資を行うことは難しく、未だに現金しか利用できない地域も存在する理由となっている。
 3点目は旅客事業の公共性からくる完全キャッシュレスへの移行の難しさである。旅客事業者は地域の移動手段という公共性の高い役割を担うため、効率改善をうたうにしても、アクセスできなくなる利用者を発生させるわけにはいかない。具体的には、キャッシュレス決済を利用できない人が存在する限り、何らかの配慮が必要となる。かといって、現金での運賃収受も続ければ、現金管理負担が引き続き残存することとなり、効率化の障壁となる。

 このような状況下で、QRコードやクレジットカードのタッチ決済、MaaSアプリといった、交通系ICカードを導入するよりもコストが安く済む可能性のある手段を導入する選択肢が浮上してきている。導入のための追加負担を上回る売上増、コスト削減に資する複合的かつ新たなサービスの構築が期待されている。
 売上増加に資する切り口としては、マーケティング機能の強化や回遊性の向上が考えられる。支払日や金額、移動履歴等のデジタル化で得られた情報を基に、ルート最適化や近隣店舗のクーポン発行による販促活動等が効果的に行えるようになれば、域内の移動が活性化することが期待できる。
 加えて、企画した商品を即時に電子チケット化できれば、紙の企画券にあった製版・印刷費用の壁や、準備に要する時間の壁を突破して、適切に商品を提供できる可能性がある。
 他にも、クレジットカードのような日頃から外国人旅行者が利用している決済手段をバス乗車時に利用できるようにすれば、移動サービス自体の利用促進につながることが期待できるだろう。
 コスト削減に資する切り口としては、主に人件費や現金管理負担の軽減が考えられる。紙の企画券や定期券を窓口で発行していたものが電子チケット化できれば、窓口負担の軽減は勿論のこと、現金の取扱量減少によって現金輸送・保管・取扱に要するコスト削減も期待できる。

 上記の選択肢を検討する上で重要なのは部分的なソリューション検討ではなく、全体を俯瞰して既存業務を変革するDX的視点である。キャッシュレス決済の導入自体が目的となってしまわないように、導入によって得られる効果や、周辺事業に結び付けることによるクロスセクター効果等を複合的に視野に入れる必要がある。
 全国のバス事業者のうち約7割、特に地方圏のバス事業者は約9割が赤字だといわれる※2。こうした状況においては、組織全体の業務を見直す中でリソースの再構築を行うことが重要となる。キャッシュレス決済を起点に、利便性向上による利用者増、運用効率化によるコスト削減を図る経営改善を進めることで、更なるDX投資の資金を呼び込めるようになる。こうした好循環を生み出す方策を考えていきたい。

(※1)全国で相互利用可能な交通系ICカード。Kitaca・PASMO・Suica・manaca・TOICA・PiTaPa・ICOCA・はやかけん・nimoca・SUGOCAを指す。
(※2)国土交通省『国道交通白書2021 第1節 社会の存続基盤の維持困難化 第2章 危機による変化の加速と課題等の顕在化』


※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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