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水害対策に求められる「協力者へのインセンティブ設計」

2022年07月12日 石川智優


 気候変動の影響と考えられる豪雨による水害の激甚化が止まらない。今年はまだ大規模な被害は発生していないものの、大雨による道路の冠水などは報告されている。
 もともと日本は地理的な特徴に加え、梅雨期や台風期の極端降水という厳しい自然条件下にあり、歴史的にも水害が多い。そのため、ダムや堤防、下水道などを代表とした治水のためのインフラを数多く整備してきた。しかし、直近数年でも平成29年の九州北部豪雨や令和元年東日本台風(2019年台風19号)、令和2年7月豪雨などで大規模な被害が発生しており、水害被害額で見ても令和元年が約2兆1,800億円で統計開始以来最大の被害額となった。
 このような状況を踏まえても、インフラ整備を始めとした既存の災害対策では十分とはいえなくなってきていることは明白である。

 一方で、危機は従来の取り組みを大きく転換する契機にもなる。2021年、政府は「流域治水」政策を打ち出し、流域に関わる関係者が連携して主体的に治水に取り組む社会を構築することを目指している。また、2021年4月28日、「特定都市河川浸水被害対策法等の一部を改正する法律」(流域治水関連法)が国会で成立し、同年7月と11月に全面施行された。この「流域治水」という考え方への転換は、治水行政を担う国土交通省にとって明治以来の政策を根本から変えるものとなった。

 流域のあらゆる関係者の協力が求められる流域治水施策をさらに効果的なものとし、推進するためには、これまで行政中心で行ってきた取り組みを民間企業や住民にまで拡げ、行政以外の主体からの積極的な協力を引き出すことも不可欠である。流域治水施策では省庁間連携への言及が主となっているが、その先には民間企業や住民がいる。ダムに関してわかりやすい例を挙げると、様々な目的のダムのうち、国土交通省が所管するダムは主に洪水調節用(治水用)のダムだ。それ以外のダムでは、電力会社や自治体が所管する水力発電のための発電用ダム、農林水産省や自治体が所管する農業用ダムなど、様々な目的のダムが存在している。「流域のあらゆる関係者が主体的に治水に取り組む」とは、このような他の目的で活用されている施設を治水に活用する、という視野でモノを考えることではないだろうか。
 ただ、ここでハードルがある。発電用に水を貯めているダムの水位を下げて洪水に備えるとどうなるか。発電量が減る≒収益が減る、ということになりかねない。また、農業用に貯めている水を減らして洪水に備えると、田んぼ等への水の供給が滞りかねない≒農業従事者の収益が減りかねない。他にも、大雨時、田んぼに水を貯めて河川への流出量を減らすことで洪水被害を防ぐいわゆる「田んぼダム」という手法があるが、これも農業従事者は田んぼへの悪影響を考慮してしまうだろう。
 一方で、流域治水施策は、下流域の人命や財産を守るための施策であり、企業や住民も協力を初めから拒否するというものでもないはずだ。そこで、このような「協力者」が損をしない仕組み、さらに踏み込むならば積極的に協力したくなる仕組みがカギを握るのではないか。企業や住民のジレンマを解消するインセンティブ設計を早急に構築すべきだと考える。

 そこで有効となる視点が、「既存インフラの多目的化」という発想転換である。治水協力者に対して一方的に「あなたたちが持っている施設を治水に使わせてください」というのではなく、これまでは治水のみに活用されてきたインフラを開放し、他の目的に利用してもよいとすることで、地域振興や民間の経済活動に寄与することができるようにするというアイデアだ。再びダムの例を挙げよう。非常時に発電用ダムを治水に利用することの見返りに、平常時に治水用のダムを発電に利用することができるように整備して運用を見直し、そこで得られる電力や収益を地域のために還元することができれば、災害から地域を守りながら経済的な振興にもつながる。行政と民間の両者にとってメリットのある形で、治水効果・利水効果双方の最大化を図るのだ。現在のセンシングやAI等の技術を活用すれば、インフラの運用にあたっても様々な方法が可能になるはずである。最新の気象予測技術や河川への流入量予測などを活用することで、インフラの多目的利用も可能となるだろう。
 河川の上流から下流まで、流域全体を俯瞰して治水を行うことは、これまでにない画期的で有効な取り組みであることは間違いない。それを絵に描いた餅で終わらせないためにも、協力者へのインセンティブ設計を始めとした、当該施策の持続可能性を担保する仕組みを構築していくことが重要である。


※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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