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JRIレビュー Vol.5,No.100

健康支出(Health expenditure)における予防支出推計の改善に向けて-「社会保障施策に要する経費」を用いた再推計

2022年05月24日 西沢和彦


本稿では、健康支出(Health expenditure)を構成する機能の一つである予防支出について、独自の推計を試みつつ、より良い推計の在り方を探る。健康支出とは、国民医療費の対象範囲である保険治療に加え、介護、予防、市販薬などを含むマクロの費用統計である。OECD、EU、WHOの3者がSystem of Health Accounts(SHA)として基準を定め、わが国は医療経済研究機構(IHEP)が推計している。OECDのHP上に公表されている数値もIHEPによるものである。現在、新型コロナ禍もあり、治療から予防への資源シフトの要請が一段と強まるなか、健康支出は現状把握と議論の基礎としての役割が期待されているものの、とりわけ予防支出は推計に難があり利用可能なレベルにはない。推計の改善は、政策の議論の質向上、ひいては国民の健康にかかわる極めて重要な課題である。

OECDのHPに公表されている数値によれば、わが国の予防支出は1兆8,000億円となっている(2018年度)。予防支出は、政府(主に地方自治体)、健康保険組合、雇用主などを通じてなされ、本稿はそのなかで政府に焦点を絞る。政府分は予防支出の約3割、5,700億円と推計されており、機能別の内訳は次の通りである。なお、金額は100億円単位に丸めている(本文は1億円単位で表記している)。
 HC.6.1情報、教育、相談 200億円
 HC.6.2予防接種 ゼロ
 HC.6.3疾病の早期発見(検診) ゼロ
 HC.6.4健康状態のモニタリング(健康診断) 2,200億円
 HC.6.5疫学的サーベイランス、リスクと疾病のコントロール ゼロ
 HC.6.6災害への備えと緊急対応 3,300億円
 このうちHC.6.5は、一見馴染みがないが、例えば、新型コロナのPCR検査、感染者の隔離、酸素センター設営など主に感染症対策における予防接種以外の広範な機能が含まれる。

これに対し、本稿において、予防支出のうち政府分を推計し直したところ1兆400億円(2019年度)となった。これは、前掲の現行推計5,700億円の2倍弱の規模である。機能別内訳は、HC.6.4の健康診断を除き、次のように現行推計と全く様相が異なっている。本稿推計は、地方自治体の担っている相談、検診、感染症対策などの実態に照らし、現行推計に比べ腑に落ちる結果になっている。
 HC.6.1情報、教育、相談 700億円
 HC.6.2予防接種 3,100億円
 HC.6.3疾病の早期発見(検診) 1,200億円
 HC.6.4健康状態のモニタリング(健康診断) 1,900億円
 HC.6.5疫学的サーベイランス、リスクと疾病のコントロール 800億円
 HC.6.6災害への備えと緊急対応 ゼロ
 HC.6全般保健所と市町村保健センターなど 2,700億円
 なお、保健所と市町村保健センターなど予防全般にかかる支出については、各機能に振り分けるという考え方もあり得るものの、本稿では、別建てで計上している。
 こうした本稿推計は、総務省によって調査されている「社会保障施策に要する経費」を用いている。これは、地方財政の基幹的な統計である「地方財政状況調査」における社会保障支出の目的分類を細分化したものである。「地方財政状況調査」の目的分類は、少子化対策、高齢化対策、社会福祉、健康対策といったように大括りであり、詳細な情報を必要とする予防支出推計の原統計としては使えない。他方、「社会保障施策に要する経費」は、保健所管理費、市町村保健センター管理費、予防接種に要する経費、がん検診に要する経費など個別の事業項目ごとに支出が掲載されている。これを用いることにより、予防支出のうち政府分について大幅な改善を図ることが可能となる。ただし、「社会保障施策に要する経費」は非公表であり、本稿では行政情報開示請求によって取得している。

もちろん、「社会保障施策に要する経費」を用いればそれでよしということにはならず、今後に向けて大きく二つの課題を指摘できる。一つは、「社会保障施策に要する経費」の正確性の確保である。本稿では、東京都に23ある特別区のうち5区をサンプルとして抽出し、それぞれの区が総務省に報告している「社会保障施策に要する経費」を分析した。それによると、例えば、保健所と市町村保健センターにかかる支出について、3区で過少計上になっている可能性がある。よって、①地方自治体に向けた「記載要領」の見直し、②地方自治体ごとの結果公表による衆人のチェックの目の導入などを講じ、正確性を高めていく必要がある。それは、「社会保障施策に要する経費」の本来の目的、すなわち、地方消費税収と社会保障4経費の対応の確認という観点からも欠かせないはずである。

もう一つは、わが国の予防政策そのものの見直しである。予防支出の把握が適切になされていないということは、予防に関する法律が多岐にわたり、実施主体、所管も必ずしも統一されていない複雑な現状の表れとも解釈できる。例えば、地方自治体を実施主体と定める法律に限っても、地域保健法、母子保健法、健康増進法、精神保健福祉法、感染症法、予防接種法などがある。地方自治体は、医療保険の保険者および学校の設置者でもあり、すると、高齢者医療確保法、学校保健安全法もここに加わる。このような状況では、仮にPHR(Personal Health Record)を構築するとしてもそれだけハードルが高くなる。それは国民の健康に直結する問題である。今後、推計の改善という技術面にとどまらず、予防政策そのものに視野を広げた議論展開が期待される。
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