RIM 環太平洋ビジネス情報 Vol.22,No.85 中国の教育政策の方向性と課題―学習塾規制導入にみえる習近平政権の危機感 2022年05月11日 佐野淳也中国では義務教育がほぼ100%普及し、中学生の学力や大学の競争力といった点で世界トップレベルにある。「高考(日本の大学入学共通テストに相当)」を頂点とする入試制度は、学力による優秀な人材の選抜と育成を通じて、経済発展を支える一因になるとともに、上の所得階層に移動する最も確実なルートと見なされている。中国では、一流大学合格のための支出を惜しまない親の教育熱に支えられ、学習塾が急成長を遂げた。2021年7月に中国共産党と国務院から出された学習塾規制は、小中学生向け学習塾の非営利化を通じて、塾代を抑えることに主眼を置いている。同規制は、少子化対策や消費拡大を狙ったものという見方が一般的であるが、塾代を抑えるだけで出生数の増加や個人消費の活性化につながるとは考えにくい。習近平政権は、高校生向けの学校外教育に対する規制は強めておらず、高考そのものを見直そうとしているのでもない。学習塾規制の狙いは、負担軽減により出来るだけ多くの人を競争システム(入試)に組み込むことにある。同政権は、一流大学の入学者が塾代などの増加に耐えられる富裕層の子どもに限られ、中国の人材育成機能が低下すること、また、若者の競争意識の減退により国力が衰退することを危惧している。さらに、中国では、大卒者の就職難や技能労働者の不足など、教育機関が育てる人材と労働市場が求める人材のミスマッチが深刻化している。このミスマッチの是正に向け、習近平政権は、職業教育制度の見直しを教育政策の重点と位置付けた。見直し策として、大学と同レベルの職業教育機関である職業技術学院の教員養成や組織の再編、普通高校と中等職業教育機関(日本の工業高校などに相当)の募集定員比率の変更、といった取り組みを進めている。技能労働者の育成における最大の障害は、強いホワイトカラー志向である。いくつかのアンケート調査からは、ブルーカラーとして働くことに対する学生の抵抗感が強いことがわかる。実際、強いホワイトカラー志向に阻まれ、職業技術学院と独立学院と呼ばれる4年制大学との統合が見送られるなど、職業教育制度の見直しに遅れが出ている。ブルーカラーは、作業服を着て現場で働く人の総称であり、賃金の低い未熟練労働者だけではなく、高度な技術力により製造業を支える技能労働者も含まれる。政府が技能労働者の賃金引き上げや労災・失業保険の拡充などに注力すれば、若者の失業率の改善、ひいては、経済成長に寄与すると期待される。また、「横たわり族」に象徴される若者の競争意識の減退に歯止めがかかることも期待される。職業教育の拡充により技能労働者層を拡大出来るか否かが人材強国を達成するカギとなる。 関連リンク《RIM》 Vol.22,No.85・転換点を迎えた中国の住宅市場―経済腰折れ懸念によって遠のく共同富裕の実現(PDF:1191KB)・中国の教育政策の方向性と課題―学習塾規制導入にみえる習近平政権の危機感(PDF:1035KB)・中国とインドの気候変動対策とグリーン・ファイナンスの動向(PDF:924KB)・気候変動問題に対処するファイナンスの課題とASEAN諸国の事例(PDF:800KB)・BCG(バイオ・循環型・グリーン)経済を推進するタイ(PDF:1182KB)