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脱炭素社会への移行を支えるトランジション・ファイナンスの役割と課題

2022年03月23日 二宮昌恵


 2050年のわが国のカーボンニュートラル実現に向けては、多額の投資資金が必要である。世界の気温上昇を産業革命前と比べて1.5℃に抑えるという「パリ協定」の実現には、2040年までの累計で約7,370兆円規模の投資額が必要との試算もある(日本政府がIEA World Energy Outlook2020より算出した試算)。

 このような資金ニーズに応えて、グリーンボンド、グリーンローンなどの「グリーンファイナンス」が拡大してきた。一方で、グリーンファイナンスはその資金使途となる「グリーンプロジェクト」が外形的に定められており、温室効果ガスの排出量が多い鉄鋼や化学などの産業については、グリーンファイナンスによる資金調達自体が難しいとの課題がある。しかし、脱炭素社会の実現に向けては、再生可能エネルギーの供給など既に「グリーン」な事業への取り組みに加えて、CO2の多排出産業を中心とした燃料転換・技術革新などを含む、脱炭素化への移行(トランジション)取り組みへの支援が不可欠だ。

 こうした考え方のもと、新たに広がってきたのが「トランジション・ファイナンス」である。トランジション・ファイナンスの特徴は、脱炭素化に向けた企業の「トランジション戦略」への資金供給を目的としている点にあり、資金使途はグリーンプロジェクトに限定されない。

 国内外でルール整備が進んでおり、2020 年12 月には、国際資本市場協会(ICMA)が「クライメート・トランジション・ファイナンス・ハンドブック」を策定。これを受けて、日本においても2021年5月に、トランジション・ファイナンスの手引きとなる「クライメート・トランジション・ファイナンスに関する基本指針」が策定された。

 トランジション・ファイナンスの肝は、トランジション戦略の妥当性にある。資金調達者は、パリ協定と整合した長期目標を実現するための、科学的根拠のあるトランジション戦略の策定・開示を求められる。そのトランジション戦略が、CO2排出削減に向けて実効性があるのか、またその効果は2050年カーボンニュートラル実現に向けて十分に説得力のある数値なのか。この点が担保されなければ、トランジションを謳いながらも多排出産業の延命にすぎない「トランジション・ウォッシュ」が発生するリスクがある。

 ではその妥当性をどう担保し、どう判断すればいいのか。現状において、アプローチ手法は様々だ。
 日本においては、CO2多排出産業とされる鉄鋼や化学、電力などの10分野において、2050年カーボンニュートラル実現に向けた技術ロードマップの策定が進められている。多くの技術的な課題を抱え、早期の脱炭素が難しい企業が、トランジション戦略を立案する際の1つの拠り所となるほか、金融機関や投資家が企業のトランジション戦略の妥当性を評価する際のツールとして機能することが期待されている。日本国内では、黎明期となるトランジション・ファイナンスの市場形成に向けて、政府がモデル事業を募り、妥当性の審査の上、モデル事例として共有する取り組みも行っている。
 一方、「何がグリーン経済活動なのか」を分類・列挙する「EUタクソノミー」を法令化したEUでは、トランジションに該当する経済活動についても同様に定義することを目指している。また、ICMAと同様に、グリーンボンド等のESG債の発行基準を設定している英非営利団体のClimate Bonds Initiative(CBI)は、産業セクターごとに、具体的な数値目標を含んだトランジション基準の策定に乗り出しており、第1弾としてセメント産業の原案を纏めている。

 いずれも現在進行形でトランジション戦略の有効性を担保する方策を模索している状態であり、課題もある。日本の場合、移行戦略の妥当性や移行後の改善水準などについて、客観的な基準が整備されているわけではなく、その判断は主観による部分も大きい。戦略の妥当性の根拠となる技術ロードマップについても、現時点では想定技術の一覧と大まかな実装時期などの提示に留まっており、技術的な知見が限られる投資家等においてその実現可能性を判断することは難しい。
 トランジション事業の定義を試みるEUにおいても、内容を確定する作業は難航しており、とりまとめ期限が延長されている。それぞれのトランジションの期間がどの程度かかるのか、トランジションとして認める場合に移行期間においてCO2排出が継続されることなどへの対応をどうするか、といった論点で意見が割れている状況だ。

 ここまで見てきた通り、トランジション・ファイナンスは発展途上にあり、国際的にも確固たる基準はまだ確立されていない。今後、脱炭素社会の実現に向けて実効性を有し、且つ実現に向けた戦略の妥当性を判断可能とするような基準は如何なるものか、議論を重ねていく必要がある。同時に、タクソノミーとして型に嵌めることを否定し、技術ロードマップを軸に据えて自由なイノベーションを後押ししようとする「日本型」や、法的根拠を持つタクソノミーを軸に据えてトランジション・ファイナンスを展開しようとする「EU型」など、どの基準が市場に受け入れられ、国際基準を形成していくのかについても、注視していく必要がある。


※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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