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全社DX推進プロジェクトの陥りがちな失敗と対処策~守りのDXをいかに成功へ導くか~ [後編:DX推進のロードマップ策定]

2022年03月17日 中瀬健一


 本編では、DX推進のロードマップ策定段階において、陥りがちな失敗と対処策を解説する。前編でも述べたように、IPA調査「DX白書2021」によればDXの組織的な取り組みに関して、経営者・IT 部門・業務部門が協調できていると回答した企業は全体の約40%程度にとどまっている。以降では、トップから現場・IT部門まで協調した全社的な活動に求められるロードマップ策定でつまずいている事例を取り上げて、その問題と対処策をみていく。

1.「DX推進のロードマップ策定」で陥りがちな失敗をいかに回避するか
 DX推進組織を立ち上げてスタートを切ったが、ロードマップ策定段階でうまくいかなかった例をとりあげる。建設業B社では、経営企画部担当役員の配下にDX推進プロジェクトを設置し、経営企画部と情報システム部のメンバーで構成した。まずは現状の業務の非効率さなどの問題を把握するために、各事業部から問題・ニーズ等の意見を収集することになった。プロジェクトチームから各事業部へ依頼したところ、事業部内で関係者が集まって議論し問題を整理したところもあれば、担当が個々に記載した問題をまとめただけで提出したところもあった。そのため、提出された問題・ニーズは影響範囲の大きなものから些末なものまで玉石混交であった。事務局ではITに係る問題か、それ以外かを仕分けすることはできたが、問題の分析や重要度の判断もできず、ITに係る問題・ニーズを抽出し一覧表に整理するだけであった。プロジェクト責任者の経営企画部担当役員とも今後の進め方を議論し、“実行スピードを優先し、すぐにできることを各事業部で進めていく”ことで決定した。つまり、全社的な取り組みとはならずに、各事業部が主体的に計画を策定・実行し、プロジェクトチームが実行のサポートと全体の進捗管理をするといった役割分担となった。
 事業部側でDX推進担当を任命したが、DXの取り組みの方向性も曖昧で、DX推進プロジェクトチームがサポートするといっても、どこまで人的および費用面で支援が受けられるか分からない状況であった。事業部のDX推進担当者は、現業を抱える中でDXを進めるので、実現できそうな範囲で計画を立てるものが多かった。結果的に、計画の俎上に載せるのは、すぐに実行できそうな期待効果が小さい課題解決策ばかりとなり、部門横断で解決すべき課題はなくなっていた。
 また、各施策を審議・判断する経営陣からは、「個々の取り組みは理解できるが、全てが達成されたときに今よりも何が良くなるのか」といった全体の目指す方向性が見えないといった意見も出てきた。個々の施策の妥当性などを審議するものの、判断できないといった状況に陥った。
 この事例のようなDX推進のロードマップ策定段階の主な失敗の理由は「全体の目指す方向性もなく、事業部ごとにバラバラで計画を策定した寄せ集めのロードマップになったこと」である。
このような問題への対処策として、 「DXの方向性を明らかにし、具体的なロードマップの策定と浸透」を挙げ、解説する。

(1)DXの方向性を明らかにし、具体的なロードマップの策定と浸透
 DX推進に関する相談を受けるケースにおいて、B社の例のように事業部ごとにバラバラでDXの取り組みを策定後、それらを寄せ集めたものをDX推進のロードマップとしている企業は少なくない。このような寄せ集めたDX推進のロードマップでは、「自社にとっての重大な問題に取り組まない」や「無秩序な活動によってリソースを無駄にする」といった点が懸念され、最終的に限定的な成果しか得られない、もしくは投資に見合った成果が得られないといったことが予想される。全社DXの取り組みは、あまりにも対象範囲が広く、またあらゆるDXソリューションサービスを提供する外部企業も無数に存在するため、DX推進プロセス自体が複雑化しやすい。だからこそ、全社の具体的な目標を定めて今後の道筋を明確化するロードマップを作成することが成功には不可欠である。以降では、全社DX推進のロードマップを策定する流れに沿って留意すべき点等を解説する。

(ⅰ)自社の現状(出発点)を理解する
 自社の現状の理解として、「自社を取り巻く外部環境や内部組織・オペレーションにおいて、いま何が起きているのか」を洗い出し、まずは問題の所在を特定する。ここでは本社の会議室の中だけで検討を行うのではなく、現場へ出向き従業員や管理職の声を直接聞くことから始めるべきである。現場からの声には、目の前で起こっている問題事象や大きな問題へ発展するような断片的な兆候などさまざまな事象が含まれるだろう。これらの問題を分類化・パターン化し、どこに注意を払うべきか、逆に現時点であまり注意を払わなくてよいかを選別することが重要になる。留意すべき点として、中核事業部門など、声の大きい部門の問題をとりあげすぎてしまうことである。問題の大きさを現場の声の大きさで選別するのではなく、「経営・事業戦略が達成されたときのあるべき姿」や「競合の現在・未来の状態」と自社の現状を比較するなど多角的な視点から自社で取り組むべき問題を正しく選定しなければならない。
 例えば、競合と自社の比較(ベンチマーク)では次のような手順で検討を進めるのが有効である。
 ①自社業界のDXへのアプローチを評価する
 ・バリューチェーン上にDXの取り組みをマッピングし、どの領域がフォーカスされているかを把握する
 ②競合に対する自社のケイパビリティ(組織能力)をランク付けする
 ・比較対象候補の競合と自社のケイパビリティを評価・順位づける
 ・その時、従来の競合先だけでなく、新規参入企業へも視野を広げて比較対象候補の企業を選定する
 ③比較対象の競合の“ベストプラクティス”を特定し、自社の改善すべきオペレーション・マネジメント方法等を把握する
 このように、多角的な視点から自社の問題の所在を把握し、経営陣から現場の従業員まで共通の認識をつくることが、この先のDXの方向性やアクションプランを具体化する上での「出発点」となる。ここが曖昧なまま進むと、この後のDXの方向性などの議論が収束せず「そもそも何が問題なのか」といった議論に立ち返る、もしくは誤った方向へ舵を切ってしまうことにつながりかねない。

(ⅱ)出発点から進むべき方向を示し、ロードマップを通じて関係者とコミュニケーションを図る
 自社の問題の所在を理解できたら、その問題の原因に対する課題解決にどう取り組むか、大きな方向性を示した「DX基本方針」を策定する必要がある。基本方針とは、個々の課題解決の行動を細かく指示するものではなく、課題解決へ向けた行動を一定の方向に導き逸脱を防止するものである。例えば、「経費精算/支払い業務の完全ペーパーレス化と自動化の徹底」といったものは、基本方針に当たる。基本方針で重要なのは、打ち手が無数にある中から基本方針に沿った行動を選び、一貫性をもって取り組めるようになることである。
 次に、この「DX基本方針」に沿った一貫性のある活動と期限をもった「ロードマップ」の策定に取り組むことになる。ロードマップは全ての活動を網羅的にただ連ねるものではない。どの順に、具体的に何をすべきなのかを明確化することが重要である。そのためロードマップ策定に着手する前に、経営陣とDX推進プロジェクトチームが中心に投資領域を見定め、リソース配分の優先度の考え方を明示化しなければならない。例えば、事業のコアプロセスへ7割、事業の周辺プロセスへ2割、AI・IoT等の先端技術活用へ1割の予算を配分とするといった基本的な考え方をつくることである。これによって、基本方針に沿った活動を検討するにあたって、対象の境界が明確になり、偏りがなく、強弱の効いた活動を具体化しやすくなる。
 また、昨今の求められるスピード感でいえば、ロードマップの最初のマイルストーンとして1年以内にある程度の効果が得られるものを設定することは不可欠である。従来のようにスモールスタートで成果や成功体験を着実に積み上げてから他部門へ横展開するといったアプローチによってDXの取り組みが徐々に広がっていくのを待つのもいいが、中核の事業部門が率先して強力にDXを推進することによって他部門もその活動に追随するようなスピード感をもたせるアプローチも考えてみるべきである。
 具体的な活動を検討する上では、DX推進プロジェクトチームだけでなく、活動の主体となる事業部・組織を巻き込むことが重要となる。ただし、活動の主体となる事業部・組織へ全て丸投げするのではなく、DX推進プロジェクトチームは課題解決への活動を部門横断で連携・調整する役割を担うことが重要である。B社の例のように、個々の事業部が勝手に取り組むような「アクションリスト」を寄せ集めることが役割ではない。とはいえ、実行段階へ進むにつれて、何をやるにも全部門の行動を統率するような中央指令型がいいわけではなく、事業部へDX推進活動をある程度委ねることも必要である。DX推進プロジェクトチームはここぞというときに行動を一点集中させる、または活動が基本方針から逸脱しないように調整するような働きをすべきである。
 このようにDXで目指す方向と活動が時間軸で視覚化されたロードマップは、経営陣や従業員、投資家などの主要な関係者とのコミュニケーションを円滑にするとともに、個々の活動のガイドとなり全体の進捗を測れるものとなる。

 ここまで、全社DX推進でうまくいかなかった例とそれを踏まえた取り組みの要諦を述べてきた。

<全社DX推進の要諦>
 ・経営トップの積極的な関与とリーダシップの発揮
 ・「なぜDXへ取組むべきか」の共通認識化
 ・DXの方向性を明らかにし、具体的なロードマップの策定と浸透


 これらの要諦をおさえても、昨今の経営環境の変化スピードに遅れず、全社でDXを進めていくことは簡単ではない。しかし、難しいからと言って断片的なデジタル化の対応を繰り返しても大きな成果は期待できず、DXの組織的な取り組みから成功へ結びつけている先行企業との差はますます拡大する。
 新型コロナ禍によって、リモートワークを前提とした協働、業務プロセスの自動化・デジタル処理範囲の拡大、AI・IoT等の先端技術の採用が大幅に増加し、この流れは止まらない。これは不可逆的な変化であり、変革せず立ち止まったままの企業にとっては大きな脅威であるが、経営トップ自ら変革に向けて挑戦する企業にとっては大きな機会が開かれている。
 DXに取り組む人々が、致命的な失敗を回避しながら変革を前へ押し進めていくことを切に願っている。

※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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