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農業・農村DXの実現に向けたJAの役割発揮について

2022年02月22日 荒木泰武


 新型コロナウイルス感染症で食料サプライチェーンの混乱が生じているほか、食品の値上げも相次いでおり、「食料の安定供給」に対する人々の意識が高まりつつある。また、国内の農林水産業を見渡しても、必要な燃油・肥料・飼料などの生産資材の供給が停滞したり、価格高騰に直面しており、生産者の危機感はより切実な状況だ。
 「食料の安定供給」のためには、農業におけるデジタルトランスフォーメーション(農業DX)が不可欠な要素であることはこれまでも度々指摘されてきた。政府も農業DXをホットワードとしており、農林水産省は2020年の「食料・農業・農村基本計画」において、“スマート農業の加速化と農業のデジタルトランスフォーメーションの推進”を基本的方針として謳うとともに、2021年3月には「農業デジタルトランスフォーメーション構想(農業DX構想)」を公表した。
 DX構想で掲げられている農業DXの実現に向けたプロジェクトの数は、川上の生産現場から川下の流通・消費、またその周辺領域まで39にも及ぶ。多岐にわたる課題を網羅的にカバーできるように広くメニューが採択されたことは評価すべき点である。

 他方で、農業DXを現場に普及させていくには、横展開できるようなモデル化が重要である。だが、これが一筋縄にはいかない。当社はこれまで複数の実証プログラムに参加しており、筆者も現場に出向く機会があるが、①山間部の農地における通信インフラ環境、②圃場ごとの土地条件の差、③農産物ごとの技術革新の差など、現場では想定外の課題に直面することが多い。モデル化を成し遂げた後でも、普及段階では都度きめ細かな対応が求められるだろう。そのためには、現場の状況に精通したコーディネーターが必要であり、関係人口、パートナーの拡充は不可欠だといえる。
 現場で農業DX普及のコーディネーターとなりうる代表的な事業体はJA(農業協同組合)であろう。各地のJAが地方自治体等との連携の下、各プロジェクトに幅広く参画することが国内農業におけるDXを進めていく上で有効だと筆者は考える。

 ここで、“JAは古い組織なので、DXという新しい領域の推進は不得手なのではないか”というような声を聞くこともある。ときには、JA自身がそのように感じ、委縮してしまっている例もあるかもしれない。しかし、これは大きな機会損失にほかならない。実証プロジェクトの中で見えてきたのは、DX推進の運営主体に最も必要とされることは、利用するDX技術に精通していることではなく、関係者をつなぐネットワークを有していることや現場力を有していることだという事実である。スマート農機のシェアリングにしろ、生産・流通におけるデータ活用にしろ、地域の取りまとめ役なしには成立しない。誰もが取り組みやすい、誰でも利用できるようなDXを普及させていく役割は、協同組織であり、かつ地域で総合事業を営むJAが強みを発揮できる領域である。実際、農水省の実証事業においても、JA島原雲仙やJA宮崎経済連など、先導役を果たすJA・連合会も既に存在する。地方自治体にもJAグループのネットワーク・現場力を活用する余地があり、JAも自分たちの強みを過小評価せず、地域の収益力向上に向けて、前面に立ってチャレンジしていくことが必要だ。

 当社では2019年に農村デジタルトランスフォーメーション協議会(農村DX協議会)を立ち上げ、自治体間での情報交換の場や、DX事例を学ぶ機会の提供等を行ってきた(現在20以上の団体が参加)。また、地域単位で同様の協議体を設立する動きもあり、その支援もさせていただいている。現在は地方自治体が主要なメンバーとなっているが、今後は、JA等にもより幅広く参画してもらいながら協議会起点で地域のニーズを踏まえた提言を発信していくことを構想している。
 農業・農村におけるDXの実現に向けた機運はコロナ禍を経て、ますます喫緊の課題となっている。地方と関係省庁(=タテ)、地方自治体同士やあるいは地方自治体と地域でパートナーとなりうるプレーヤー(=ヨコ)が相互に情報共有できる“場”の価値も一層高まっていくと考える。農業・農村DX実現を目指す関係人口拡大に取り組むとともに、現場にとって真に必要なことが何か、不断の検討を、これからも続けていきたい。


※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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