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CSRを巡る動き:カーボンプライシングと企業の行動変容

2022年03月01日 ESGリサーチセンター


 脱炭素社会の実現に向けて世界では様々な政策手段が検討・実施されている。このうち、社会の行動変容を促す手段の一つとして大きく注目されているのが、炭素への価格付け、すなわちカーボンプライシング(以下、「CP」と称する)である。日本においても、2020年10月の菅内閣総理大臣による2050年カーボンニュートラル宣言を受け、2021年2月に環境省「カーボンプライシングの活用に関する小委員会」で議論が再開された。同月には経済産業省「世界全体でのカーボンニュートラル実現のための経済的手法等のあり方に関する研究会」も設置され、CPの活用に関する議論が、改めて進展している。

 CPが注目されだしたのは今に始まるものではない。市場による資源配分の仕組みを環境問題の解決に活用しようとするアイデアは古くからある。通説では、英国の経済学者アーサー・セシル・ピグーのアイデアに遡ると言われており、経済活動によって生じた環境への負荷(社会的費用)をその発生者に負わせることで、社会全体のコストを削減できるとの考えが起点となっている。政策手段としての意味合いにおいては、CPを調節(高く)することで、炭素排出が大きな製品・サービスではなく、炭素排出が小さな製品・サービスの提供が実現されるようになり、カーボンニュートラルに必要な技術・イノベーションを後押しする効果が期待できる。価格の設定という側面からは「炭素税」、排出量の設定という側面からは「排出量取引制度」が代表的なCPである。排出される炭素量に比例した明示的なCPの他にも、エネルギー課税のように間接的に炭素排出にコストを課す暗示的なCPも存在する。

 カーボンニュートラルに向けて社会の行動変容を促すという意味では、炭素税や排出量取引制度といった、排出される炭素量に比例した明示的なCPの活用が効果的であるとの見方が強い。租税の原則の一つとして経済への中立性が挙げられるが、脱炭素社会の実現を目指すというビジョンを達成するために明示的なCPによる価格シグナルを有効活用する考え方が徐々に支持され、北欧を始め、EU諸国、中国、韓国、カナダ、米国の一部の州などで既に制度が導入されている。日本においても「地球温暖化のための税」が289円/t-CO2で化石燃料に対して課されており、また東京都や埼玉県では排出量取引制度が導入されている。ただ、50ユーロ/t-CO2を超えて上昇の気配を見せるEUの排出枠と比較すると低い水準に留まっているのが現状だといえる。日本のエネルギー課税はガソリンや軽油といった自動車燃料に偏っており、排出される炭素量に必ずしも比例していない点が課題として指摘されている。環境省「カーボンプライシングの活用に関する小委員会」においても、より明示的なCPの導入を拡大するべきか否かについて議論が続いている。岸田首相は1月18日、「クリーンエネルギー戦略」に関する有識者懇談会の初会合でカーボンプライシングの検討を指示したが、これも必ずしも内容や年限が明示されているわけではない。

 以上は政策手段としての側面からCPに関して簡潔に記述したものであるが、こうした政策の主対象となっているのは企業である。グローバルに事業を展開する企業は、仮に日本国内で明示的なCPが導入されなくとも、大きな影響を被る可能性が出てきた。EUや米国などにおいて、競争上の不公平やカーボンリーケージの防止に向けて炭素国境調整措置が検討されており、措置が取られた国や地域に製品・サービスを輸出する際に追加的なコストが予想されるからである。こうした企業は、炭素価格を踏まえたうえでも価格競争力を保てるかどうかがカギとなる。また企業間取引のレベルにおいても、炭素排出量が多い製品・サービスは脱炭素を進める海外の取引先から忌避される可能性が高まり、取引の機会そのものを失う恐れもある。

 そうした脱炭素社会への移行リスクに順応していくための企業側の手段の一つとして、インターナルカーボンプライシング(以下、「ICP」と称する)が挙げられる。ICPとは、企業内部で見積もられる炭素の価格であり、企業が低炭素/脱炭素投資を進める上での打ち手として注目されている。その採用の有無はCDP気候変動調査の設問のひとつになっているほか、TCFDの「指標と目標」においても推奨されている。これらを背景に、今後、導入を進める日本企業が増加するものと見込まれる。ICPを導入してその価格水準を調整することにより、炭素税や排出量取引制度、炭素国境調整措置といった政策環境の変化に対する準備を整え、移行リスクを軽減することができるというわけである。具体的な導入の手引きについては、環境省が2020年3月に『インターナルカーボンプライシング活用ガイドライン』を発行しており、現時点での脱炭素への取組みレベルに応じた打ち手の参考となる。

 2021年10月31日から11月13日にかけて英国グラスゴーで開催された国連気候変動枠組条約第26回締約国会議(COP26)の「グラスゴー気候合意」では、2100年の世界平均気温の上昇を産業革命前に比べて1.5℃に抑える努力を追求する世界目標がまとめられた。具体的な取組みについては今後も各国・地域間での様々な駆け引きや調整が見込まれるが、企業活動においても脱炭素が経営戦略の基軸となることは疑いのないように思われる。「サステナビリティ」という観点では他にも様々なESG課題が存在し、非財務情報の開示対応を進める企業は日本でも年々増加しているものの、CP(ICP)を意思決定の軸に据えている企業はまだ多くはない。炭素(温室効果ガス)排出量のように財務への影響を検討することが可能なものは、もはや「非財務」要因と見做すべきではなく、企業自ら「未財務」要因として先取の取組みを進める必要があるのではないだろうか。

本記事問い合わせ:渡部 周


※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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