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デジタル防災の社会実装に向けた論点整理

2022年02月09日 日置春奈


 近年の自然災害の頻発化・激甚化や南海トラフ地震など今後予想される大規模災害の脅威を受け、防災の最前線である基礎自治体においては、避難行動に必要とされる情報をいかに住民に届けるかが大きな課題となっている。2021年5月に改正された災害対策基本法においては、ホームページやアプリケーション等、多様な手段を用いて災害時の避難所開設状況や混雑状況を周知することが地方公共団体の努力義務として明記された。このような情報の把握と提供においてデジタル技術の活用は不可欠であり、災害対応業務のデジタル化は喫緊の課題といえるだろう。
 防災情報システムや住民向けの防災情報サービスを導入する地方公共団体は徐々に増えているものの、災害対策は土木工事や災害拠点整備といったハードへの投資に比べ、デジタル技術への投資は大幅に遅れている。しかし、災害時に行政の現場が担う業務負荷は深刻である。市区町村の中には防災の仕事に専従する職員が存在しない団体もあると想定され、特に職員の不足する地方部では、センサーやAIを用いた自動化・判断支援等で業務負担を可能な限り軽減し、必要な場面に人的リソースを回せるような仕組みの導入が期待されている。
 また、近年の豪雨災害では増水による道路や橋梁の流失、土砂崩落による道路の寸断などの道路災害リスクの高まりについても認識されることとなった。電源の届かないところでも駆動できるセンサーやカメラ、ドローン、人工衛星等のさまざまな手段により遠隔地からでも状況を把握できるモニタリングシステムを構築することによって、インフラのレジリエンス強化を図るとの視点も期待される。
 今後、災害対応のデジタル化とその社会実装にあたっては、従来の防災関連分野における公共・民間の役割分担や調達制度の範囲には収まりきらない議論も出てくると考えられる。そこで本稿では、大きくは①防災情報プラットフォームの構築と運用、②デジタル防災事業における個人情報の取り扱い、③デジタル防災事業における資金調達手法、の3つの観点に着目し、災害対応のデジタル化にあたり今後論点となりそうなポイントについて整理したい。

①防災情報プラットフォームの構築と運用
 近年の災害では避難所だけでなく車中泊や公園等でテントを張って生活する被災者も多く、また豪雨災害等では自宅避難も推奨されているため、避難状況の把握が極めて難しい。南海トラフ地震のような広域災害では、支援物資の分配が混乱し、自衛隊やボランティア等の支援も行き届かないエリアも生じると考えられる。情報通信白書(令和3年版)では、2020年7月豪雨のコロナ禍における防災で浮き彫りになった課題の1つとして、ホテル泊や車中泊など指定避難所以外の避難者が増え、状況の把握が一層困難になったことが挙げられている(※1)。避難所の開設や行政による「公助」だけではとても間に合わないため、今後は発災直後の自助・共助、つまり住民や民間ベースの自主的な活動体制を整えることが地域のレジリエンス向上の鍵となる。
 例えば公共の防災拠点としては学校や体育館、都市公園等の公共施設が位置づけられているが、民間の宿泊施設や病院、郊外であれば広大な駐車場を備えたスーパーやホームセンター等の民間施設の活用も期待される。また、ライフライン寸断の際には学校や公園に設置されている応急給水所が活躍するが、同様に民間施設で非常用発電や仮設トイレが提供されることもある。民間企業との防災協定により、災害復旧に必要な重機や支援物資の運搬等を行う車両等が提供されれば貴重な戦力となる。地域で避難生活や復旧作業の当事者となる人々が被害状況や復旧状況を正しく把握し、地域に点在する「レジリエンス資源」の配分が適切に行われれば、さらに自主的な活動が容易になる。官民の枠を超えて地域のレジリエンス資源に関する情報をプラットフォーム上に集約し、コミュニティ単位の連携から広域の連携へと展開していくことがレジリエンス向上の鍵であり、その上でデジタル技術の活用は欠かせない。
 そのような情報プラットフォームの構築・運用にあたっては、何らかの官民連携スキームが必要になると考えられる。1つの可能性としては、公的不動産の活用事業におけるエリアマネジメント業務や、河川・上下水道・道路・公園といった社会インフラ施設の包括的民間委託業務の一環として民間事業者がプラットフォーム構築・運用を行うことが考えられる。これらの事業には発災時にレジリエンス拠点となる施設の運営維持管理が含まれるため、事業者自らが主体的に施設や保有する人的・物的資源の運用に関わることができ、長期契約による習熟や地域との関係形成が可能である等のメリットが期待できる。また、直近の展開としては、地区/街区単位によるパイロットプロジェクト的な試行も想定される。
 また、民間による主体的な取り組みを促進する中で、防災に関わることのマイナス要因を官民でどう負担し合うか議論していくとの視点も重要である。例えば民間が保有する施設の管理やシステム等に起因する損害賠償リスク、災害時の対応に起因するネガティブな風評が広がるレピュテーションリスク等が該当する。指定管理者制度やPPP/PFI等の官民連携手法で民間企業が施設管理を行っている事業の一部では、災害時対応における具体的な協力内容や民間側に生じた損害・増加費用や人的被害、第三者への損害等を一定の範囲において公共が補償することを協定・契約等に明記しているケースもあり、こうした事例を参考としていくことは有用と考えられる。デジタル防災はまだ発展途上の市場であるため、公共施設・インフラ分野等で蓄積した官民連携のノウハウを活かしつつ、多様な事業分野を巻き込みながら市場形成を促していく必要がある。

②個人情報の取り扱い
 これまで「個人情報法制2000個問題」により地方公共団体ごとに個人情報の取り扱いが異なっていたことから、防災関連業務の実施にあたり地方公共団体間や組織間での連携が困難となっていることが指摘されてきた。これが2022年より施行となる改正個人情報保護法により解消したことで、災害対応のデジタル化が飛躍的に進む可能性がある。
 2022年度より施行される改正個人情報保護法で新たに導入された「仮名加工情報」制度では、イノベーション促進の観点から、個人情報を他の情報と照合しない限り特定の個人を識別できない「仮名加工情報」に加工することにより、当初の利用目的には該当しない目的や、該当するか判断が難しい新たな目的での活用が可能となる(※2)。また、一定の条件下であれば仮名加工情報を取り扱う業務の委託や共同利用も可能になる。
 地方公共団体の場合であれば、防災目的で収集した個人情報を仮名加工した上で、将来的な統計分析に利用する可能性を考慮して保管したり、より精度の高い予測モデルを開発するための機械学習に活用したりといったことが考えられる。また、流域にまたがる複数自治体やインフラ企業との連携による物資支援や復旧支援等の場における仮名加工情報の活用機会も広がると予想される。ただし、前述のように官民連携でプラットフォームの構築・運用等を行う場合は特に、誰がどこまでその情報にアクセスできるのかについて詳細な精査を行う必要がある。
 デジタル防災分野における個人情報活用の範囲については議論が始まったばかりであり、社会実装に向けては実証実験等を通じ、試行的な活用を進めながら論点整理を行っていくことが求められる。

③デジタル防災事業の資金調達手法
 河川や下水道施設等の防災インフラ施設の整備運用については基本的に補助金の活用等による国庫負担のウェイトが高く、また実際に被災した場合も復旧対策費が交付されるため、基礎自治体等が独自に資金調達を行わなければならない必要性は低い。しかし、災害対応のデジタル化に関しては費用負担者/受益者の明確な線引きが難しく、政策的には周辺的・間接的な防災関連事業との位置づけになるため、必要とされる規模の投資額を全て公共の支出として予算化することは難しいと考えられる。そのためPFI/PPPなどの民間資金活用手法も含め、資本市場を活用したレジリエンス資金調達の仕組みも視野に入れ検討していく必要がある。
 近年注目されているのが、公的セクターによるグリーンボンドの発行やソーシャル・インパクト・ボンド(以下SIB:Social Impact Bond)といった代替的な資金調達手段である。代表的なグリーンボンドの発行自治体としては、東京都(※3)や長野県(※4)等があり、気候変動に対する適用に関する事業として河川改修事業等に活用されている。また「グリーンボンドガイドライン2020年版(環境省)」(※5)では具体的な資金使途の例として「気象観測や監視、早期警戒システムに関する事業や気候変動への適応に資するITソリューションを提供する事業」が示されており、防災・減災に資するITサポートシステムへの投資にも活用できる可能性がある。また、SIBは現在のところ医療・健康分野を中心に導入されているが、東近江市(※6)や前橋市(※7)等の一部自治体ではまちづくり分野への活用も試行されており、今後は防災・減災分野への展開も期待される。
 また近年、CAT (Catastrophe)ボンドやレジリエンス・ボンド等、災害リスクや防災事業に係る初期投資の一部を資本市場の投資家から負担する新しい資金調達手法も登場している(※8)。気候変動の影響が今後ますます拡大すると予想される中、民間資金をレジリエンス分野に投入していくことへの社会的要請も高まっていくと考えられる。

 以上、主に官民連携の観点から今後、災害対応のデジタル化を行う上で想定される論点を整理した。デジタル防災の社会実装に向けては、新しい技術をこれまで地域で培われてきた防災のあり方とどのように融合させていくのか、またどのような契約や資金調達のスキームであればレジリエントな地域や都市のあり方を実現できるのか等、さまざまな角度から議論を進めていくことが期待される。

(※1) 令和3年度版情報通信白書 第3章補論 防災・減災とICT
(※2) 令和2年 改正個人情報保護法について
(※3) 東京グリーンボンド
(※4) 長野県グリーンボンドの発行について
(※5) グリーンボンドガイドライン2020年版(環境省)
(※6) コミュニティビジネススタートアップ支援事業にかかる採択事業(東近江市)
(※7) まちづくり分野におけるソーシャル・インパクト・ボンドを導入した事業を実施します(前橋市)
(※8) 金融機関向け適応ファイナンスのための手引き」について

※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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