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災害時の移動支援体制構築の取り組みとその示唆~「モビリティ・レジリエンス・アライアンス」の事例からの考察

2022年01月18日 佐藤善太


 本稿では、大規模災害時の被災地支援において見過ごされがちな、「移動」に関わる支援のあり方について論じる。まず、災害時の移動支援の重要性を確認した上で、支援充実に向けた官民連携の枠組みであり、筆者も立ち上げに携わった「モビリティ・レジリエンス・アライアンス」について紹介する。また、同アライアンスの活動から、移動に限らず、さまざまな領域で災害支援体制を充実させていくためのヒントも抽出したい。

1.災害時の移動支援の重要性

 九州北部で1週間に1,000ml超(※1)の降雨量を記録した2021年8月の豪雨では、佐賀・福岡両県で6,563件、全国で8,209件(※2)の住家被害(※3)が生じた。前年の2020年7月の豪雨では全国で16,599件(※4)、さらにその前年の2019年10月に発生した台風19号では全国で101,673件(※5)もの住家被害が報告された。近年、このように大規模な被害をもたらす自然災害が多発しているが、被災地の復旧・復興に向けては官民によりさまざまな支援が提供されている。そうした中にあって、重要にもかかわらずいまだ見過ごされがちなのが、移動に関わる支援である。
 豪雨や台風、地震・津波等の被災地では、車も破損、水没被害を受ける。とりわけ日常生活に車が欠かせない地方では、車を失うことが大きな痛手となる。被害を受けた自宅の片付け、各種の行政手続きや、通院・通勤・通学等のための移動が難しくなり、生活再建の妨げとなってしまうためである。東日本大震災では40万台超の車が被災したとの試算(※6)もあるが、以後の大規模災害でも被災者は移動の困難に繰り返し直面してきた。今後30年以内にマグニチュード8~9クラスで発生する確率が70~80%と推計されている南海トラフ地震(※7)をはじめ、これからも起こるであろう大災害への備えにおいて、移動が重視すべき観点の一つであることは間違いない。
 しかし、行政の災害対応においては、被災状況の把握や救助活動、避難所の開設と運営、住家被害の認定と罹災証明書交付等が優先事項となり、車を含む動産の被害に対する支援まではカバーしきれていない現状にある。被災者が自動車保険(車両保険)に加入している場合は、修理や買い替えのための費用を保険金でまかなうことができ、特約によっては代車・レンタカー費用が補償される場合もある。ただ、地域一帯が被災すると、車両購入から納車までに時間がかかり、代車・レンタカーも不足する事態に陥る。もちろん、車両保険未加入の場合、自ら別の手段で車を確保する必要がある。同時に、各地から復旧・復興支援に訪れる支援団体も支援活動のための車の不足に直面することとなる。
 以上のように、災害時の移動支援は被災者の生活再建に重要な意味を持つ一方で、行政による支援、民間の保険だけでは十分な対応が困難となっている。こうした現状を打開すべく立ち上げられたのが、「モビリティ・レジリエンス・アライアンス」である。

2.モビリティ・レジリエンス・アライアンス~官民連携による支援体制構築

(1)モビリティ・レジリエンス・アライアンスの概要
 モビリティ・レジリエンス・アライアンス(以下、「MRA」という)は、災害時の移動支援の意義に賛同する企業・団体によって2021年7月28日に立ち上げられた、災害時の移動支援の枠組みである。
 図1に示すとおり、MRAは事務局と会員企業・団体により構成され、自治体とも連携して、車を失った被災者や被災地で支援活動にあたる団体へ、一定期間無償で車を貸し出す活動を行う。車の貸し出しにあたっての利用申し込みの受付や貸し出し実務、関係者間の調整は、事務局が担う。会員はそれぞれの有するリソースを生かし、貸し出しに用いる車両やカー用品の提供、車両の運搬・整備、資金的支援等の協力を行う。自治体には、車の貸し出しのための活動拠点(駐車場・貸し出し事務スペース)の確保や、被災した住民への無償貸し出し支援に関する周知のための広報協力を依頼する。なお、事務局では、自治体と平時から協定を締結し、災害時の協力内容について合意しておく取り組みも進めている(※8)
 図2のとおり、2021年末時点で8つの企業・団体がMRAに加盟し、4つの自治体が協定締結自治体となっている。MRAでは今後もさらに会員企業・団体、協定締結自治体のネットワークを拡大し、災害時に車で困らない社会の実現と、SDGsのターゲットの一つである「住み続けられるまちづくり」へ貢献することを目指している。
なお日本総研は、2021年度の復興庁事業(地域づくりハンズオン支援事業)で事務局の一般社団法人日本カーシェアリング協会(以下「JCSA」という)に対する支援を実施している。筆者は同事業の一環でJCSAとともにMRAの立ち上げを企画し、アライアンス拡大に向けた支援に携わっている。




(2)アライアンス設立の背景と効果
 JCSAは、東日本大震災後の2011年4月、多くの車が地震と津波により破損・流失した宮城県石巻市で設立された団体である。寄付で集めた車を生かした社会貢献活動を幅広く展開しており、2014年からは全国の大規模災害の際に被災者・支援団体に車を無償で貸し出す支援活動も実施してきた。ただし従来の支援活動では、災害が起こった後に、その都度支援の意義に賛同する企業・団体の協力を募り、被災自治体との個別調整を行っていたため、支援着手までに長い時間(1カ月以上)を要してしまうケースも見られた。また、提供可能な支援の規模にも限界があった。こうした問題を解決し、より迅速に、必要な規模の支援を届ける体制を築くことが、MRA設立にあたり目指した効果であった。
 その効果は、MRA立ち上げ後間もなく発生した2021年8月の豪雨における佐賀県への支援で早速発揮された。JCSAは、2019年8月豪雨の際、甚大な被害を受けた佐賀県武雄市を拠点に車の貸し出し支援を行っていた。これをきっかけに、2020年5月に佐賀県への進出協定を締結し、県内自治体・市民団体等とも連携して、災害支援を含む幅広い活動に取り組むことに合意していた。さらに2020年6月には武雄市に車両設置拠点(JCSA九州支部)を設け、約20台の車両を配備した(※9)。2021年8月の豪雨では再び武雄市が大きな被害に見舞われてしまうが、協定に基づき佐賀県・武雄市と迅速に連絡調整し、MRA会員からの協力とJCSA九州支部も生かして準備を進めた結果、発災後6日目には車の貸し出し支援を開始することができた。

3.アライアンスの特色~発災前から支援後までの車の活用サイクル設計

 平時からの体制づくりを通じて必要な規模の支援を迅速に届けることに加え、MRAの特色として注目されるのが、発災前から発災後の支援実施中、実施後に至るまでの車の管理・活用サイクルの設計である。図3に示すとおり、MRAにおいては、それぞれの段階で生じる車の管理・活用上の問題への対応がとられている。



 発災前の段階では、災害時に貸し出しに用いる車両を管理しておくことが求められるが、車両の保管・維持管理には相応のコストを要する。MRAでは、会員企業・団体それぞれが災害時に提供可能と見込まれる車両台数を申し出ることとなっており、各者が無理のない範囲で車両管理の負担を分担し合っている。また、JCSAでは大規模災害時に返却することを条件とした独自の低額カーリースプログラム(災害時返却カーリース、月額1万円(税別))を提供している。これにより、平時はリース運用しながら、災害時に機動的に利用できる車両のプールを構築している。
 発災後の支援実施段階では、必要な支援リソース(車両数)を見極め、被災者や支援団体に提供していくことが求められる。災害時に多数の支援者から支援物資を受け付け、必要とする方へ配分していく作業は、被災地の自治体職員・ボランティアスタッフ等にとって負担となりがちだが、MRAでは事務局のJCSAが過去の支援経験も踏まえた支援ボリュームの検討から、車両の確保・貸し出し実務までを一元的に担うことで、現地自治体・ボランティア等の負担を軽減している。
 支援後(無償貸し出し終了後)の段階では、支援にあたり寄付された車両を有効活用することが求められるが、MRAでは寄付車両をJCSAが引き取り、多様な用途で再活用している。例えば、無償貸し出し期間が終了した後も、引き続き車の貸し出しを希望する被災者に対しては、JCSAが寄付車両の低額リースプログラムを提供する。この他、災害時返却カーリース、JCSAが別途行う地域コミュニティで車をシェアする事業、生活困窮者向けの低額リースプログラム等において、幅広く支援後の寄付車両が再活用されている。

4.災害支援充実に向けた示唆~官民連携と平時・災害時を横断する仕組みづくりの重要性

 ここまでに見てきたとおり、MRAは災害時に見過ごされがちな移動に関わる支援を提供するための枠組みとして有意義なものである。実際の災害対応の場面でも、必要な規模の支援を迅速に届ける上で、MRAが効果を発揮した。MRAの掲げる「災害時に車で困らない社会の実現」に向けては、さらなる会員企業・団体の発掘、大規模な支援に耐え得る事務局人員体制整備・ファンドレイジング強化等、クリアすべき課題が数多くあるが、これら課題解決に向けて筆者も微力ながら貢献していきたいと考えている。
 最後に、MRAの事例から、移動に限らないさまざまな領域で災害支援体制を充実させていくための示唆を抽出したい。まず挙げられるのが、平時からの官民連携による支援体制構築の重要性である。行政による支援は、災害からの復旧・復興、被災者の生活再建に不可欠だが、移動支援がそうであるように、カバーしきれない領域も存在する。被災地の実情を見極めつつ、必ずしもまだ手の行き届いていないニーズに対し民間リソースを活用し、住民への広報等において行政の協力も得ながら支援を行う発想は、移動以外の支援の枠組み構築においても重要と考える。ただし、緊急対応に追われる被災地の現場で、行政・民間主体が支援実施に向けた調整を行う負担は大きい。可能な限り、平時からステークホルダー間の役割を明確にしておくことが肝要である。
 また、発災前・支援実施中・実施後における支援リソースの管理・活用方法を明確にすることも、MRAの事例から参考とし得るポイントといえる。災害支援においては、発災後の支援現場で物的・人的・資金的リソースを一気に投下することになるが、そうしたリソースを災害前にどのように管理・運用するか、また災害後にいかに活用していくかも、重要な検討課題となる。MRAの場合、上述したとおり、平時は会員の協力や独自のカーリースプログラム(災害時返却カーリース)により車というリソースをプール・運用し、災害支援後は再び各種リースプログラムへと再活用している。このように平時・災害時を横断するリソース管理・活用の方策を検討しておくことは、災害支援の規模を拡大し、持続性を高める上で重要といえよう。
 以上、本稿におけるMRAの事例紹介と、そこから得られる示唆に関する考察が、災害支援充実に向けたヒントとして少しでも役立てば幸いである。


(※1) 気象庁公表資料による。
(※2) 消防庁公表資料による。
(※3) 全壊、半壊、一部損壊、床上浸水、床下浸水件数の合計。
(※4) 消防庁公表資料による。
(※5) 内閣府公表資料による。
(※6) 日刊自動車新聞「被災車両は41万台規模に~本紙試算」(2011年4月19日)。被災自家用車を津波の浸水区域の世帯数と県内の世帯当たりマイカー保有比率から算出し、そこに事業用の車両や出荷在庫等を加える手法で試算したもの。
(※7) 政府の地震調査研究推進本部・地震調査委員会における2020年1月1日を算定基準日とした推計による。(https://www.static.jishin.go.jp/resource/evaluation/long_term_evaluation/updates/prob2020.pdf
(※8) MRA事務局では自治体との平時からの協定締結を進めているが、協定締結を車の貸し出し支援の条件とはしていない(協定締結していない自治体に対しても、大規模災害時の車の貸し出し支援は行っている)。
(※9) JCSAによると、当初配備された車両は約20台であったが、九州支部には最大50台ほどまで車両を置くことが可能である。


※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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