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潜在的な社会価値を掘り起こすSocial DX

2021年11月24日 木通秀樹


 持続可能な社会システムへの変革が求められ、脱炭素、ゼロカーボノミクス、SDGs、資本主義の新しい形、コモンズの再生など、様々な新たな社会システムが提案されるようになってきた。この原動力となっているのがデジタルの技術革新にけん引されたDX(Digital Transformation)という仮説概念である。こうした社会システム変革を引き起こし、経済価値だけでなく社会価値を創出するトレンド(個人や企業の単位だけでなく、社会をあらゆる面でより良い方向に変化させること)をここでは一般的なDXと区別してSocial DXと呼ぶ。
著者らによる造語。書籍「脱炭素で変わる世界経済 ゼロカーボノミクス」11月8日発刊。

 DX導入のトレンドは、①効率化による自社の競争力強化、②自社の効率化だけでなく顧客の利便性向上、③自社の効率化と顧客の利便性向上だけでなく社会的なメリット創出、というステップで進んできた。
 ①は、ホワイトカラーの生産性を向上する各種モニタリングツールや、画像認識、音声認識などを活用して作業を効率化するものだ。工場の生産プロセスの課題を見出したり、開発業務などのプロセスも効率化ツールを用いることで、抜本的な改善が生み出されている例もある。新素材開発、人工光合成などの素材分野などでは、開発チームがナノマテリアルのシミュレーターをすり合わせツールとして活用することで開発を加速させている。
 ②は、不動産や旅行、教育などのサービスにおいて、サイトの改善など、顧客への直接サービスの改善を行うとともに、社内の手続きなどを一体的に効率化して、サイトの品質向上とコスト削減を同時に実現するものだ。これはD2C(消費者とダイレクトに取引する販売方法)の進展を加速し、一例を上げれば、コロナ禍での塾の遠隔指導などの充実とそれに伴う塾運営の効率向上などの事例がある。この類型は、近年最も導入が進んでいる。
 ③は、資源循環などが好例である。リサイクルの効率化とコストダウンを行い、利用者のCO2削減と利便性を向上し、未利用資源の利活用を進めて資源制約や脱炭素などの社会課題を解決する。
 筆者らが取り組むBACE(Battery Circular Ecosystem)プロジェクトもその一つである。同プロジェクトは、急速に普及しつつあるEV(電気自動車)に搭載されるリチウムイオン電池のサーキュラーエコノミー(循環経済)構築を目指す。EVの廃棄電池は2030年には世界で年間1000GWh近くの蓄電容量に相当する量が排出されることが予想されている。これらをリユースして太陽光発電などの再エネ電力の変動吸収に用いることができれば、2030年の世界の再エネ発電量の10%程度を吸収できる規模となり、再エネ普及に大きく貢献する。リユース以外にも、資源リサイクルの効率向上によって資源制約の解消に貢献し、EVの普及促進もできる。BACEではこうした社会システムを構築するためのプラットフォームを開発している。近年では、こうした社会課題を解決するSocial DXプロジェクトが多数立ち上がってきている。

 DXというと、数年前まではITの更新、IoT導入などと考えられていたが、現在では社会変革に即して自社の強みを創出する戦略として位置づける企業が増えてきている。
 DX戦略が大きく変わってきた背景には、データ活用の技術革新によりデータ活用範囲が広がったことがある。当初は活用しやすい自社データの分析から始まり、徐々に断片的にしかわからなかった顧客のデータを包括的に分析できるようになった。さらには、従来、社会的価値として認知されていなかったものをデータとして計測・分析することで、潜在的な 社会価値を掘り起こせるようになった。自社や顧客のみならず社会的共有価値を作るほどの大きな価値創出が実現されるようになってきたのだ。
 電池の場合、古い電池はいつ火災を起こすかわからないという危険物で、潜在価値はあるがなかなか再利用が進まなかった。しかし、電池内部の状態を計測・分析する技術が開発され、安全かつ適正な電池価値を評価できるようになってきたことで、古い電池であっても、その価値が顕在化するようになってきた。
 これは、19世紀にドリル掘削に革新技術である小型蒸気機関が用いられたことで、新たな資源である石油を掘り起こすことが可能になった現象と似ている。
 このように、データが活用しやすい領域だけで使われるのではなく、未開拓の価値を掘り起こし、新たな社会価値を生み出すというのが、現在のSocial DXのトレンドだといえる。こうした段階では、例えば高齢者の心の声を引き出して、幸福度向上のための必要な支援の提供などが可能となったり、衰退に悩む地域で、やる気や貢献心などの無形な非物質価値を引き出して地域価値を向上したり、自然の中に潜む猪などをドローンなどで計測することで、害獣を新たな生活資源に転換することもできるようになる。

 DXの取り組みは、Social DXの特性を把握した上で進めるべき段階にきている。自社の効率化を行うだけでは、コスト低減しかできない。顧客価値を向上させ、売上を向上するとともに、未利用価値を掘り起こして社会的貢献が可能な企業となることで、自社の市場価値を向上させ、ブランド価値や株主の価値、ひいては未来の株主や顧客候補の拡大を実現する。このことこそが、DXを推進する企業の目指すべき方向感となっている。
 これは技術革新によって導かれた不可逆な流れといえよう。今後、多くの企業が社会的な価値を掘り起こすことに成功すれば、産業や市場のプレーヤーの構図が大きく変化する。こうした変革の時代を乗り切るには、常により大きな価値掘削を目指すことが不可欠であり、それ自体が競争優位を確保する重要な手段となる。


※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。

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