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CSRを巡る動き:「ファイナンスド・エミッション」計測とその課題
2021年12月01日 ESGリサーチセンター
「ファイナンスド・エミッション」に関する関心が金融機関において急速に高まっている。「ファイナンスド・エミッション」とは、投融資に係る温室効果ガス(GHG)の排出量を指す。GHG排出量の算定基準を定めたGHGプロトコルでは、スコープ3のカテゴリー15に分類されている。投資や融資を実施した組織の側が、投融資先のGHG排出に寄与したとして、投融資額の割合に応じて、その一部を間接的に排出したとみなされるものである。
金融機関は本業として多数の企業に投資や融資を実行しているため、バリューチェーンを通じた排出量全体のうちファイナンスド・エミッションが占める重要性は他業種に比べて大きい。このため、ファイナンスド・エミッションは主に金融機関において重要な問題となる。
近年、社会的に気候変動問題への関心が高まっているが、とりわけ金融機関におけるファイナンスド・エミッションに関する関心が高まっている背景には、①金融機関自身がカーボンニュートラルへのロードマップを策定する必要があり、その前提となる足元の排出状況を把握しなければならないと言う事情がある。さらに、②間接的にとは言え投融資を通じて多くのGHGを排出している金融機関は、投融資先に対して排出削減を進めるようエンゲージメントと呼ばれる働きかけを行うことが期待されていることもある。加えて、③東京証券取引所の市場再編後にプライム市場へ上場するには、「気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)」の提言に基づいた開示が必要となる等、株式市場や規制当局等からの要請といった背景もある。
ファイナンスド・エミッション計測における課題は、投融資先の排出量データが簡単には揃わない点にある。基本的に、計測には投融資先の排出量データが必要となるが、非上場企業や発展途上国の企業が投融資先の場合は、こうしたデータを得られるケースは少ない。排出量データが入手できない場合には、生産量など関連する活動量データや売上高など財務データを用いて排出量を推測しなければならない(注1)が、全ての投融資先に関して代用データを個別に収集して推測を行うこと自体、事務負担が大きい。推測が独自に行われると、基礎となるデータが金融機関ごとに異なってしまい、それぞれの計測結果を比較・評価することが困難となると言う問題もある。
解決方法としては、いまのところ、民間組織が提供している排出量に関するデータベースサービスを利用することも考えられる。確かに、事務負担の軽減には繋がるものの、データベースも非上場企業については一定の推測で情報を生成している以上、異なるデータベースを利用している金融機関同士では比較困難な状況は解決されない。
実務的観点からみるなら、より公平なファイナンスド・エミッションの計測を実現していくには、非上場企業の負担感に配慮しつつ排出量データの計測・開示を勧奨する取り組みや公的な排出量データベースの構築・整備等が急務であると言えるだろう(注2)。
(注1)排出量データが入手できない場合の計算方法については、欧州の金融機関を中心に設立されたイニシアチブであるPartnership for Carbon Accounting Financials(PCAF)が作成した算定ガイドライン等に方法が示されている。cf. PCAF, The Global GHG Accounting & Reporting Standard for the Financial Industry, P.73, table5-6
(注2)国内には地球温暖化対策推進法に基づく温室効果ガス排出量算定・報告・公表制度が存在するが、あくまでも日本国内の事業を対象とする制度であるなど、国際的な基準であるGHGプロトコルとは異なる点がある。
本記事問い合わせ:亀崎 惇之介