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JRIレビュー Vol.11,No.95

社会支出(Social expenditure)における家族支出推計の現状と課題ー保育所にかかる市町村の支出実態に基づく検討

2021年11月11日 西沢和彦


社会支出(Social expenditure)は、OECDが基準を定めている社会保障費用統計であり、わが国は、国立社会保障・人口問題研究所が推計、2019年度127.9兆円となっている。その政策分野に家族支出(9.7兆円)がある。家族支出の対象は子育て関連であり、こども庁創設を目指す自民党内の勉強会から対GDP比倍増が提言されるなど、政策形成の場を含め広く利用されている。もっとも、社会支出は、近年推計内容に顕著な改善を見せつつ、情報量および精度においてなお改善途上にある。例えば、家族支出には保育所、幼稚園、認定こども園にかかる支出が含まれているが、その内訳は存在せず、仮に規模を倍増させたとしても、子どもにとって最適な支出配分となっているのか否か確認が難しい。保育所建設費など資本形成のうち地方単独事業分は計上されておらず、その分過小推計となっている。子どもにとってあるべき政策を議論していくうえで、家族支出推計の改善は最優先課題の一つである。本稿は、家族支出のうち就学前教育・保育(4.5兆円)、とくに保育所に焦点を絞り、統計としての課題を改めて明らかにしたうえで、一段の改善に向けた具体策を考察した。

そのための手段として、本稿では、地方財政に関する主要な統計の検証を主に行った。それは、社会支出の統計としての成り立ちによる。国民経済計算(SNA)と同様、加工統計である社会支出にとって、原統計の存在、および、その情報量と精度が生命線になる。原統計がなければ加工も出来ないし、原統計の精度は加工統計にそのまま反映される。保育所にかかる支出は、児童福祉法に基づき保育の提供義務がある市区町村を通じてなされる。そのため、地方財政に関する統計が、就学前教育・保育支出の推計にとって重要な原統計となる。そこで、総務省「地方財政状況調査」と同「社会保障施策に要する経費」の二つを採り上げ、あるべき支出推計のための情報の十分性と正確性という視点から検証を試みた。なお、「社会保障施策に要する経費」は、市区町村ごとのデータ、集計値とも非公表であるため情報開示請求を通じ入手した。

検証には、真の値、すなわち保育所にかかる支出実態の特定が必要となる。本稿では、東京都の特別区のうち5区をサンプルとして、各区の決算書類を基に、保育所にかかる支出を公立・私立の設置主体別、経常支出と資本形成の性質別に整理した。併せて設置主体別に子ども一人当たり経常支出も算出した。例えば、何れの区も公立保育所の子ども一人当たり経常支出は220万円〜230万円程度と近似した範囲にあり、私立保育所もおおむね同様の水準にある。資本形成は、私立保育所を中心に年間20億円から50億円台半ばが投じられている(2019年度)。

検証の結果、次のような点が明らかになった。まず、「地方財政状況調査」では、2カ所に保育所が登場する。一つは「46表、施設の管理費等の状況」であり、市区町村が管理する保育所の経常支出が掲載されている。支出推計に利用可能なフォーマットではあるが、5区の計上方法は全く統一されておらず、正確性に難がある。それが全市区町村のなかで5区のみであることが確認されない限り、推計への利用は難しい。もう一つは「21表・22表、投資的経費の状況」であり、公立・私立を合わせた保育所の資本形成が国庫補助事業と地方単独事業の別に掲載されている。5区とも、資本形成の実態と21表・22表はほぼ整合的すなわち正確であり、支出推計に利用可能である。

次に、「社会保障施策に要する経費」である。この統計には二つ特徴がある。一つは、子ども・子育てといった大括りの目的分類にとどまらず、児童相談所、放課後児童クラブといったように細かな目的分類が設定されていることである。もう一つは、その構成であり、経常支出は地方単独事業分が「様式1」に(「様式」は「表」に相当)、同じく国庫補助事業分が「様式3」に、資本形成は地方単独事業と国庫補助事業の合計が「様式4」にそれぞれ計上されている。様式1は、地方単独事業に関する唯一無二の情報源として、2017年度分の社会支出推計時から用いられている。5区の検証結果は次の通りである。
まず、様式3には「子どものための教育・保育給付」などの国庫補助事業が計上されているものの、幼稚園、保育所、認定こども園といった複数の施設形態の合計額でしかなく、施設形態別の内訳を導くことが残念ながら出来ない。仮に、様式3に施設形態別の内訳が調査項目として設けられれば、情報価値は格段に高まるはずである。
次に、様式4には、保育所をはじめ施設形態別に資本形成が計上されており(計3,625億円、2019年度)、その数値も正確そうであり、支出推計に利用可能である。
他方、様式1と様式3の正確性には深刻な難がある。例えば、ある区は、公立保育所の経常支出の実態108.6億円に対し、様式1に33.2億円しか計上していない。別の区は、子どものための教育・保育給付の実態123.2億円に対し、様式3に223.2億円を計上している。様式1の過小計上はそれをすでに利用している家族支出の過小推計になる。

今後に向けて、大きく二つの課題が指摘出来る。一つは、原統計に関するものであり、二つ目は加工方法に関するものである。一つ目については、「社会保障施策に要する経費」の精度改善である。そのためには、「記載要領」の改善のほか、個別の地方自治体分も含め結果を公表し、衆人のチェックの目に晒すことが不可欠である。原統計の精度改善は、社会支出にとっての精度改善であり、かつ、様式3をはじめ今後の利用可能性を拡げる。
二つ目については、①地方単独事業の資本形成について原統計はすでにあり、家族支出への計上方法を具体化させていくこと、②原統計の情報量次第ではあるものの、家族支出の支出分類を、統計利用者のニーズにより即したものへ見直すことである。施設形態別内訳、資本形成の別掲は必須であろう。加えて、③現行の現金主義から発生主義への移行をはじめSNA準拠の追究も重要な課題といえる。
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