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アジア・マンスリー 2021年11月号

資源価格高騰のASEANへの影響をどうみるか

2021年10月28日 松本充弘


資源価格の高騰は、資源輸出国のインドネシア、マレーシア以外の国にとって通貨下落やインフレ加速をもたらす要因になる。特に、フィリピンやタイでは利上げ圧力が強まり、景気回復が遅れる可能性がある。

■資源価格高騰により恩恵を受ける国と受けない国
原油や天然ガス、石炭をはじめとする資源価格が高水準で推移している。10月に入りWTI原油先物価格が80ドル/バレルと2014年10月以来約7年ぶりの高値をつけたほか、アジアのLNGスポット価格や豪州産一般炭のスポット価格が過去最高値を更新した。暖房需要の高まる冬場にかけて需給のひっ迫が継続する可能性があり、今後も資源価格の高止まりが続く公算が大きい。

資源価格高騰の影響は、ASEAN5カ国(インドネシア、タイ、フィリピン、マレーシア、ベトナム)において一様ではなく、資源純輸出国であるか否かによって二分される。まず、資源純輸出国であるマレーシア(2020年鉱物性燃料貿易収支:GDP比+1.1%)とインドネシア(同+0.9%)は、大きな恩恵を受けると見込まれる。資源輸出額の増加は景気押上げに作用し、財政安定化にもつながるとみられる。一方、タイ(同▲4.5%)、ベトナム(同▲3.8%)、フィリピン(同▲2.0%)といった資源純輸入国は厳しい状況に直面する。資源輸入額の増加により貿易収支が悪化するとともに、企業・家計のコスト負担が増加する。実際、マレーシアとインドネシアでは足元にかけて高水準の貿易黒字が続いている一方、タイ、ベトナム、フィリピンは、貿易収支が悪化傾向となっている。

資源価格の高騰は、貿易収支の変動を通じて、為替レートにも影響する。国外での通貨利用が制限されるなど規制が厳しいベトナム・ドンへの影響はほとんどないが、夏場以降、インドネシア・ルピアは対ドルで若干上昇している一方、タイ・バーツとフィリピン・ペソは下落が目立っている(右下図)。為替への影響を考えるうえでは、貿易収支だけでなく、様々な資金の流れを見る必要があるが、タイでは観光業の低迷により2020年4~6月期以降サービス収支の赤字拡大が続いていることも通貨安に影響している。資源価格高騰が際立つなか、当面は総じて貿易収支の変動が大きくなり、各国通貨に影響を与えやすい状況が続くとみられる。

さらに、米国では11月にもテーパリングを開始する可能性が高まっている。こうした米国の金融政策正常化に向けた動きはアジアを含む新興国通貨への大きな下落圧力となる。足元で通貨が軟調なフィリピンやタイは、米国に後れをとってさらなる通貨安圧力に見舞われぬよう、利上げを進めていく必要性が高まっていると言えよう。

■フィリピンやタイは景気回復のさらなる遅れに注意
資源高の影響は、貿易面では国によって大きく異なるが、家計にとってはコスト増となることから総じてマイナスに働く可能性が高い。ASEANの消費者物価指数(CPI)に占めるエネルギー・電力関連のウエイトはタイ(12.4%)が最も高く、マレーシア(11.7%)、フィリピン(9.5%)、インドネシア(5.8%)と続く。ASEANではCPIの伸びが2020年対比で加速している国が多いが、特にフィリピンでは7~9月期のCPIが前年同期比+4.56%と、中銀の目標レンジの上限(4%)を超えている。7月の大雨により農作物価格が上昇したことに加え、足元ではエネルギー価格高騰による光熱費の上昇がCPIを押し上げている。タイでは、政府が6月から8月末まで電気・水道料金を引き下げたため、原油高の影響が抑えられていたが、9月には料金引き下げの終了と輸送価格の上昇によりCPIは+1.68%へ上昇した(8月:▲0.02%)。一方で、マレーシアとインドネシアには燃料補助金制度があり、資源価格上昇の影響はインフレ率にほとんど現れない可能性がある。マレーシアのCPIは、昨年の大幅な下落の反動で今年4月にかけて前年同期比+4.68%へと大きく加速したものの、燃料補助金制度によりレギュラーガソリンと軽油の価格が据え置かれたうえ、夏場の景気悪化の影響もあり、直近の8月は同+2.0%へ伸びが低下している。ベトナムでは輸送価格の上昇などの動きがみられるが、厳格な活動規制による景気低迷によって食料・エネルギーを除くコアインフレ率は大きく鈍化するなど、資源価格上昇の影響が打ち消されている。

以上のように、燃料補助金制度のあるマレーシアやインドネシアを除き、資源価格上昇はインフレ率に大きな影響を与えることが見込まれる。ASEAN各国はコロナ対応の金融緩和策がとられてきたが、資源高によるインフレ加速はその転換点となる可能性がある。なかでも、フィリピンとタイにおいては、先述の通貨下落リスクも考慮すれば、早期に利上げに踏み切る可能性が高い。コロナ禍からの景気回復が弱いASEAN諸国は当面、揃って米国金融政策正常化という難局を迎えるが、特にフィリピンとタイが通貨下落とインフレ加速圧力を強く受けるなかで金融引き締めに踏み込まざるを得なくなり、景気回復がさらに遅れるリスクが高まっていると言えよう。
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