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アジア・米国・欧州の通信事情と今後の潮流  

出典:日経コミュニケーション 2005年7月15日号

 今では情報システム部門のスタッフが潤沢にいるとはいえない中小企業も生き残りをかけて海外に進出している。事業をグローバルに展開するにあたって、競争力を確保するためには企業ネットワークも同時に海外展開しなくてはならない。ところが、日本のようにネットワーク環境が整っている国はほとんどなく、国内の常識は海外では通じないことが多い。言葉の壁、文化の壁もある。アジアを中心に各国の通信事情を見てみよう。

 情報通信産業は、これまでの電話交換網を中心とする設備投資投入型の発展から、投入1単位当たりの産出の増加(生産性)を競う時代に入った。
 インフラ面では電話網から、低コストで柔軟性の高いIP網をベースとする設備投資へとシフトしている。通信インフラ設備の面では、先行組の米欧には最近、固定電話網ならびに移動通信網のIP化およびその統合を目指す、FMC(固定網と移動網の統合)や通信・放送の融合などの動きも出てきた。
 一方、IT分野で米欧の後じんを拝してきた中国や韓国などでは、最先端技術を導入したIP網を構築して、一挙に世界最先端に躍り出る部分が増えてきている。レガシー資産(の後始末)が相対的に少ない、後発国が先端に躍り出るのは歴史の必然でもある。

国際トラフィックは今後、急増国際トラフィックは今後、急増

 経済のグローバル化に伴い、当該国に出入りする通信トラフィックの量(いわば国際商取引における輸出と輸入の和)は、国際通信網の整備に伴い急増すると推定している。
 直近の日本全体のバックボーン・トラフィック総計は635Gbps程度と日本総合研究所(JRI)では試算している。
これは主に1対1型の通信形態によるものと想定されるが、今後1対N型の放送型サービスや、P2Pソフトウェア、WebサービスなどのN対N型の形態が支配的になる。そうなると、質的な変化が通信ネットワークにもたらされ、10年後のトラフィック量は100倍近く増加する可能性も出てくる。
 また、2010年における各主要経済圏との間のトラフィック量は、北米で最大131Gbps、北東アジアで同104Gbps、欧州で同92Gbpsに達し、各経済圏へのトラフィックは現在の日本国内 でのトラフィックの2割に達する可能性もある。こうなれば、まさに情報は世界を駆け巡ることになる。

■アジア編■

 タイ・バーツ急落を契機に1997年、中国を除く東アジアは深刻な経済危機に直面した。タイやインドネシアのGDP成長率は1998年にはマイナス10%前後にまで落ち込んだものの、翌年以降はプラス成長に転じ、直近ではおおむね3%程度の安定的な基調になってきた。シンガポールは2001年以降4%近くを、またマレーシアでは6%近くに回復した。
韓国はブロードバンド革命を進め、6%近くの成長軌道に乗せている。中国は、共産党の開放政策のもと独自経済路線をとり、やや加熱気味ながらほぼ8%台の高水準を維持している。

急伸するIP系サービス

 日本を除くアジア太平洋地域のIP関連サービス市場規模は、今後堅実に推移するだろう。例えば、IP-VPNは2003年の1億ドルから2008年には28億ドルで同95%になる見込みで、最も伸びが高いと予想されている。ブロードバンドは71億ドルから同137億ドルで同14%。ナローバンドの4倍程度の伸びが予想される。
 同様に、IP-VAS(IP managed value-added services)は2億ドルから9億ドルへ伸び、通信全体市場に占める割合は、2003年の1%から2008年には3 %に達する模様だ( I D CJapan調べ)。
 日本、中国、インドなどのアジア地域の企業などへ、オンライン会議サービスや、VoIP(Voice over IP)サービスであるマネージド・セキュリティ・ボイス・サービスなどが現在、広く提供され始めている。
 情報セキュリティについての意識は、中国、韓国、シンガポールは日本以上だ。企業の投資額に対する、情報セキュリティ対策費の割合が20%以上の企業の比率は欧米並みに充
実している(図1)。

【図1】 アジアでも進む情報セキュリティへの投資

面展開、さらに広帯域化へ

 生産基地としてのアジアから、バリューチェーンを下流へ、さらには上流へと広げる動きが出ている。これに伴って海外展開するネットワークも変化させなくてはならない。
 まず、下流への展開とは、アジアで生産して日本に輸入するだけでなく、アジアで生産した物をアジアで販売すること。販売網の整備、物流ルートの確立、販売した後のサポート窓口などが必要になってくる。それに伴い、ネットワークは日本を中心にアジアの各生産拠点をつなぐ形から、相手先国内の販売網に合わせて面で展開する必要が出てくる。
 一方、バリューチェーンの上流への展開は、製品の企画やマーケティングをアジアで行うことを意味する。いくら販売網を海外に構築しても現地のニーズに合ったものでなくは売れない。
 今後は上流域でのIT化が競争の雌雄を決することになるのだ。企画やマーケティングを日本とアジアとで進めるには、映像通信の果たす役割が格段に大きくなる(図2)。ネットワーク的には、財務データの通信よりも桁違いのトラフィックを流さなくてはならず、その構築はさらに難しくなることが想定される。

【図2】 バリューチェーン上のアプリケーション

(出所)日本総合研究所作成  

現地とのコミュニケーションが課題

 ところが、こうした国際ネットワーク構築を進めるにあたって、課題となるのが通信インフラの整備である。それにあたって、最も重要になるのが、現地の通信事業者とのコミュニケーションだ。ユーザー宅までの足回り回線は現地の通信事業者の回線を使うことになるが、現地の通信事業者には、目的意識を日本と共有して活動してもらう必要がある。その際に、現地とのビジネス習慣のみならず、宗教や文化、価値観などの違いを乗り越え、円滑なコミュニケーションを取ることが求められる。
 その上で、国・地域によってはまだ完備されていない通信インフラを整備していく必要がある。
 また、電源供給にも地域によっては不安が残る。例えば、中国華東地域では2003年夏以降、電力不足問題が顕在化している。そのため電源供給や回線までもが不安定となるなど、日本からの進出企業が操業に難渋する場面も少なくない。
 こうしたローカルな事情は、日本にいてはなかなか具体的に把握することができない。現地の通信事情に精通したパートナーの選定が非常に重要となる。

消費マーケット拡大に合わせ国内ネット整備が進む中国

 中国は、これまで「世界の工場」という位置付けだったが、消費水準が向上して、もともとの莫大な人口と相まって、巨大な消費マーケットが生まれている。工場の段階であれば、限られた数の生産拠点と日本とを結ぶネットワークを構築すれば良かったが、販売マーケットとして捉えると広大な中国をカバーする物流網/販売網に見合ったネットワークを構築しなくてはならない。ネットワーク構築の難易度が格段に上がるのだ。
 例えば、ある家電系大手日本企業は、会計システムを統合すべく、2003年から財務会計システムの中国展開に着手した。中国全土にある53社の拠点でシステム共通化を図り、コストを最小限に抑えた。各拠点をネットワークで結び、日本の本社で、中国国内の各拠点の財務情報がリアルタイムで把握できるようになった。これは主にバリューチェーン下流域でのグローバルな取り組みといえよう。

ネット資源がひっ迫するインド

 中国と並んで人口が多く、国土の広いインドだが、日系企業にとってはマーケットというよりは生産拠点としての重要性が高いだろう。
先端的なごく一部の都市には、日本から直接回線が延びている。だが、その先のインド国内の足回り回線は手配を依頼しても、数カ月待たされるのは当たり前という状況だ。インドは世界的にITアウトソーシング先として注目されており、国内のネットワーク・リソースがひっ迫しているためだ。

VPNのニーズが高まるタイ

 一方、タイでは日系企業の進出が進み、設備投資が増大している。ネットワーク需要としては、従来の音声中心の専用線から、ERPなどのデータ伝送をするための比重が高まっている。このための回線としてIP-VPNやインターネットVPNの需要が高まっている。また、タイでは光ファイバは普通に使われている。

■米国編■

 1990年代のクリントン政権誕生により米IT政策は、市場にすべてを委ねる市場競争主義からの転換を試み、産業政策の色彩を強めることで大きな効果を発揮した。例えば、米国国民1人あたりのIT関連支出割合(全産業の法人総固定資本形成における割合)は91%と際立っている。
 米国電気通信工業会によると、米通信業界の2003年における売上高は前年比4.7%増の7205億ドルに達した。2004~2007年における米通信業界の年平均成長率は9.2%とされ、最終的には1兆ドル規模に到達する見込みである。経済成長を上回る速度だ。
大企業向けネットワーク機器の売上高は、企業のIP化が進んだことから、2003年には前年比3.9%増の940億ドルに拡大。最も成長したのはビデオ会議分野で、前年を28.6%上回る9億ドル規模となった。これまでにない新しい動きである。
 さらに、FMCを先取りする動きも米国では起きている。例えば、製造業の米スケッチャーズは2002年に配送センターに無線在庫管理システムと携帯端末を導入。物流関連作業や文書管理を効率化し、経費を年間約100万ドル削減した。移動通信のリソースを固定網と併用、効率化を計る動きは、今後、本格的なFMCへつながっていくだろう。

■欧州編■

 欧州主要国での経済成長は近年おおむね3%台を実現し、通信バブルからの後遺症を払拭した感がある。調達・販売にネットを利用する企業の割合は日米よりも総じて高く、ネット利用の取引は大変活発だ(図3)。

【図3】 調達・販売にインターネットを利用する割合

(出所)2003年近傍の各国統計データや民間アンケート調査に基づき日本総合研究所作成 

 2003年の欧州でのIP-VPNサービス市場は27.3億ユーロ。2008年までに85.6億ユーロに達する模様だ(年平均26%成長、米Frost&Sullivan調べ)。

 国内のある大手メーカーは、欧州19カ国53カ所をIP-VPNで相互接続し、最先端ERPを導入した。同社の製品計画、受注業務の合理化、効率的なサプライチェーンの推進を支援している。

* * *

 今後の企業のグローバル展開には、通信・IT基盤の活用が欠かせない。だが、これまで見てきたように、各国・地域によって通信事情は異なっているので、シームレスなネットワークを世界規模で構築するのは容易なことではない。各地の通信事情に通じて、現地のキャリアとしっかりコミュニケーションの取れる事業者にアウトソーシングしていくのが、グローバル展開の近道と言える。

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