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《第3回》地域経営からみた「調達革命」
性能発注の時代(その2)

出典:旬刊  国税解説 速報VOL/45 第1652号

1 説明性

前回は性能発注と仕様発注の違いを、VfM(Value for Money)、価格情報、競争性について論じた。今回は、これに引き続き、いくつかの重要な要素について考えてみよう。

1番目は、何故その事業者を選んだか、に関する説明性である。
伝統的な入札行為では、関係者の前で指定された箱に入札札を入れ、その場で開封する、という儀式的な札入れが行なわれる。関係者の前で札を入れ開封しているのだから、不正行為はできないはず、というのが儀式的手続きを行なう理由である。そして、事業者は誰もが理解しやすく意見の相違が起こりにくい「価格」によって決められる。つまり、従来の入札では、不正行為が困難な手続きと価格競争という分かりやすい基準により、事業者選定の公正さを説明してきたのである。行政側にとってはルールにしたがって事業者を選べば、入札が妥当であるとすることができる、説明負担の少ない仕組みであった。これを全国画一的に行なうことで、巨額の公共工事を効率的に捌いたのである。
性能発注になると説明の仕組みは大きく変わる。前回示したように、性能発注では、価格だけで事業者を評価することが必ずしもVfMを最も高くするとは限らない。価格以外の要素で民間事業者を評価するためには、評価の仕組みを事業の特性に応じて決めなくてはならないし、評価するのに時間がかかる。全国一律の手続きを定めることも、関係者の前で札入れ、開封を行なうこともできない。事業者選定の結果が妥当であったかどうかは行政側の担当者が逐次説明しなくてはならない。何故、その評価方式で選んだのか、手続きは妥当に行なわれたのかを説明するのである。ルールに沿っているから妥当である、という説明が成り立たないのが性能発注の事業者評価なのである。したがって、公共側のスタッフには、評価の仕組みや手続きを作り上げるための企画力、委員会の運営を含めた実行力などに加え、自らが行なった事業者選定が妥当であることの説明力という、仕様発注の時代とは比べ物にならないくらいの能力が求められることになる。

2 匿名性

次に指摘できるのは民間事業者の固有名詞の扱いである。これまでは、委員会などで評価を行なう場合には、A社、B社というように民間事業者の名前を伏せた形で事業者を選定することがあった。固有名詞を知ることで、先入観を持った選定や恣意的な選定が行なわれることを防ぐためである。また、こうした匿名方式による事業者選定が行なわれてきたのは、提案書やヒアリングの際の受け答えだけで民間事業者を評価できると考えていたからに他ならない。
委員会形式の事業者評価は建築物の設計コンペの影響を受けている。設計のように評価の対象が絞られており、設計書で評価者に十分な情報を提供することができ、かつ建築家のような専門家が存在する場合は、依然として匿名式の事業者評価の意義はあろう。
しかしながら、性能発注で施設等の整備、運営を委託する民間事業者を選ぶ場合、匿名式の選定は行なうべきではない。性能発注では、業務の質は民間事業者の素養に委ねられるところが多いからである。言い換えると、誰がやるかで事業の質が大きく違ってくるのが性能発注である、ということだ。例えば、施設の整備では詳細な仕様は民間事業者に委ねられるため、提案書だけでその設計が妥当かどうか判断することはできない。少なくとも同じような施設を整備した経験を持つ信頼ある事業者であることを確認したい。
施設の運営などでは事業者の素養がさらに重要になる。設計に比べても、どのような運営を行なうかを具体的に伝えることが難しい。提案書で奇麗に書き連ねられた計画がそのとおりに実行できるかどうかは分からない。契約書で書いたとおりに業務を実行することを約束させたとしても、実行力がなければ契約は履行できない。提案された業務が実行できるかどうかを判断するのに最も頼りになるのは事業者の実績である。単に業務の実績リストや契約書を添付するだけでなく、他の事業での評判なども分かるといい。海外の事業者選定では、民間事業者が提示した実績ごとに顧客に連絡を取り、業務の履行状況を確認することも行なわれている。実績や評判の高い事業者を選ぶことは副次的なリスクヘッジ効果も生む。多くの実績を持ち顧客から高い評価を受けている事業者であるほど、市場での信頼を大事にするため提案内容が正しく履行される可能性が高いからだ。
民間事業者に依頼する業務にサービスの運営が含まれるなど、内容がソフト化、複雑化するほど、誰がやるかを知らないで事業者を選定することは難しくなるのだ。

3 条件変更

日本の入札制度では、原則として公募時に公共側が提示した条件、あるいは民間事業者が提出した資料の変更が認められていない。事業者選定の公正さを保つためだが、仕様発注を前提とすると合理性もある。発注に当たって、公共側が十分に検討した設計や詳細な仕様であれば、理屈の上では変更の可能性は非常に少ないはずだからだ。民間事業者にしても、公共側の提示した条件に沿って施設を建設するだけなので、提出資料を修正する必要もないはずである。仕様発注で条件の変更が必要となるということは、公募条件の詰めが甘かったからである、と言うこともできる。
一方、性能発注では条件の変更は必須と言ってもいい。公共側が提示するのは基本的な要件だけの性能発注で、民間事業者が公共側の期待に100%応えて設計等を提出してくることはないからだ。提示する条件が基本的なものであるだけに、それが具体的に何を意味するかを100%理解することはできない。公共側に「こうして欲しい」というイメージがあるほど、公共側の期待と民間事業者が提出する資料のギャップは大きくなる。そして、公共側が公共サービスを受ける地域住民の利益を重視し、かつ自らがそのニーズを最もよく把握していると自負するのであれば、このギャップを埋めることに注力しなければならない。
これは公共サービスの本来の目的を考えるのであれば、性能発注によって民間事業者が提示する資料は、住民ニーズに沿って修正されることが是とされるべきであることを意味している。
ただし、民間事業者も一定のコストに基づいて資料を提出しているので公共側の言っていることを鵜呑みにするわけにはいかない。そこで、公共側の要求を呑む代わりに、他の部分について条件を緩和する、あるいは自分達にとって有利な提案を認めてもらう、などの取引が重要になる。性能発注による事業は発注者と受注者のこうした交渉を経てよりよい方向に改善されていく。事実、海外の性能発注の工事では、民間事業者は自らの負担を下げ、発注者にとってもメリットのある代替案を認めてもらうように努力するのが普通である。発注者側にも、それがメリットのあるものと思えば受け入れる姿勢がある。
このように、仕様発注と性能発注で民間事業者との関係に差異が出るのは、制度の違いもさることながら、民間事業者の位置づけの違いも一つの理由だ。仕様発注において民間案事業者は公共側が示した仕様にしたがって建設等を行なう事業者であるのに対して、性能発注では協働して事業のValueを上げていくためのパートナーである、ということだ。だからこそ、互いに提案を出し合いながら協議しようという意識も生まれるのである。

4 契約書

条件協議の結果ではあるが、仕様発注を前提として行なわれてきた公共事業と性能発注による事業では契約書の位置づけも大きく異なる。
従来の公共事業でも公共側と民間事業者の交わす契約書はあったが、その内容に民間事業者の意向を反映することは難しい場合が多かった。多くの企業が「公共の契約書だから仕方ない」と諦めて押印していたのが実態である。また、入札で受注する企業が決まってから契約書を渡されるケースも少なからずあった。つまり、従来の公共事業では契約書は工事を受注するに当たっての異議申し立てができない前提条件であったのだ。公共団体がこの状況をどう思うかは知らないが民間事業者から見ると、一方的に条件を押し付けられ協議もできない状況は明らかに異常である。
事業を行なおうとする時、民間事業者にとって契約書とは合意文書である。関係する事業者が各条項の内容を評価し、自らの意見を述べ、着地点を探るための交渉の結果を書き示したのが契約といえる。だからこそ、そこに書かれた条件は責任を持って履行しなくてはいけないし、相手方にも履行を求めることができる。特に、性能発注による事業で相手方をパートナーとして扱おうとするならこうした姿勢は必須であるし、双方の担当者は合意された条件を自らの組織内で説明する責任を負っている。事業担当者が組織の中での説明責任に関する自覚を持たないことにはパートナーシップは成り立たない。
構造改革が進められている昨今においても、我々民間人にとって公共団体は世間並みの交渉が通じる相手とは理解されていない。しかし、公共側が民間事業者との合意形成を図らなかったことで、これまでどれほど多くの事業の価値を失ってきたことだろう。条件を押し付ければ、民間事業者はどこかで必ず補わなくてはならない。それが合理的なものであればいいが、結果的に事業のValueを下げることにもつながる。また、一般のマーケット論理が通らないために優れたサービスを提供できる事業者と出会う機会を逸している可能性もある。
事業者との間で本来の意味での合意形成を図らないことは、事業のValueを下げ、結局は税金の無駄遣いにつながっていくとの理解が必要なのである。

5 非価格要素評価の組み込み方法

ここまでの議論で明らかなように、性能発注によって民間事業者に業務を委託するに当たっては価格以外の要素を評価することが不可欠である。そのための一つの方法が総合評価方式であるが、非価格要素を評価する方法はこれだけではない。
価格要素、非価格要素の組み合わせは、価格要素に対する非価格要素の時系列な位置づけによっていくつかの方法に分類することができる。
1つ目は、非価格要素を価格要素に対して時系列的に前倒しで評価する方法である。最終的な評価に先立って条件のハードルを課すので事前ハードル型と呼ぼう。
事前ハードル型において、非価格要素を資格条件とする場合は条件をクリアした事業者は価格評価に進むことができる。制限つき競争入札と呼ばれる方法である。資格審査では、全ての事業者が条件をクリアした場合は単純な価格競争入札になってしまうため、非価格要素の優劣で民間事業者の数を絞り込む方法も考えられる。非価格要素が比較的優れている事業者を選び、後は価格で評価しよう、ということだ。
ただし、日本の入札制度における資格審査は、事業者の信頼性を確認することを目的としているので、提示した条件を満たした事業者は全て以降の入札の対象としなくてはならない。したがって、非価格要素の優劣によって事業者を絞り込む方法は入札制度には合致せず、随意契約として扱われる。
事前ハードル型は、前記のいずれのケースにおいても最終的に価格を重視する評価方式であることに変わりはない。言い換えれば、価格が高ければ質の高い提案であっても採用することはできないのが事前ハードル型と言える。
2つ目は、事前ハードル型とは逆に、非価格要素を評価する前に価格のスクリーニングをかける方法である。最終的な評価に先立って上限価格を提示するので、価格スクリーニング型と呼ぶことにする。ここで提示する価格は予定価格はないしはこれをベースとした目標価格である。どのような価格を提示するかは公共団体の財務的判断によるが、提示した価格以下で調達できるのであれば、公共側が財務的な目標を達成できなくてはならない。その意味で、予定価格は従来の公共事業で使われていた積み上げ式の価格でなく、一般の入札における落札率を含んだチャレンジングなものでなくてはならない。
価格スクリーニング型の審査では、公共団体が対象となる調達行為で財務的なメリットを先取りした上で、できるだけ質の高い提案を採用することになる。提示される価格が一般の入札よりもチャレンジングであるため、民間事業者は効率化の工夫を凝らした上で、いかにサービスの質を上げるかを考える。ただし、予定価格をクリアすることは最終的な審査に残るための条件に過ぎないため、民間事業者は質をいかに上げるかに集中することになるはずだ。したがって、価格スクリーニング型の評価は質を重視する場合に優れた事業者選定の方法ということができる。
一方、日本の入札制度では価格をスクリーニングに使う方法は認められない。この方法による事業者の選定は随意契約によるところとなる。
3つ目の方法は、非価格要素を価格要素と同時に評価する方法である。次元の異なる価格要素と非価格要素を1つの評価式に組み込み、総合的に高い評価点となった事業者を落札者とする。PFIなどで盛んに使われている総合評価方式はこれに類する。価格要素と非価格要素を同時に評価できる優れた方法であるが、あくまで他の方法との優劣を踏まえた上で適用を考えなくてはいけない。
次回では、以上述べた方法を中心に適用性を考えていこう。(次回へ続く)

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