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現場の知恵が行政IT化の質を高める

出典:ガバナンス 2004年5月 NO.37


「公共サービスの付加価値向上」「行政運営に対する住民の理解と参加」
これらは、自治体がIT投資を進める際の最大のポイントである。ここで重要なのが地域機関をはじめとする現場部門の活躍だ。本庁IT部門が現場へのコンサルに注力するとともに、現場の責任・権限を明確にすることで自発的な業務改革を推進することが不可欠となっている。

成果を具体化せよ

2003年をターゲットとして進められてきた電子自治体の政策も1つの段階を終えた。国と自治体を結ぶ世界でも稀な専用回線LGWAN、住民基本台帳ネットワークシステム、ICカードなどのインフラが稼動し始めるとともに、電子申請を始めとするサービスも開始される。一方で、例えば、ICカードは目標の300万枚に対して80万枚しか配布されていない。そもそも、1億人を超す人口に対して300万人という目標自体がかなり抑えたものであるにもかかわらず、それすらも大幅未達という状況は、ICカードに限らず、今後電子自治体がめざしていくべき方向性を明確に示唆している。日本の公共投資は中長期的な目標に対して先行的にインフラを整備するスタイルをとってきた。結果として、経済成長が鈍化すると、実際の需要が計画を大幅に下回る事態が数多く発生するようになった。電子自治体において、整備したサービスやインフラの利用が低調に終わっていることの原因の一つは、こうした過去の公共投資のスキームを踏襲したことにあったと考える。電子自治体の政策を、従来の公共投資と同様のスキームで展開したことは、少なくとも二つの点において誤りであった。一つ目は、従来の主たる投資対象である土木建築物に比べて、耐用年数がはるかに短いことである。需要については、短期的かつ具体的に確認する必要があったが、これまで電子自治体のサービスの利用率向上に関する綿密な検討が行われたとは思えない。2つ目は、ITの公共投資化を促したことだ。海外における電子政府の政策は、構造改革の延長として実施されたが、日本ではITの整備そのものが自己目的化した。こうした過去の路線を転換するためには、電子自治体について成果重視の改革が求められている。

成果獲得のための3つの視点

電子自治体には、行政運営の効率化、公共サービスの付加価値化、行政運営に対する住民の理解と参加、という3つの成果が期待されている。効率化については2つの観点が重要である。一つは、電子自治体に伴う投資に対しては補助金や地方交付税、あるいは税金等の原資がないため、効率化の成果を上げないと確実に財政負担になる、ということだ。二つ目は、効率化は最終的な数字で評価されるべきものであって、「IT化しています」といった類の説明は何の説得力も持たない、ということだ。そして、電子自治体のメニューの中には、整備イコール効率化といったIT化はほとんどないから、効率化の成果を達成するためには、ITをどのように使うかが重要だ。一方、現在の自治体の状況を踏まえると、効率化だけで電子自治体の成果を説明するのは容易ではない。効率化実現のための具体的なプログラムがない中で耐用年数の短いITを有効に使って結果を出すのは相当に難しいからだ。結果として、この政策に対する住民の理解を得るためには、「公共サービスの付加価値向上」と「行政運営に対する住民の理解と参加」をいかに実現するかにかかているといっていい。

現場部門の活躍が成功の鍵

ここで重要になるのが公共サービスを提供している現場部門の活躍である。多くの住民が見ているのは、ITの機能ではなく、公共サービスの質であり、行政運営への理解度なのだから、住民のニーズを最も理解している現場に近い部門が期待されるのは当然である。民間企業の経営では顧客満足度を向上するために現場部門への権限の委譲が必要なことは半ば常識である。IT推進部門がいかに優秀であっても数多くのサービスに対して現場のニーズを捉えることはできない。そして、住民向けのサービスを担う地域機関の活躍の場もここにこそある。例えば、福祉の分野で住民に評価されるサービスを提供するには地域ごとの事情に応じた工夫が必要になる。ITは、こうした工夫を伴ってこそ、住民から新たな付加価値として評価される。仮に、介護家庭への情報提供や相談機能のためのパッケージソフトがあったとしても、その地域の状況に合ったカスタマイズや、付加的なサービスが伴って住民に評価される。行政運営に対する理解と参加という目的についても同じことが言える。例えば、電子会議室のようなシステムでは、ウェブの設計も重要だが、優れたウェブマスターやコーディネーターがいてこそ、住民から評価される理解と参加のための窓口となり得る。

現に向けた課題

しかしながら、「公共サービスの付加価値向上」や「行政運営に対する理解と参加」への住民の評価を獲得するために現場部門の創意工夫を促すのは、そう簡単ではない。筆者が電子自治体の政策を引っ張ってきたIT推進部門の方と接してきた中で、今後の課題として多く指摘される意見の1つが、他部門の理解度の低さであるからだ。破綻寸前の財政状況の中、巨額の資金を投じながら、これからの評価を左右する現場部門の理解が進まない、というのが電子自治体の置かれた、偽らざる状況なのである。こうした状況に対応するためには2つの面からのアプローチが必要である。1つは、これまでインフラとしてITの整備に注力してきたIT推進の組織が、現場部門にITを有効に使ってもらうためのプロモーション機能を強化することである。整備が一応の段階を終えたことで、技術面での業務を民間事業者に委ね、余力をプロモーションに向けていくことができる。オーストラリアでは、ITの中核的部門が現場部門へのコンサルテーションを提供している。
2つ目は、現場部門の責任と権限を明確にすることである。これまでもITの推進部門は公共団体内部でのITの普及に尽力してきたはずだ。にもかかわらず現場部門の理解が一つの課題になるような状況があるのに、「現場の知恵を」と言ったところで大きく状況が変わるとは思えない。また、IT推進部門のコンサルテーションはあくまで第三者的なサービスだから、サービスを受ける側が消極的では効果は上がらない。そこで、ITの中核部門は自らの責務をハード、ソフト両面でのインフラ整備に限定し、公共サービスに関わるアプリケーション部分については現場部門の責任と権限の下で構築、運用する。その上で、各部門の効率化やサービス改善に関する成果を評価すれば、モチベーションも上がるし、多面的なノウハウの発揮も期待できる。
電子自治体の政策でこのような分権を図るには、当該現場部門の業務自体の自立も図らなくてはならない。ITが業務との密接な関係の中で本当の効率化や付加価値を実現するのであれば、ITだけでなく業務一般に関して責任と権限を明確にすることが必要だからだ。最近では、電子政府の成果が問われるようになって、ITは行政業務やサービスと一体になることが必要であるとの認識が共有されつつある。そして、これを実現するための方策を考えた時、現場部門の自立という改革の本質へと行き着く。やや逆行したきらいはあるが、現場主導の改革こそが電子自治体を成功させるために求められる不可欠の対策となっている。

 

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