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電子自治体実現への戦略(3) CIOはIT投資の司令塔

高村茂

出典:地方行政 2003年1月号

CIOはIT投資の司令官-庁内の組織戦略-

前回(1/16号)は、「IT投資の推進戦略」という内容で現在のIT投資の課題と今後の戦略について述べたところである。 今回は、このIT投資を円滑に進めるための体制も含め、電子自治体推進の組織戦略について考えてみたい。

IT施策推進の障害

まず、図表2-1に示す、弊社(日本総研)が主宰する電子自治体フォーラムで実施したアンケート結果をご覧いただきたい(電子自治体フォーラムは、自治体職員が電子自治体の推進に際して、情報交換を行うことを目的として設立したものであり、現在280を超える自治体が参加している)。
質問は、「ITを活用した施策を推進するに際し、障害となっていることは何ですか?」である。なお、調査の概要は次に示す通りである。 (第1回) 実施期間:200年10月12日~18日 実施対象:電子自治体フォーラムメンバー自治体=160自治体 回答総数:94件(回答率59%) (第2回) 実施期間:2002年3月4日~3月12日 実施対象:電子自治体フォーラムメンバー自治体=287団体 回答総数:92件(回答率 32%) 自治体においてITを活用した施策を進めるに当たって障害となっている要因について複数回答で尋ねたところ、「予算の確保が困難」(2002年調査71%、2000年調査=78%)、「庁内体制の未整備」(同46%、同64%)、「職員の未熟な情報取り扱いレベル」(同43%、同49%)と2000年と2002年で順位は変わっていない。
一方、2000年から2002年へのポイントの増減でみると、「首長・幹部職員の無理解」(36%→5%)、「自治体主導による情報化推進の限界」(19%→1%)が大きく減っていることが分かる。これは、IT整備の重要性が首長レベルにも浸透したことと、国主導ににより、各自治体が取り組まざるを得ない状況に追い込まれていること等が原因と考えられる。 今回の前半では、アンケートで課題と挙げられた内容について、庁内をどのように動かすことができるかという視点から考えてみたい 。

CIOにIT推進の権限を集中する

まず、アンケートで最大の問題とされた「予算の確保が困難」を打開するための戦略である。 日本の経済状況が好転しない環境下では、最も大きな障害となっている「予算の確保が困難」という状況を容易に変革することは困難である。なぜならば、予算の獲得に際しては、情報担当部署も他の部署と横並びで財政当局と対峙する構造になっているからである。 しかしながら、このような状況下においても、行財政改革を進めるため、また、高質な行政サービスを提供するため、電子自治体化は推進しなければならない。 
ここをブレイクスルー(打開)するための1つの方法が、CIO(Chief Information Officer =情報化担当責任者)の設置である。 このCIOが意味するところは、「ああ、情報化部署の責任者ですね。うちにも情報▲■部長がいます」ということではない。 米国等の自治体におけるCIOには、財政面の決裁権限もある程度委ねられていると考えて差し支えない。すなわち、CIOが「やる」と意思決定すれば、予算はついてくるということである。 したがって、CIOは、首長の意を汲んですぐに行動できるポジションであることが望ましく、米国等では、助役クラスがなっているケースが多い。 
もう1つCIOには大きな仕事がある。それは、電子自治体化を進める際の民間企業との「交渉役=ネゴシエーター」である。連載第1回(1月6日号)でも述べたように、民間企業との交渉を仕切るためにはそれなりの力量を必要とする。この辺りは、今回の後半で述べるところであるが、情報化推進のリーダーには少しでも有利な条件で電子自治体化を進めるための交渉力が必要だということである。 実際、米国自治体のCIOは、各種の行政事務用のアプリケーション(応用)ソフトを民間企業と共同開発し、それを他の自治体に売る、使わせるというビジネスを行うため、開発企業とのタフ(厳しい)な交渉を行っている事例さえある。 
そして、このCIOの下、庁内のIT化を推進する実動部隊が結成されなければならない(当然、既存の部署でよい)。

情報化担当部署は黒子に徹する

次に、アンケートの「庁内推進体制の未整備」を打開するための戦略である。 ここでは、情報化担当部署の役割は、(1)庁内情報化のための基盤整備(2)各部署でITを活用するための支援―の二つだが、実は円滑な庁内情報化推進のための方策は同じである。 (1)については、現在ほとんどの情報化担当部署が取り組んでいる内容であり、ここについては前述CIOの力も借りながら粛々と進める必要がある。
逆に、IT基盤の整備まではどの自治体も到達できるということである。 しかしながら、現実は、この全庁のIT基盤が、各部署の協力を得られないで十分に定着していないのではないかと筆者は考える。 (2)については、多くの自治体においては、いよいよこれからという段階であるが、扱う内容が原課の業務内容となるので、情報化担当部署としてはますます側方支援の色彩が濃くなる。 情報担当部署としては、何とか庁内にIT活用の契機をと躍起になる。しかし、この時に重要なことは、全部署一斉に導入しようとか、全部署の足並みが揃うまで待とうと考えて躊躇しないことである。
これは所詮無理だと考えた方がよい。では、どうすればよいのか。 ITの活用を庁内に定着させるためには、まず、先行する部署を設定し、成功事例をつくるのがよい。部長や課長がITの活用に関して理解を示し、積極的に推進してくれそうな部署に白羽の矢を立てるのである。 そして、例えば「あの部署はITを活用して文書管理がうまくできていて、過去の文書でもすぐに見つけられる」「ホームページをうまく活用し、市民からの評判も良いようだ」といった評価を他部署に告知することが効果的である。 
取り組んだ時のメリットと、取り組まない時のリスクが明確になれば、必ず他部署は動くはずである。 特に、決裁等庁内の基盤ともなるべき業務プロセスについてITを活用する場合には、従前の業務の仕方を見直すことが多く、職員の抵抗もかなり大きいと思われる。しかし、それでも上述のような先行部署の成功事例を構築する手法を使いながら、進めていただきたい。 1つ2つの部署で活用され始めれば、全庁への波及は時間の問題となろう。最初のトリガー(引き金)をどう引くかが肝心だということである。 換言すれば、情報化担当部署が旗を振りすぎてはいけないということである。原課に「情報化はあなたの部署の仕事でしょ」と決して思わせないことが必要である。 

庁内でのパイロットプロジェクトをつくる

すぐに乗ってくれる部署もない、という状況もあるかもしれない。 そのような場合は、全庁の若手中心に特命チームを組み(もちろん現在の業務の外として)、例えば電子メールでの訃報・共済情報の共有やグループウエア(電子掲示板などLANを活用した情報共有・協調作業システム)でのスケジュール管理・会議室予約等、職員全員がかかわることができる「非日常業務」でのIT活用を仕掛けてはどうだろうか。 あるいは、セキュリティー(安全対策)を前面に出して、ウイルスのチェックや個人情報の庁外流出防止等を視野に入れたパイロットプロジェクトを実施するのも効果的であると考えられる。 ここでのポイントは、非日常業務で実施するところであり、身近なところから職員にITとの接点を持たせるということである。

上席者が積極的に電子メールを使う

さて、前出のアンケート(2002年版)で障害の第3位にランクされた「職員の未熟な情報取り扱いレベル」を打開するための戦略である。 最近役所に入ってきた若手職員は、学生の頃からパソコンやインターネットとの接点を持っているから、ここでいう職員としては、年配職員を核とした層に焦点を当てる。 正直なところ、一般論としては年配の職員がパソコン利用に慣れるためには、若手職員よりも時間を要することは否めない。
しかし、だからと言って、やらなくてもよいということにはならない。 本連載の第一回冒頭に、料理店の話を書いた。パソコンは調理道具で言えば包丁である。プロ並みの包丁裁きの人もいれば、ゆっくり「トン、トン」としか切れない人もいるだろう。しかし、野菜を切る時には包丁を使う。それでいいのである。 では、「トン、トン」に当たるパソコン用の最低限のスキル(能力)は何だろうか。 私(筆者)は、「電子メールの受発信」ができることだと考える。通常、わが国では、年配の職員は役職の上の人が多いことになっている。言わば、プロジェクトの意思決定をしたり、部下をマネジメントしたりする立場の方が多いということである。 
こうした役職の人に必要なスキルは、ワードで凝った文書が作れることでもないし、エクセルを駆使して表計算を行うことでもない。 最低限必要なスキルは、ネットワークを介して、同じ部署の職員やプロジェクトのメンバーとコミュニケーションができることである。そのためには、電子メールの受発信ができることが必要だ。 例えば、部下から新たな事業の提案が電子メールで届く。その内容に目を通し、GOサインを出すかどうかの判断ができればよい。 一方で、ネットワークを介したコミュニケーションに関して、懐疑的な方もいるかもしれない。
「同じ職場の中にいるのに、上司の席まで説明にくれば良いではないか」という声が聞こえそうである。確かに、両者が近いところに机を並べ、同じ時間に業務を行っているのであれば、そうすればよい。 しかし現実はどうだろうか。課長、部長等役職が上席になればなるほど内外との打ち合わせが多く、議会対応も必要となり、自席にいることが少ない状況ではないだろうか。実は、このような状況下のコミュニケーションに電子メールは威力を発揮するのである。 そして、この上席者が電子メールを使い始めるようになると、多少の時間差こそあれ、組織内の情報共有・意思疎通が円滑になるため、組織の雰囲気が間違いなく変わってくる。 これが、その部署内のIT活用に消極的な職員がパソコンに触れるための動機付けになり、リテラシー(パソコンを使う能力)向上にも繋がるものと考える 。

ITアドバイザーを活用する

さて、ここまでは、IT化をどのように進めるかについて、庁内におけるIT推進組織の視点で述べてきたが、実はもう一つ大きな課題がある。 それは、電子自治体化を進めるうえで避けられない、民間企業とのやり取りを円滑に行うための組織戦略である。 電子自治体化のプロセスでは、民間企業へのシステム発注がついて回る。
この際には、(1)発注仕様の決定(2)契約手法の決定(3)落札業者との仕様の調整(4)システムの構築監理(5)完成システムの機能チェック―等の作業が発生する。さらには、運営・保守の内容も決めなければならない。 しかしながら、本連載第2回(1/16号)でも述べたように、自治体側に十分なITの知見がないため、民間企業側の言い分をほとんど丸呑みにして進めなければならない状況も少なくない。 せめて、民間企業と対等に仕様策定等の議論ができないと、各自治体にとって必要十分なシステムの構築や価値のある税金投入(バリューフォーマネー=VFM)にならない恐れがある。 視点を変えて、IT化をハコモノ整備に置き換えてみてはどうだろうか。
前述(1)~(5)までの作業について、庁内職員で対応しているだろうか。通常は、設計事務所がその役割を担っている場合が多いはずである。すなわち、設計事務所が実施設計を行い、ゼネコンへの発注を支援して、工事の監理や竣工時の仕様確認まで実施している。 IT分野にも、この機能が必要なのである。職員で手に負えない部分の支援をするIT分野の設計事務所、これをITアドバイザーと呼びたいと思うが、この機能を獲得しないと、民間企業とは対等に議論できないのである。 このITアドバイザー機能は庁内での調達が難しいため、民間のノウハウを活用する必要がある。当然のことながら、自治体の立場でIT投資についてのアドバイスをすることになるから、アドバイザーの立場に立った企業がシステム構築を受注することはあり得ない。
ITアドバイザーには中立性が必須である。すなわち、どのベンダー(ハードやソフトを販売・供給する会社)とも等距離にあることが必要である。建設工事で設計・施工が分離発注になっているのと同様、ITアドバイザーとシステムの実装に関わる民間企業は、全く立場が異なることを明確にしなければならない。

民間企業との窓口となる部署を1本化する

先のITアドバイザーの機能を自治体の各部署が具備することは現状では到底できない。したがって、民間企業との対応を円滑かつ効率的に実施するためには、民間企業との窓口を極力一本化することを提案したい。すなわち、庁内のIT投資については、一括して担当する部署が必要だということである。この部署のリーダーが、本論の冒頭で述べたCIOに他ならない。 
そして、この部署の職員は、ITアドバイザーが行う民間企業との具体的な折衝を通して、スキルアップ(能力向上)を図り、いずれは内部でアドバイザー機能を獲得できるような人材育成戦略も立てておく必要があろう。 今回述べた組織戦略をまとめると図表3―2のようになる。そのポイントを今一度整理しておくと、 1.T投資を所管する専任のリーダーとなるCIOを決定し、CIOの意志に沿って動ける、全庁のIT投資を統括する部署を決定する(この部署は新設する必要はない)。 2.IT調達時の支援を行うITアドバイザー機能を民間企業に担わせる(アウトソーシング=外部委託)。 3.IT関連の契約等民間企業との窓口を1本化し、やり取りを円滑化するとともに、民間と対等に議論ができる人材を育成する。 
このような体制を構築することにより、市民のニーズに沿った電子自治体化が推進されるとともに、適正な税金の投入になるように自己チェックが働く機能も具備されることを筆者は期待する。

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