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通信大再編 戦略を追う

出典:日本工業新聞 「シンクタンクの目」 1998年8月31日

 昨年の通信改革三法成立を契機に、わが国の通信事業者(キャリア)同士の合従連衡は、一層活発化した。グローバル通信市場は、新興企業や米英メガキャリアの提携発表などが急ピッチで進行。 一方インターネットの台頭は、経営手法を異にするプレイヤーを出現させ、潜在性を秘めたネット市場を形成しつつある。ここでは、この2つの動きを対立軸と見立て、現在の国内通信事業者のとるべき企業・事業戦略を探る。

ポイント

◇NTTは1999年7月に長距離・国際会社と地域会社2社に再編され、国際市場に本格参入する。欧米メガキャリアは、規模・範囲の経済性で競争力強化を画策。その戦略的提携・合併は一層ダイナミックとなり、日本市場への攻勢がかかる。国内通信キャリアの合従連衡も激しくなっている。
 
◇音声からデータへの主役シフトと、収穫逓増型市場の出現による新企業参入が目立ってきた。将来のキャリアは、中央集権型キャリア、自律分散型ネットオーガナイザー、スマートキャリアの3つに大別できる。
 
◇新通信サービスの需要喚起と、海外との競争に迅速対応するため、許可申請の簡素化、一種・二種事業の区別見直し、外資比率の一層の緩和が必要である。

●新種のプレーヤー

 グローバルな産業・経済の動向を反映し、通信産業に密接な金融ニーズの変化や顧客企業の多国籍化等が急速に進んでいる。情報通信産業の生産額は100兆円の大台を昨年突破。全産業に占める通信産業設備投計画額も今年10.4%と3年連続で1割を超え、産業のリード役を果たしている。
これまで日本電信電話(NTT)は、分社化・子会社化などにより国際通信市場への対応を図ってきたが、来年7月持株会社のもと、長距離・国際会社及び地域会社2社に再編され、本格的な国際市場への参入を果たせる。

 海外では、新興の米ワールドコムの米MCI買収や米AT&Tと英BTの国際通信部門提携の電撃的発表など、わが国とは比較にならないスケールとピッチでグローバル市場の再編が進んでいる。自前回線設備の保有・取得等による、昨今の海外からの国内市場参入に触発され、KDD・テレウェイ合併の動きなど国内キャリアの合従連衡が一層激しくなった。加えて、日本テレコムやDDIが最新のワイヤレス技術等のにより地域通信へ積極的姿勢を鮮明にする 一方、NTTドコモがAT&Tとの提携を通じ今年9月、国際電話サービスに参入するなど、地域系・移動体系の活発な動きが目をひく。

 一方、インターネットの急速な台頭が目覚しい。アクティブユーザ数は今年末で645万人、2003年には約2,100万人と推定される(筆者予測)。ブームの携帯電話(3,200万人)に比肩し、社会現象と呼ぶべき大勢力が出現しつつある。
機器を含むデータ通信関連市場は年間2兆円規模に到達。音声加入電話数は、一昨年初めて純減に転じるなど、市場はマルチメディア・ネットワーク市場の潮流下にある。2010年インターネット等の世界のデータ通信市場規模は、電話を追い抜くと予想される。さらに、ネット上の収穫逓増型市場の出現により、経営手法を従来の通信事業者と全く異にする新種のプレイヤー参入が目立ってきた。

 このような市場再編の加速因子は、将来のキャリアタイプを一変させるに違いない。それは、伝統的なキャリアを中心とする『中央集権型キャリア』とインターネット・IT企業等の『自律分散型ネットオーガナイザー』、及びその間の『スマートキャリア』である【図表1】。 

【図表1】 市場再編によるキャリアの集約化

 (出所)日本総合研究所 ネットワーク事業戦略クラスター 

●収穫逓増型市場が出現

 両極にある2つのキャリアタイプを比較する。

 『中央集権型キャリア』は電話線を基幹網とし、支店等の物理的営業網を配し、大規模メリットを活かした多角化戦略のもと効率性を追求する、伝統的で公益法人的なメンタリティをもつ、小数・大口顧客(法人等)志向が大きいキャリア【図表2左】。

 最近の米国長距離事業者の中には、地域市場のエンドユーザ開拓のため、ワイヤレスやADSL(非対称デジタル加入線)技術による高速ネット利用にも積極的。米スプリントは新音声・データ統合通信網技術により、将来はテレビ電話が長距離電話並みの低料金を可能とするなど、単に自陣の事業領域に留まっているわけではない。また、衛星インターネット技術等を用いてインターネット市場への参入を展開する企業も注目される。

 もう一方の極の『自律分散型ネットオーガナイザー』【図表2右】には、ネットOSプロバイダとしての米マイクロソフト、ネットコミュニティ・オーガナイザーとしての米AOL、株売買の金融エンジニアリングを行う米Eトレード等の新種のネットワークエンジニアリング企業が並ぶ。これは、潜在顧客を含む多数の小口顧客の開拓志向が強い。ネット参加者が一定の閾値に達すると幾何級数的に収益が増加する「収穫逓増の法則」の支配する領域が主戦場だ。シリコンバレー・ウォール街流の混合企業文化のもと、独創性とスピード、ブランド、テクノロジーを武器に徹底的な絞り込み・特化戦略を展開する。

 この新領域は今後、旧来キャリアからの本格的挑戦を受ける場となろう。将来性を示す対売上時価総額でAT&Tの約3倍以上、MCIの買収後売上でも米国第2位となるワールドコムや、米長距離会社クエスト・コミュニケーションズ(同5倍以上)のような新興キャリアは、旧来の枠に押し込めない果敢さがある。インターネット事業でも通信網の両端を公衆インターネットとし、その間を自己のIP網で結びサービスの品質保証を行うなどネットプロバイダとしての攻勢にも怠りがない。

 こうした動きは、既存のやり方やコスト構造に縛られずイノベーションを発揮する『スマートキャリア』としての側面を併せ持つ。

【図表2】 『中央集権型キャリア』と『自律分散型ネットオーガナイザー』、及び創発的進化型の『スマートキャリア』


(出所)日本総合研究所 ネットワーク事業戦略クラスター 

●NTT再編後は・・・

 現行市場は、市内・地域、移動体、長距離、国際といった「従来区分による水平分業」として特徴付けられる。この区分の中、様々な合従連衡が行われている【図表3】。通信事業者にとってエンド・トゥ・エンドのシームレスなサービス実現が、規模の経済性を発揮させ競争力強化に直結するため、市場を細分化する事業区分は意味がない。 

【図表3】 現在の市場:従来区分による水平分業
 

(出所)日本総合研究所 ネットワーク事業戦略クラスター

 米フォレスター・リサーチ社C・マインズ氏も予想するように、世界の通信市場は10年以内に機能別に再分化するに違いない。通信ビッグバンの最中、NTT再編後の将来通信市場として、本稿ではこれを「機能別垂直分業」と呼ぶ。英「インターメディア誌」ウィンズベリー氏による将来の通信キャリア分類を参照し、本稿では「基幹網提供機能」「グローバル企業向け先端サービス提供機能」「各種特化サービス提供機能」の3つの機能に分類する。また垂直分業として、「国内特化市場」「グローバル市場」「インターネット市場」単位のシームレスな分業区分を想定。この2つの軸は相互に関わっている【図表4】。 

【図表4】 将来の市場:機能別垂直分業
 

(出所)日本総合研究所 ネットワーク事業戦略クラスター 

 基幹網提供機能は、「キャリアズ・キャリア」として電力網・鉄道網・CATV網を利用する事業者、イリジウム等のグローバル市場プレイヤーにより担われよう。

 グローバル企業向け先端サービス提供機能には、「グローバル・シームレスサービス・プロバイダ」と重なるメガキャリアや、「地域情報流通キャリア」を標榜するNTT地域会社に加え、「グローバル情報流通キャリア」としてのNTT長距離・国際会社らが対応しよう。

 各種特化サービス提供機能に関しては、これらキャリアに加え「インターネット市場創造企業」や「グローバル志向型新電電グループ」によって、ウェブEDI、EC、モバイルバンキング等の価値をバンドルしたサービスにしのぎが削られよう。また主に国内に特化した上で、SI、企業通信網運用代行、インターネットサービス等により同機能を発揮する「国内志向型新電電グループ」も重要である。
国内市場を立脚点とし、各機能を横断的に担う「国内志向型スマートキャリア」は、将来のキャリアにとって戦略的企業の雛形となろう。

●新電電 創発進化型に照準

 一橋大学伊藤邦雄教授が企業グループ経営論にて「即興劇経営」と呼ぶ、一見矛盾した対立要素(大規模組織と迅速性、協調と競争、ローカルとグローバル)の両立を可能とする経営手法がある。実際AT&Tのような大企業においても、『中央集権型キャリア』のみに留まっているわけではない。日本AT&Tダニエルズ社長が強調する「サイバージャミング」は、ネット上での創造性を追求、大組織における即興性を重要視している点で『自律分散型ネットオーガナイザー』的な面を組織内に取り込もうとするものと言える。

 NTTはこの経営手法を活かしつつ早急に、海外戦略拠点をアジアに据えグローバルキャリアに対抗できるものにすべきだ。昨年6月のアジア・マルチメディア・フォーラム発足を機に、これまでの穏やかな提携から合併等を含むよりアグレッシブなアプローチが必要となる。国際競争に晒されることなく来た同社は、資金力、技術力等において世界トップ級であるが、利益面や海外現地(政府、企業、消費者)との折衝コミュニケーション力においては課題が残る。グループ求心力を失わないグループ経営戦略が問われる。

 一方、特に新電電においては、本稿での『中央集権型キャリア』と『自律分散型ネットオーガナイザー』を同時に内在させた第三の「創発的進化型モデル」(伊藤教授)に対応する『スマートキャリア』を目指すことが戦略上不可欠であろう。これへの試みは各社の置かれた現況に依るが、一刻も早く自社のアイデンティティを再構築する必要に迫られている。

 最後に通信行政について。データ通信やインターネット等の組合わせによる新サービスの需要喚起と、海外との競争にスピーディに対応するためにも、省令の7種区分(専用線、データ通信等)に従った許可申請を大幅に簡素化すべきだ。参入企業が、自社サービスに不可欠な基幹網は保有でき、支線のみを回線設備保有者から借りて柔軟な事業運営が行えるよう、一種・二種事業の区別見直しが急務である。
外資比率規制については、NTTが海外通信事業者と合併する等の戦略推進の際に、株価や為替次第で足かせになる懸念があり、長距離・国際会社も必ずしも自由ではない。昨年のわが国通信改革三法でも手付かずの、これら規制の緩和・撤廃を含め、国内企業の競争力強化に不可欠な抜本的政策立案と実行を期待したい。 

 

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